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フリートランスファーとローニーで戦いを挑んだクラブ - ハダースフィールドの方法論

本記事はプレーオフファイナルで、惜しくもノッティンガムフォレストに敗れたその翌日、2022年5月30日リチャード・サトクリフ氏がThe Athleticにアップしたコラム、
‘How Huddersfield’s band of free transfers and loanees came so close to reaching the Premier League’の翻訳記事の抜粋です。

記事内にも多く記述があるカルロス・コルベラン監督は7月7日クラブに別れを告げ、この翻訳記事も一旦お蔵入りしたのですが、中山雄太選手加入の報を受け、若干のアレンジを加えてアップ致します。


ノッティンガムフォレストが23年ぶりにプレミアリーグ昇格を決めたその時GKのリー・ニコルズはその場から動くことができなかった。

勝者はロイヤルボックスへと続く107段の階段をスキップしながら駆け上がり、トロフィーがチームメイトからチームメイトへと手渡される。そしてウェンブリーのピッチでパーティーを続けるために、彼らは一歩ずつ踏み締めるようにセレブレーションゾーンを後にした。

ハダースフィールドタウンの守護神は、一歩も動けずに、ただそこにいた。ニコルズには、フォレストの歓喜のニーアップを、来年は自分たちがさらに上を目指すモチベーションにしたいという思いがあったのかだろうか。あるいは、ただ呆然として動けなかっただけなのか。

いずれにせよ、彼だけでなく、チームメイト全員の落胆した表情は、この物語の終幕を強く著していた。

ニコルズのすぐそばには、悲痛な面持ちのソルバ・トーマスとジョン・ラッセルが立ちつくしていた。

2人のロンドンっ子は、この試合のためにすべてを捧げた。ウェンブリーでの彼らの存在は、ハダースフィールドというクラブが正しい道を歩んでいることの象徴のようにすら思えた。

2人がプレミアリーグ昇格の夢を叶えるためにここまで近づいたという話は、1年前の当時は誰も信用しないだろう。
ラッセルは、アクリントン・スタンレーにレンタル移籍し、リーグ1(3部)ではベンチスタートが多く、チェルシーから放出される寸前だった。

トーマスは、ナショナルリーグ(6部)のボアハムウッドから去年の1月にサインしたが、ハダースフィールドの降格危機を回避した先シーズン(20/21シーズン=20位フィニッシュ)、大きな役割は果たせなかった。

昇格という最高の栄誉は、この日、ヨークシャーのクラブからすり抜けていった。しかし、トーマスとラッセルの存在は今シーズン大きなインパクトを残したし、クラブにとって大きな発見となると同時に自らのアカデミーの運営方針を肯定することに繋がった。

両選手ともにまずデベロップメント(サテライト)チームでプレーするためにサインされたが、その後、栄養士、スポーツ科学者、さらには心理学者を割り当てられ、ロンドンから北上して6カ月の間で心身ともにチャンピオンシップへの準備を整えた。

彼らの活躍はもちろんのこと、移籍組やレンタル組がいかにプレミアリーグ昇格圏内への挑戦に近づくことができたか、ハダースフィールドというクラブは独自な方法で昇格に近づいていったのだ。

トレーニング場の食堂は高級レストラン並みの食事を提供し、ライバルクラブの選手たちは、キャナルサイドで提供される栄養価の高い食事に嫉妬の声を上げているようだ。

この革新的な考え方の中心にいるのが、ヘッドコーチのコルベラン(7/15現在 退団)、そしてクラブの運営責任者であるリー・ブロンビーである。2020年の夏に初めて会った2人は、すぐに共通認識を持ったという。

「初めて会ったとき、私はリーにトレーニングに関する新しいアイデアを投げたんだ」と、コルベランは振り返る。「彼も同じ考えを持っていた。私の英語はかなりスペイン語訛りがあるけれど、共通理解があったね。フットボールにおいて、私たちは同じものを求めていたんだ」

コルベランはリーズで3年過ごした後、ハダースフィールドに移ったが、最後の2年間はマルセロ・ビエルサと密接に仕事をした。アルゼンチン人の強い影響、そしてペップ・グアルディオラに強い影響を受けた。
20代の頃、タウンのヘッドコーチは彼のやり方を熱心に研究し、サウジアラビアに移り住んだ。

