見出し画像

くり返す、ギリギリダンス。

 仕事の合間に、LINEがひゅっと飛んできた。父親の名前だ。前のやり取りで「2度と連絡しない」と伝えたのが半年前。どうせ金の話に決まってる。未読無視。

 家に帰り、開く。

「何とかやりくりして仕事の完成まで頑張ってきましたがもう限界です。今月の家賃滞納、電気、ガスは始末しているので4千円ですがもう無理疲れたみんな自分が撒いた種みんな自分の責任です。仕方ない悪いのは自分情けないです。」 

 世の中のクズにたかられる人に啓発するために、あえて曝す。私に縁を切られかけているので「貸して」とは書かず、こちらの罪悪感を煽ってくる。

 いやいやその前に私と妹に借りた数百万の返済は?と投げる。

「2人の分は仕事は来ているのでまとまった時払う気持ちで頑張っているが一人暮らしで掃除、洗濯、買物、食事、ゴミ出し全てをやっているが日用品も始末し、散髪代も2月でカットのみ千円でやっているが家賃の保証の更新は支払い済みですがどうやりくりしても限界です全て自分の責任仕方ないです。」

 だから、どうせいっちゅうねん。「パパ(癪だが小さい頃からこの呼び方で直らない)かわいそう!お金送るわ!」なんてなると思うか?こんな経過があって?

 しかもいくら必要なのかも期限も、肝心の「貸してください」も書かずに自分語りで察してもらおうとするやり口に吐きそう。 

 孫の成長は気にならないの?先に娘を前に怒らせたことの謝罪や体調を気遣う言葉はないの?……なんてとっくに諦めているけれど、押し付けてくる「可哀想なオレ」に脳が侵されていく。

 踏みとどまって、こう返す。

「どうやりくりしても」の部分は、過去にいい生活に慣れていたからじゃないかと思うけれど、本当に無理なら相談すべき相手は私じゃないです

 仕事がどんな案件か知りませんが、詐欺まがいの投資話であれば期待もできないでしょうし
 空前の人不足で警備や掃除の仕事はまだあります

 私をこんなに冷たくしたのは過去からの積み重ねです

 泣きついて借りる、返さないどころか期日に連絡もしない、逆ギレして罵倒する
 私と妹を差別し続け、孫にも無関心
 子どもたちの教育費を数百万円溶かされて、今さらどうしろと言うのでしょうか

  何度も伝えたことを、もう一度放ってみる。がんばれ私。縁を切れ。貸しちゃダメだ。

 携帯電話は安く設定したので支払いは月5千円支払い済み、タバコはとっくにやめている、酒は一番安い方法で飲んでますが7時には寝ています朝は4時には起きますもう誰も頼む人がいないです、もし死んだ時には警察から連絡有ると思いますが引き取りは拒否すれば役所で焼いてくれるので拒否して下さい頑張ってきたが仕方ないです◯◯(妹)には言わないで下さい藁にもすがる気持ちでラインしました嫌な思いをさせてゴメンなさい。 

 なんなん。
 「妹には言わないでください」って。

 カッコつけたいのか、金を出させるのは可哀想だからか、困らせたくないからか。
 小さい頃、継母に殴られている私を守りもせず、妹ばかりを私の横でめろめろに可愛がってたやん。好きな方の娘に頼めよ。

 そして一番腹立つのが絶対に思ってない「嫌な思いをさせてゴメンなさい」

 ゴメンがカタカナなだけで軽薄さがにじむ。心にも無い謝罪は何度もなんども聞いてきた。「嫌な思いをさせて」には「自分にはそんなつもりないけど?なんか怒ってるし?謝っとくわ」というオレ悪くない心から反省してないがこぼれ落ち、この手の男に捕まりがちな自分を思い出して心臓がぎゅっとなる。

 罪悪感を私だけに押しつけるのも卑怯ですね
 「嫌な思いをさせてすまなかった」と心から思ってるなら、「藁にもすがる気持ち」とか、死んだ後の始末など書かないでしょう  
 言葉の裏に「冷たいお前のせい」が滲み出ています
 仮に違っていても、そうひねくれて考えるように育ってしまったのは子ども時代からの積み重ねです
 妹が好きなら、彼女に相談すべきでは?

 過去にも何度も窮地と言われてお金をそれなりに出してきました
 しかもそのお金で競馬に行かれたこともありました
 がんばるの方向性が怪しげな仕事ばかりで、地道な労働をすることでは無いのが不思議です
 返信不要

 切れ、これで切れ。もう終わり、今度こそ。こいつには何も響かない。2歳児の姉を捨て、私を後妻の子と差別して育て、暴言と暴力から守れなかった自覚もない。

 みんな私が悪いが頑張って生きてきたのは事実です。最後の最後の頼みです助けてください本当にSOSピンチですダメなら仕方ないが返信無用との事ですが最後の最後になるので返信しました何卒宜しくお願いします。

 毎回おなじみの土下座メッセージに、うっすらと復讐をしている気持ちも沸いてくる。あのプライドの高い自己愛のかたまりが、金欲しさに私に縋っている。私が幼く、逃げ場もなかった時期に助けてくれなかった「保護者」が。

