勉強会からの脱却。「ロマンティック数学ナイト」はなぜ大学教授から中学生まで対等に語り合える場になれたのか
数学イベントー
その言葉からは、どのような場を想像するだろうか?「ロマンティック数学ナイト」は、それまでの数学イベントの常識を大きく変えた。
高名な大学教授から、小学生・中学生まで、文系でも理系でも、対等に数学の楽しさや数学を巡るロマンを共有し、一緒にワクワクドキドキできる、これまでにない数学コミュニティを築いてきた。
スタートから5年が過ぎた今、改めて「ロマンティック数学ナイト」という、日本中の数学ファンを巻き込んだイベントを振り返りたい。
登場人物①:堀口 智之さん
「ロマンティック数学ナイト」を主催する和から株式会社の代表。高等数学から算数まで、数学の使い方が分からずに困っている人や、数学が大好きな人たちに向けたイベントや教室を開催している。数学と人を愛する。
登場人物② 辻順平/tsujimotterさん
趣味として数学を楽しむ日曜数学者。高度な数学的な概念をわかりやすく・楽しく伝えることに定評がある。「ロマンティック数学ナイト」には第一回目からプレゼンターとして登壇。
登場人物③ 鈴木健太郎
教育クリエイター。堀口さん率いる和からとともに「ロマンティック数学ナイト」を企画・実現。日本中の教育イベントやプロジェクトに携り、その可能性を広げる活動をしている。「教育をもっと自由に、もっと楽しく」
進行・編集 但馬 薫
本対談記事の編集役。文系出身で数学は数ⅡBどまり。読者代表として、理系3名の数学論議・「ロマンティック数学ナイト」愛をかみ砕きます。
難しい=数学の醍醐味ではない。色々なレベルでそれぞれの楽しみを追求する
一般的な数学のイベントっていうと、「勉強会」のイメージがすごくあるんですよ。
みんなで勉強しましょう、みたいな堅い感じの場が多いし、話していることについて知らなかったらついていけなかったりして、「なんでこの場にいるんだろう」みたいな肩身の狭い思いしてしまうことがあります。
「ロマンティック数学ナイト」はそういう場とは全く違います。誰もが来てお酒を飲みながら、皆で一緒にワイワイできるような場。
2016年第1回「ロマンティック数学ナイト」の歓談タイム。ホワイトボードに数式を書いているのは、八田陽児先生。
道具として「数学」を使っていますが、一種のおまつりですね。数学を使ったエンターテインメントイベントです。
僕は大学時代、物理学科なのに数学科の授業に忍び込むほど数学がすごく好きだったんですが、一方で自分がやっている数学に対してあまり自信がありませんでした。
大学でやる数学は、ものすごく高度な内容が次々に出てきて、楽しむというよりも、「これをやらなきゃ」と追われてる感じのほうが強かったんです。
自分としては、単位には関係ないけどフェルマーの小定理の証明だったり、数学から見える世界観とかに感動するんですよ。
私たち身の回りって何でも数学でできていて、それに気づいたときは本当に興奮しました。
「え!?群ってやばい!?え?回転も数学だったの!?表裏も数学!?世の中全部数学でできてるんだ!!」
みたいな(笑)。
でもこれって、数学業界にはインパクトがない話ですし、今さらそんなこと言っても価値を見出してはもらえない。
自分としてはものすごく感動するような話でも、「もっとすごい数学ってあるじゃん」って言われたら、何も言えないんですよ。
「何でそんな簡単な数学で満足してるんですか?」って笑われると凹むし。
僕も他の場面で、数学がものすごくできる人たちの前で話すこともあるんですが、「僕の話は、この人たちに聞かせていいのかな」みたいな気持ちを抱いていた時期がありました。
でも、数学の面白さの1つって「いろいろなレベルで楽しめる」ことでもあるんですよね。
それこそ中学受験の幾何学の問題がすごく大好きな人もいるし、数を覚えるのがすごく大好きな人もいるし、群のような数学的に高度な概念を面白がる人もいる。
それなのに、これまではそれを対等に語る場がありませんでした。
「ロマンティック数学ナイト」は色々なレベルの人が同居してそれぞれのレベルで、それぞれの面白い話ができるのが、やっぱり魅力ですね。
2016年に開催した第1回目の「ロマンティック数学ナイト」。tsujimotterさんの手元にあるのは3Dプリンターで自作したゼータ関数のグラフ模型。
「好き」を対等に語れる場を作りたかった
色々なレベルの人を同居させるというのは企画段階から狙いとしてありましたよね。偉い人の話を聞くだけじゃなくて、対等に語れる場を作るという。
僕はそもそも数学に関しては門外漢ですが、「好きなことを好きっていっていいし、否定されるべきではない」というのが前提にあります。
例えば、サッカーにもにわかファンがいれば、古参のファンもいるけど、みんなサッカーが好きという部分では一緒じゃん。その中で、古参にいじめられる、みたいなことはどのコミュニティでもあるあるです。
で、数学はまだそのコミュニティそのものが存在していなくて、アカデミックなヒエラルキーみたいなものしかなかった。
だから、「ロマンティック数学ナイト」っていうコミュニティをつくるときに、本当にフラットでどんな立場の人でも、「数学好き!面白いよね!」って言えるようにしたかったんですよね。
登壇者には、世界的権威のある大学教授もいれば、偉くもなんともないただの一般人もいるし、それこそ小中学生もいる。
2016年第4回「ロマンティック数学ナイト」プレゼン後の歓談タイム。写真中央にいるのは、数学検定一級最年少合格(当時)の菅原響生くん。
でも、世界的権威の先生の話よりも、中学生のプレゼンのほうがウケたりするんですよ。
権威とか格で語ると、あまりにも違うんだけど、「ロマンティック数学ナイト」っていう場においては対等。
むしろ偉い先生のほうが「あのプレゼンのほうがウケてたな。もっと頑張らないと。」って裏で反省してたりするんです。
嬉しい誤算-ロマンティストたちの高いプレゼン力
「ロマンティック数学ナイト」で語られてる数学っていうのは、ものすごく高度な数学の話が多いと思うんですが、色々なレベルの人が集まった時に、理解できずに置いてけぼりにならないような工夫はなにかされてるんですか?