ビエルサと同様、コルベランは毎朝、練習場で選手たちの体重を測定することを徹底している。さらに何時間もビデオ映像を見続け、試合の準備を入念に行う。

また、ハダースフィールドにはしっかりとしたミーティング文化があり、選手たちは毎試合後にヘッドコーチと15分間の1対1のビデオ報告セッションを行った。さらに、多くのチーム懇親会を開いているのも特徴的だ。

しかし、コルベランはかつての恩師の教えに抗う事を恐れない。例えば、ビエルサの悪名高い「マーダーボール」のトレーニングセッションは排除された。

昨年の夏もゾーンベースのシステム構築をしてビエルサの厳格なマンマークのアプローチから離れ、守備のルールを変更した。
その結果、ハダースフィールドは2020-21シーズンに71失点というチャンピオンシップで最も脆弱なディフェンスを、盤石なディフェンスに変貌させ、クリーンシート20回(ボーンマスに次ぐリーグ2位の記録)は、その大きな進歩を物語っている。

ハダースフィールドの最高経営責任者ディーン・ホイル(過去にフィル・ホジキンソンに株式の過半数を売却した後、この7ヶ月ほどで再び事実上のオーナーとして君臨)は、ハダースフィールドとリーズのほぼ中間に位置する町、ヘックモンドワイクの出身だ。

「テリアーズのファンになった理由を聞かれたとき、右折してリーズに行くことも、左折してハダースフィールドに行くこともできたって答えたよ、でも、上り坂を歩くのは嫌いだから、ハダースフィールドにしたんだ」

タウンファンは、この地形的な運命の妙に感謝しなければならない。2009年の就任から10年間、最盛期を脱したかに見えたクラブに数千万ポンドを注ぎ込んだだけではない。昨年11月、ホジキンソンの後継者が本業のPure Legal Groupと多くの関連会社とともに経営破綻し、突然退任しなければならなかったその時に、ホイルは再び経営権を取得したのだから。

ホイルの最初の仕事は、月給の支払いや債権者への支払いに必要な200万ポンドを調達することだったが、そのままやれば経営破綻してしまう状況だった。
そうなれば勝ち点差は上位と開くいっぽうで、1月にはルイス・オブライエンなどの主力選手が売却され、昇格の夢は絶たれることになっていたに違いない。

すぐに仕事に取りかかるしかなかった。
コルベランが率いるリーズU-23がハダースフィールドを圧倒したのを見たブロンビーが就任打診を閃いた。
就任から2年弱が経ち、真の信頼関係が生まれた。ブロンビーが、新人が歩んできた道のりを包み隠さず話してくれたことも助けになった。最初のミーティングで、新任のヘッドコーチには「これ(新加入選手のマインドセット、トレーニング)がまず、一番の課題だろう」と伝えた。

選手として引退後、不動産屋を経営してフットボール以外のビジネスについて経験を積んだ運営責任者は、クラブが直面する問題が相当なものであると認識していた。

例えば、COVID-19の影響でプレシーズンが大幅に短縮された。新しいプレースタイルを導入するには、理想的とは言い難い。
プレミアリーグ時代に獲得した選手たちは、2019年のタウンの降格に伴い財務状況が悪くなっても高給取りで、他のクラブがジョン・スミス・スタジアムでの給料に見合わない彼らをチェックする半年が続いた。

その大半の選手たちはコルベランの好むスタイルには合わず、経営者としての最初のシーズンは本当に悪戦苦闘の日々だった。しかし、最終的にチームは浮上することができたし、残留したことで、リクルートメントも進んだ。

コルベランはトレーニング、試合ともに要求が多いため、昨夏は選手の人間性や耐久性も重要な資質として求められていた。それもあり、タウンはフリーエージェントのトム・リース、オリー・タートン、マティ・ピアソンを獲得し、ディフェンスを一新させた。

そして、怪我を最小限に抑えるために、予防に重点を置いたフィットネスプログラムが導入された。800万ポンドをかけたクラブのトレーニング施設改修の一環として設置された最新鋭ジムは、プレミアリーグでの2年間が残した唯一の具体的な遺産で、選手も朝早くから我先にと施設にやってくる。

ダニー・ウォードなど、2020-21年シーズンを怪我で台無しにしたフォワードが、わずかな試合しか欠場しなかったのは、このセッションが大きな役割を果たしたと考えている。

「クラブの考え方は僕の助けになったよ」と、2度目の移籍を果たした31歳は、The Athleticに語った。「毎日、トレーニングに出る前にジムを訪れる。みんなそうだよ。みんなそれぞれ違うメニューをこなすんだ」

