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(短編小説)アボカドとわさびとチーズの狭間で<後編>

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アボカドとわさびとチーズの狭間で <後編>

★2015年6月18日に書いたものを、ほぼそのまま載せています。


 その帰り道、みゆきはスーパーに駆け込み、買い物カゴを取るのももどかしく、一目散に野菜コーナーに向かった。

「この辺りだと、たいがいのスーパーにあると思うよ。果物だと思うけど、野菜のとこに置いてあるお店が多いと思う。卵みたいな形で、大きさは拳よりも大きいかなぁ、で、皮が濃い緑色で、熟すと黒くなるの」

 夢ちゃんがそう教えてくれたので、みゆきは野菜棚をくまなく探す。

「……あ、これかな?」

 見慣れたきゅうりやブロッコリーなどが置かれているその近くに、夢ちゃんが教えてくれた特徴のものが置かれていた。値札を見ると、確かにそれがアボカドの様だった。

「これだぁ」

 夢ちゃんの教えはまだあった。

「なるべく皮が黒いやつね。親指で押さえて柔らかいやつを選ぶといいよ。それだったらすぐに食べられると思うから。熟して無いアボカドは固いし青っぽいしで、あんまり美味しくないかなぁ」

 みゆきはアボカド2個を両手に持ち、親指で軽く押さえてみる。皮は黒っぽくなっているが、明らかに固い。これはまだ若いので棚に戻す。

 また別のアボカドを手にして、押さえて……を繰り返し、厳選に厳選を重ね、みゆきは2個のアボカドをカゴに入れた。これだけあれば充分だろう。

 みゆきは野菜コーナーをもう少し見て、次は調味料コーナーに向かい、次にパスタコーナー、そして缶詰コーナー、最後に乳製品コーナーへ。そして幸いあまり混雑していなかったレジで精算してもらい、スキップでもしそうな足取りで家路に着いた。

 晩ご飯はたっぷりアボカド!だからね!

 と言うものの、まともに包丁を持った事の無いみゆきに作れるものなどたかが知れている。しかしそんなみゆきにも作れそうなレシピを、夢ちゃんが数種教えてくれた。夢ちゃんのお家は母子家庭で、お母さんの代わりにご飯を作る事も多いのだそうだ。凄い。

 さあ、晩ご飯を作ろう! みゆきは冷蔵庫から材料を全部出して、気合いを入れた。

 まずアボカドを切ろう。夢ちゃんに教えてもらった通りに包丁を入れる。夢ちゃんはそんなに難しく無いと言っていたが、もしかしたら料理初心者には高度なのでは無いだろうか。

 包丁怖いと思いながらもどうにか種を取り、しかし皮が手でするっと剥けた時にはちょっと感動した。そうしてまな板の上には、見事角切りのアボカドの山が出来上がった。

 ……ちょっとぐらい、いいかな? みゆきはてっぺんのひとつを摘むと、ぽいと口に放り込んだ。ねっとりとした食感。とてもクリーミィだ。ランチでいただいたのはクリームチーズやスモークサーモンと一緒だったので、純粋にアボカドだけを食べたのはこれが初めてだった。

 思った以上に濃厚だ。そしてやはり美味しい。みゆきの頬がすっかりと緩む。完成が楽しみだ。今日は2品作る予定だ。

 みゆきは傍らに置いた夢ちゃん手書きのレシピを見ながら、たどたどしくも順調に調理を進めて行き──

「出来た!」

 みゆきは歓喜の声を上げる。夢っちゃんはみゆきにも作れる様に、夢ちゃん曰く簡単なものをピックアップしてくれた。それでもこんなに包丁を使った事は初めてだ。

 早速テーブルに運ぶ。火傷をしてしまわない様に慎重に。ひとり暮らしなのでダイニングなんて上等なものでは無く、リビングも兼ねている。

 ドリンクに冷蔵庫から麦茶を出して、みゆきは手を合わせた。

「いただきます!」

 まずは前菜という名の1品目、アボカドとわさび醤油のタルタルだ。アボカドをわさび醤油でいただくというのは定番らしく、多くの人が好む食べ方らしい。スプーンで掬い、口に運ぶ。

「やだ、本当だ、美味しい!」

 さっき何も付けずに食べたアボカドは濃厚だった。それをピリッとしたわさび醤油が中和して、だがクリーミィさはしっかりと残っている。

 もっと食べたい! とどんどん手が動く。スプーンで掬っては口に放り込み、タルタルはあっと言う間に無くなってしまった。

 さてメインだ。肉類の代わりにアボカドを使ったグラタンである。タマネギは切らなければならなかったが、ホワイトソースは缶詰を使い、マカロニはグラタン用に下茹で不要の商品が出ているので、それを使うお手軽レシピ(重ねて言うが夢ちゃん曰く)だ。さすがだよ夢ちゃん! 私にも作れたよ!

 後は味だね! 熱々のグラタンから漂って来る甘くも芳しい香り。程良く付いた焦げ目がまた食欲をそそる。みゆきは早速スプーンを入れる。チーズがとろりと糸を引き、アボカドと絡まっている。みゆきはごくりと喉を鳴らした。

 ふぅふぅと冷まし、待ちに待った口へイン。熱い! 冷ましたのに! さすがグラタンは強敵!

 はふはふと口を動かして少しでも熱さを逃そうとする。しかししっかりと味わう事は忘れない。チーズとホワイトソースとアボカドのマッチング、素晴らしい! みゆきの顔は緩みっぱなしだ。早く次を食べたいのに、熱いので叶わずもどかしい。そわそわしながらふぅふぅ冷ます。

 熱さとの格闘は続く。やがて適温になったらリズム良く次々と口に運び、冷めてしまっても美味しさは損なわれず、やがてグラタン皿は綺麗に空になった。

「は〜……すんごい美味しかったぁ〜……ごちそーさまぁ〜」

 満腹になったみゆきは、その場にごろりと転がった。ああ〜幸せ〜……

 夢ちゃんに教えてもらったアボカドレシピはまだある。どれも簡単に、それこそグラタンよりも手軽に作れそうなものも多い。少しの手間でこんなに美味しいものが食べられるのなら、少しは自炊をしてみようかな、と心に決める。また夢ちゃんにご教授願うとしよう。

 アボカドはみゆきに大きな幸福感と、ほんの少しの胸焼けを与えた。


終わり。お付き合いくださり、ありがとうございました!
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