それは、鈴木さんの当初の思惑を聞いてみたいな。1回目の企画の段階で、どれくらいをそもそも想定してたんですか?
理解できるかどうかはコミュニティとしては重要じゃないなと思っていて、それよりも、
「数学がとにかく好きなんだ!」
「自分はこれがめちゃくちゃおもしろいと思ってるんだ!」
みたいな、その人個人の圧倒的な熱量みたいなのが大事だと思っていました。
そういう姿って、人の胸を打つし、見ててワクワクするんですよね。そしてそういう熱量を持っている人は総じて面白い人ばかりなんですよ。
理解できるかどうかが重要って話になると、ぶっちゃけ僕「ロマンティック数学ナイト」の一番簡単な話でもほぼ分からないし(笑)
そうですね。結果論ですが、第一回目のときに面白い人がたくさん登壇してくれたのが大きいかな、と私も思ってます。
難しい話も、もちろんあったんですが、皆それ以上に「数学の楽しさを分かってほしい」という気持ちが大きかったのかな。
発表者(=「ロマンティック数学ナイト」ではロマンティストと呼ばれる人たち)が、場に合わせてみんな調整してくださってるんですよね。
「和から」に石井俊全先生という一般相対論や線形代数など数学のガチの本を執筆されている先生がいます。
その石井先生が登壇するときに「きっとものすごく難しい話をするんだろうな。皆置いてけぼりにならないかな」と、少し心配していたんですが、彼は当日なんと、
「数学ギャグをやります」
と、ステージの上でひたすらと数学に関するギャグを言い続けたんです。
私的にはむちゃくちゃ大爆笑だったんですが、会場ではめちゃくちゃスベってたんですよ(笑)
2016年第2回「ロマンティック数学ナイト」。石井俊全先生のプレゼンテーションの様子。
むちゃくちゃ頭いい人が、むちゃくちゃ難しい話を、むちゃくちゃアホに言ってスベるっていう(笑)
それが許されるコミュニティって今までなかったし、すごいピースでハッピーですよね。
それで言うと僕の嬉しい誤算は、みんなビビるくらいプレゼンが上手かったことですね。
もともとは、インテリジェンスという意味で面白い話が聞けるんだろうな、と思っていたんですが、予想以上に皆さんのプレゼンテーション、ライブパフォーマンスとしてのクオリティがものすごく高かった。
あの場所の雰囲気もありますよね。六本木のクラブで、ミラーボール回っててスクリーンがドーンと3つ並んでる。
2016年、六本木の「SuperDeluxe」で開催した第4回「ロマンティック数学ナイト」の会場風景。
1回目、2回目くらいでそのあたりのイベントとしての空気感ができたっていうのは大きいなと思ってます。
もちろん運営として、一般の方でも楽しめるようなテーマで語ってくれるプレゼンターに登壇をお願いしていた分もあるんですが、そうじゃないと思っていた人たちまで自分たちで考えて色々やってくれました。
それの代表格がつじもったーさんですよ。ミスターロマンティスト!
つじもったーさんは「ゼータ関数」をテーマにしていらっしゃいますが、「ゼータ関数」とはなんぞやと知らない方も多いですよね。私も今回つじもったーさんに会う前に一応予習したんですが、全く理解できていません。
難しい話を一般の人も混ざっているような場でプレゼンをするときに気をつけていることはありますか?