「栄養学やトレーニング、戦術もこの10年で大きく変わった。でも、ここでは、さらに先を見据えて取り組んでいる。今シーズン、僕はほぼ毎試合出場し、ゴールにも貢献した。ここでの取り組みが身を結んでいるんだよ」

フィットネスプログラムの成功により、以前はそれぞれかまプライベートトレーナーを雇うこともあったが、当時のメソッドは排除された。

栄養面も重要なポイントだ。ハダースフィールドがプレミアリーグに所属し、カナルサイドがまだ一般に開放されていた頃、タウンの選手たちは地元のボウルズクラブのメンバーとともに、サンドイッチやバーガー&チップスの沢山のメニューのために列を作っていた。

現在は、チリクラブリングイネ、メカジキのアルフレードなど、さまざまなメニューから選手たちは食事を選ぶことができる。食事は大盛りが推奨されており、新加入選手が溢れんばかりの皿を見ると驚くほどだ。

食事は各自が工夫を凝らす。ある選手は肉体改造が目的。また、リー・ニコルズのように、契約前に潜在能力を発揮するために減量が必要だと警告された選手もいた。

最近、The Athleticベスト11に選ばれた29歳GKは、7キロ減量してMKドンズのバックアップGKだった昨シーズンとは見違えた体に変わった。
自他共に認めるピザ好きのトーマスもまた、1年半前にノンリーグのボアハムウッドから移籍した後、ハダースフィールドがいかに真剣に栄養補給に取り組んでいるかを知った一人だ。

「最初はホリデーインで、ピザとポテトをこっそり食べていたんだ。でも、次の日に栄養士から、昨日の夜、ピザを食べたでしょ?どうしてわかったの?ってね」

トーマスは、選手の潜在能力を引き出すというチームの方針に沿った模範的な選手といえるだろう。トーマスが加入したBチームは、トップチームへの架け橋で、準備ができていない選手たちのためにある。

ブロンビーは、以前クラブのアカデミーマネージャーを務めていたとき、才能ある若い選手たちが主力組にそのまま放り込まれて、なかなか頭角を現さないことを目の当たりにしてきた。それもあり、このプロセスを大きく推進した。

デイヴィッド・ワグナー監督時代にドイツ2部リーグのFCニュルンベルクから獲得したアブデルハミド・サビリは、その典型的な例だった。イングランドに移籍した時、若干20歳だったこのモロッコ人は、コーチングスタッフから高く評価されていたが、ジョン・スミス・スタジアムでの2年間は、出場がまばらだった。

ブロンビーはその要因として、育成ルートの失敗を感じて、それゆえに2017年にアンダー18以下のアカデミーチームの閉鎖を決めた。同時に導入されたセットアップアカデミーのアップグレードを強く推し進めたのである。

ウェンブリーでの敗北は、プレミアリーグ 昇格を逃し、今までの積み重ねてきたものの証明の機会を逸したかもしれない。しかし、これまでのプロセスにより、昇格への再挑戦が可能になったことは確かだ。

課題はある。ひとつは、ルイス・オブライエンを維持すること。またチェルシーにレンタルバックする予定のレヴィ・コルウィルのリプレース。

若手選手のハダースフィールドへの移籍は、以前よりずっと魅力的な提案であることは間違いない。アーセナルのエミール・スミス・ロウやチェルシーのチャロバーがジョン・スミス・スタジアムでの経験を経てトップリーグで開花したように、ブロンビーと彼のスタッフによる取り組みは真っ当なものなのだ。

コルベランと彼のチームは、ウェンブリーへの準備として、土曜日にコブハム(チェルシーのトレーニング施設)でトレーニングすることができた。
コルベランは、ハダースフィールドが来シーズンも成功すると確信している。「間違いなく、我々はこの敗北を糧にする」と彼は言う。「この辛さを忘れてはいけない」と続けた。

「今年のようなシーズンを繰り返すのは簡単なことではない。チャンピオンシップで3位になるのは容易なことではないんだ。しかし我々はそれを達成した。この成功を再現して、できる限り高い順位でフィニッシュすること、それが次の目標だ」

「最高経営責任者とスポーツ・ディレクターの性格と野心を目の当たりにしてきた。彼らはさらに上を目指すに違いない」

(トップ写真: William Early/Getty Images)

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