くり返す、ギリギリダンス。
仕事の合間に、LINEがひゅっと飛んできた。父親の名前だ。前のやり取りで「2度と連絡しない」と伝えたのが半年前。どうせ金の話に決まってる。未読無視。
家に帰り、開く。
世の中のクズにたかられる人に啓発するために、あえて曝す。私に縁を切られかけているので「貸して」とは書かず、こちらの罪悪感を煽ってくる。
いやいやその前に私と妹に借りた数百万の返済は?と投げる。
だから、どうせいっちゅうねん。「パパ(癪だが小さい頃からこの呼び方で直らない)かわいそう!お金送るわ!」なんてなると思うか?こんな経過があって?
しかもいくら必要なのかも期限も、肝心の「貸してください」も書かずに自分語りで察してもらおうとするやり口に吐きそう。
孫の成長は気にならないの?先に娘を前に怒らせたことの謝罪や体調を気遣う言葉はないの?……なんてとっくに諦めているけれど、押し付けてくる「可哀想なオレ」に脳が侵されていく。
踏みとどまって、こう返す。
何度も伝えたことを、もう一度放ってみる。がんばれ私。縁を切れ。貸しちゃダメだ。
なんなん。
「妹には言わないでください」って。
カッコつけたいのか、金を出させるのは可哀想だからか、困らせたくないからか。
小さい頃、継母に殴られている私を守りもせず、妹ばかりを私の横でめろめろに可愛がってたやん。好きな方の娘に頼めよ。
そして一番腹立つのが絶対に思ってない「嫌な思いをさせてゴメンなさい」。
ゴメンがカタカナなだけで軽薄さがにじむ。心にも無い謝罪は何度もなんども聞いてきた。「嫌な思いをさせて」には「自分にはそんなつもりないけど?なんか怒ってるし?謝っとくわ」というオレ悪くない心から反省してないがこぼれ落ち、この手の男に捕まりがちな自分を思い出して心臓がぎゅっとなる。
切れ、これで切れ。もう終わり、今度こそ。こいつには何も響かない。2歳児の姉を捨て、私を後妻の子と差別して育て、暴言と暴力から守れなかった自覚もない。
毎回おなじみの土下座メッセージに、うっすらと復讐をしている気持ちも沸いてくる。あのプライドの高い自己愛のかたまりが、金欲しさに私に縋っている。私が幼く、逃げ場もなかった時期に助けてくれなかった「保護者」が。
その後に、気持ちの悪い画像が送られてきた。※加工しておきます
「干せよ!」と思わず声に出してツッコんだ。こんなカビた布団に寝ているオレ、可哀想だろ?という切り札のつもりなんだろうか。
「藁にも藁が蜘蛛の糸」が変なラップみたいでおかしい。どっちも溺れるか、地獄に堕ちるかやで。ちょっと笑った勢いで、送った。
てん、とブロックをタップした。終わり。終わりだ。カビだらけの布団で私を恨みながら死ね。
そこから、切り替えて家事をしても、ドラマを観ても。何も入ってこない。私の中の、孤独だった時代に読書で養ってしまった「共感能力」が思考を止めない。
スーツを着て、バブルの頃は周りにお金を撒き、よく騙され、そしておそらく騙し、オレがオレがと自慢話を盛る父親と、どこかのまちで恥を忍んですがった蜘蛛の糸を切られ、カビまみれの布団の上で途方に暮れる老人の姿と。
数時間後。
「ブロック解除」を、つついてしまった。
ああ、ホンマに悔しい。さらに悔しいのは、この顛末をぼそっと夫に言ったら「また払いよったん」と嘲笑されたことだ。
一緒に怒って、縁を切る手伝いをするどころか、私が落ち込んでいるのは好物なので「おふざけ」で返してくる。
嫌い。大嫌いだ。
愛されて育った人間の無神経さが。
夫に怒りを向けてるうちに、既読になった。しかし、何時間もお礼の言葉も無い。やられた。まただ。出させたモン勝ちや。
ぴょん、と返ってきた。
こんな想いして払って「足りないやんけ」と思われるのにますます腹が立って、追加で3万入れてしまう。この冬、コート買うのと壊れかけのパンプス買い替えるの諦めよう。
布団買い替えへんのかーい!と叫んで、再び「ブロック」をタップした。もうええ。ホンマに終わり。
私を愛さなかった親に頭を下げさせた快感より、「相手の思惑どおり妹は守られ、私から金を巻き上げることに成功した」父親が安い酒で祝杯をあげていることへの悔しさ、自分の弱さへの苛立ちの方が何倍も大きい。
もし私が他人なら言える。
全力で逃げろ、のたれ死んでもアンタのせいじゃない、幼少期から傷つけられてなお、搾取される理由はない。
うん、ごもっとも。わかってる、いちばん。
そして、同じぐらい。
でもでもだって、と金や身体を差し出してしまう人の気持ちも、わかる。
金を持っていなければ、連絡さえしない。関わる度に、私は金や仕事が無ければ無価値だと思い知らされる。こんなクズにですら「使えない」と思われることに耐えられない、ぐらぐらの根っこに泣く。
ただそこにいるだけで。
生きているだけで。
いいと思える人たちは、どんな愛を受けてきたのか。自分の恨めしいほど豊かな想像力を駆使しても、未だにわからない。
私は私にまだ希望を持っていいと、息子に習ったギリギリダンスをヤケクソで踊りながら言い聞かせる。
「はいよろこんで」「んなわけあるかい」
人のSOSを受信するばかりで、壊れそうだ。
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