ゼータ関数というのは専門的で難しい話なので、
「僕はゼータ関数を教えるためにいるんじゃない」
「自分がいかに魅力を感じていて、その愛をどう伝えるか」
ということを、一番気をつけています。
聞いている人には、「ゼータ関数がなんであるか」とかではなくて、「世の中にはゼータ関数が異常なほど好きな人がいるんだ」という情報を持ち帰ってほしいと思って喋っています。
楽しそうに数学の話をしている人がいるんだ、くらいで思ってもらえれば嬉しいですね。
3Dプリンタで自作したゼータ関数のグラフ模型を手に微笑むtsujimotterさん。その笑顔からゼータ関数への愛が伝わってきます。
++ 編集注 ++
素数とゼータ関数のつながりを知って、ゼータ関数が大好きになったという辻(tsujimotter)さんは、「お姿だけでも眺めてみたい」とツールを自作しゼータ関数のグラフを完成させました。
さらにそのグラフを3Dプリンターで出力した「触れるゼータ関数」(上記画像)や、ゼータ関数の形をしたデコレーションケーキ「食べられるゼータ関数」を作るなど、見て・触って・食べてと様々な方法でゼータ関数に親しみ、その様子を「ロマンティック数学ナイト」でもプレゼンしています。
なお、「食べられるゼータ関数」のレシピは、cookpadにて公開中。
初対面ではありますが、私もつじもったーさんがゼータ関数が大好きなんだな、ということはよく分かりました。
基礎からみっちり。ヘリで一気に頂上まで。向き合い方は人それぞれ。
数学に限らず、道を極めようと思ったら基礎をしっかりやるっていうのはやっぱり大事なんですよね。
でも、向き合い方は色々で良い。
もちろん、基礎からみっちりと順にやっていくっていう勉強のスタイルもすごく大事で、専門に進んでいく人達の道としてはそれが最適化されたルートだと思います。
でも、「エベレストに登る」ということを考えたときも、一歩一歩自分の足で頂上まで行きたい人もいれば、ヘリコプターで一気に登って景色を観たい人もいるし、エベレストに登頂した人の話を聞いて楽しみたい人もいる。
数学も同じように色々な楽しみ方があっていいと思うんですよね。
苦手な話は聞き流してもOK!アラカルト的に数学を楽しむ
色んな人が同居する分、気をつけているのが時間配分ですね。
展開が変わらないと人って飽きちゃうので、「ロマンティック数学ナイト」では一人当たりの持ち時間は8分16秒。496秒です。
ちなみに、これは完全数の496からとっています。
嫌いな話、自分には合わないテーマでも、8分くらいなら耐えられる。それが10分を超えると苦痛になってきます。
第7回のときに、ゼータ兄貴というロマンティストが「玉河数とRiemannゼータ関数」というテーマでプレゼンをしたくれたんですが、これが会場にいた5人くらいしか理解できないめちゃくちゃ難しい話で、私もさっぱり分かりませんでした。
2017年第7回「ロマンティック数学ナイト」でのゼータ兄貴さんのプレゼン風景。「玉河数とRiemannゼータ関数」
ゼータ兄貴は、当時まだ中2か中3でしたよね。数学はじめて1年しか経ってないのに、数学大好きな大人たちが全く分からない話をして、会場を圧倒して大拍手で終わった伝説のプレゼンですね。
「うおー!すげー!やべーやついるー!!」
ってめちゃくちゃ興奮しましたね。プレゼン内容もすごいのに、中学生だし数学歴一年だし。
あれも多分、プレゼン時間が15分とかだともうちょっと会場引いてたと思うんですよね。難しすぎて。
8分というのがちょうど良い時間だったなと今振り返っても思いますね。
色んな人の発表をアラカルト的に聴けるから、全部分からなかったとしても何か1つでも気になるトピックがあるとそれで良いですよね。
勉強しに来ている感じで「全部理解できないといけない」と思うと、分からないことが辛いじゃないですか。「ロマンティック数学ナイト」のいいところは、分からなくても面白ければそれでいい、というところだなと思います。
※文中の画像は、和から株式会社ウェブサイトより引用しています。
-------------------------------------------------
「ロマンティック数学ナイト」とは?
数学に興味がある、数学で繋がりたい、数学を共有したい-
そんな数学好きの人たちのための、数学好きの人たちによる数学のショートプレゼン交流会。
ここでは数学者として格式や、数学としての難易度は一切関係なし。あなたの内に秘めた数学を解き放つ場です。
2021年9月23日(木・祝)18:00~
「ロマンティック数学ナイト@オンライン #16」を開催します!
▶チケットはこちらから(参加費 1,000円)
https://peatix.com/event/2295886/view
■■ 「”教育クリエイター”鈴木Pのネタ帳」 ■■
教育クリエイターの鈴木Pこと鈴木健太郎のnoteです。
マガジン「【対談シリーズ」教育をもっと自由に、もっと楽しく。」では、これまで携わってきた数々の教育プロジェクトやイベントについて、一緒に作り上げてきたメンバーとともに対談形式で振り返っています。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?