 その後に、気持ちの悪い画像が送られてきた。※加工しておきます 

 布団のマットもカビだらけ笑うしかないです。

 「干せよ!」と思わず声に出してツッコんだ。こんなカビた布団に寝ているオレ、可哀想だろ?という切り札のつもりなんだろうか。

 詐欺とか変な事はしていませんそれだけは理解して下さい。藁にも藁が蜘蛛の糸になっただけですSOSピンチだけは理解して下さい。

 「藁にも藁が蜘蛛の糸」が変なラップみたいでおかしい。どっちも溺れるか、地獄に堕ちるかやで。ちょっと笑った勢いで、送った。

 ごめんなさい、ブロックします
 布団は干すだけの話です

 てん、とブロックをタップした。終わり。終わりだ。カビだらけの布団で私を恨みながら死ね。

 そこから、切り替えて家事をしても、ドラマを観ても。何も入ってこない。私の中の、孤独だった時代に読書で養ってしまった「共感能力」が思考を止めない。

 スーツを着て、バブルの頃は周りにお金を撒き、よく騙され、そしておそらく騙し、オレがオレがと自慢話を盛る父親と、どこかのまちで恥を忍んですがった蜘蛛の糸を切られ、カビまみれの布団の上で途方に暮れる老人の姿と。

 数時間後。

 「ブロック解除」を、つついてしまった。

 3万だけ入れて縁切ります
 布団買ってください
 揺さぶったら金出しよったと、そっちの思い通りになる自分が心底悔しいです
 こんな想いを2度としたくないのでこれで終わりです

 ああ、ホンマに悔しい。さらに悔しいのは、この顛末をぼそっと夫に言ったら「また払いよったん」と嘲笑されたことだ。

 一緒に怒って、縁を切る手伝いをするどころか、私が落ち込んでいるのは好物なので「おふざけ」で返してくる。
 嫌い。大嫌いだ。
 愛されて育った人間の無神経さが。

 夫に怒りを向けてるうちに、既読になった。しかし、何時間もお礼の言葉も無い。やられた。まただ。出させたモン勝ちや。

お金を確認したら連絡ぐらいください

 ぴょん、と返ってきた。

 家賃にはまだ2万足らないのでまだ降ろしてないし銀行が遠いのでコンビニ用の支払い票を再請求してもらい色々考えています送金には感謝しています。ありがとうございます。

 こんな想いして払って「足りないやんけ」と思われるのにますます腹が立って、追加で3万入れてしまう。この冬、コート買うのと壊れかけのパンプス買い替えるの諦めよう。

 布団代と家賃の残り入れときます
 そしてそういう時は明細と期限を明らかにして頼むべきです
 同情を引く言葉、のたれ死んだらお前のせい、と暗に呪いを私にだけかけるやり方、吐き気します
 あと3万だけ入れるので家賃払って布団買い直して(1万あれば買えます)ください
 布団を定期的に干すこともしないで自分を哀れんでるの、バカじゃないの

 おはよう御座います。今お金おろしできました。ありがとうございます。感謝しかないです。

 布団買いなおして、こまめに干して、部屋を清潔にしてください
 部屋が荒れると心がすさんで、できるはずのことができなくなります
 妹の子ども達はまだパパに会いたいと思ってるのだから、会える状態でいてください
 私はもう基本的には連絡しません
 まんまと払う羽目になった自分が、情けないです

 わかりました嫌な思いをさせてゴメンなさい。今朝から布団、マットを干しています。電気、ガスは今日払いました。家賃は今用紙がきたので明日迄には必ず支払います、本当に助かりました、ありがとうございます。

 布団買い替えへんのかーい!と叫んで、再び「ブロック」をタップした。もうええ。ホンマに終わり。

 私を愛さなかった親に頭を下げさせた快感より、「相手の思惑どおり妹は守られ、私から金を巻き上げることに成功した」父親が安い酒で祝杯をあげていることへの悔しさ、自分の弱さへの苛立ちの方が何倍も大きい。

 もし私が他人なら言える。

 全力で逃げろ、のたれ死んでもアンタのせいじゃない、幼少期から傷つけられてなお、搾取される理由はない。
 うん、ごもっとも。わかってる、いちばん。

 そして、同じぐらい。

 でもでもだって、と金や身体を差し出してしまう人の気持ちも、わかる。

 金を持っていなければ、連絡さえしない。関わる度に、私は金や仕事が無ければ無価値だと思い知らされる。こんなクズにですら「使えない」と思われることに耐えられない、ぐらぐらの根っこに泣く。

 ただそこにいるだけで。
 生きているだけで。

 いいと思える人たちは、どんな愛を受けてきたのか。自分の恨めしいほど豊かな想像力を駆使しても、未だにわからない。 

 ♪ 怒り抱いても 優しさが勝つあなたの 欠けたとこが希望 ♪

『はいよろこんで』こっちのけんと

 私は私にまだ希望を持っていいと、息子に習ったギリギリダンスをヤケクソで踊りながら言い聞かせる。

 「はいよろこんで」「んなわけあるかい」

 人のSOSを受信するばかりで、壊れそうだ。

 ・・・ーーー・・・