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第2稿:Z世代のキャリア闘争〜ハーフのもがきと苦しみ〜

今回は高校生活(受験期突入までを)思うままに書こうと思います。

#3 動揺〜高校生活その1〜

晴れて第一志望に合格し、進学先を無事決めることができた僕でしたが、当初入ろうと思っていたバスケットボール部に入部を決めるかどうかは正直迷ってました。完全にバスケットボールに対する燃え尽き症候群になっていたのです。ただ、結局同じ中学校から合格し唯一同じバスケ部であった親友から一緒にバスケ部入るという言質をとり、入部を決意しました。

当時僕の身長は170 cm前後でお世辞にも背が高いとは言えません。新歓の時期に出会った2年生・3年生には身長が185cm前後のメンバーもおり、圧倒されたことを今でも覚えてます。

当時東京都は全国でも屈指の激戦区でした。(今もかもしれませんが、、、)京北•八王子学園八王子・國學院久我山等名だたる名門がひしめき合う中、僕が在籍していた高校は当時東京都でベスト16~8くらいの実力を持っていた高校だったと思います。

部員数は3学年併せて60~70人くらい、ここからベンチに入れるのが15人くらいで、そのうち試合に絡めるのは5~10人という状況でした。学区域の縛りもないため東京都のあらゆる中学校からそれなりの実力者が揃っておりました。

1年生は最初の夏季合宿で全員丸坊主で参加することが伝統となってました。思春期真っ只中の高校生で、当時恥ずかしさもありましたが、全員で丸刈りにしたことは青春の1ページとして今も心に残ってます。

小学生からの貯金で中学までなんとかそこそこの実力をキープしてきましたが、既に僕は高校で通用するレベルではなくなっていました。

一方学業では、あいも変わらず真面目に勉学を続け、学年でトップ50位くらいには常に名を連ねておりました。しかし、数学の難易度が上がり、徐々に自分の成績の足を引っ張ることも自分の中でまた自覚していきました。高校2年生から真剣に進学先を考えるとき、私立文系を結局は目指すのですが、ネガテイブな要因として数学が関わったことは言うまでもないでしょう。

入学当初は全く大学受験を意識していませんでしたが、1年生から僕らの代で教職員たちが国立大学への進学者を増やすことを目標に掲げて、そのための施策を実施することに邁進してました。

主に英語に力を入れており、英語のリスニング教材を毎朝8時に15分ほどやる取り組みをやっていた記憶があります。

1年生後半から大学受験とはなんぞや的な講義も増えていきました。特に大学進学における国立と私立大学の費用の違いについて「100万くらい場合によっては年間の費用が変わってくるのか」と現実を思い知りました。

これまでなんとなく私立は学費が高くて、公立は学費が低いという自覚はありましたが、具体的な数字までしっかり認識したことはありませんでした。

自分の子供を私立に通わせている家庭は、単純に裕福なのか、もしくはそれなりに家計を切り詰めて通わせているんだなと言うことも改めて実感しました。「自分は下に 妹と弟がいるのだから、大学進学でも両親に苦労はかけられないな」と素直に思いました。

#4 意思決定 〜高校生活その2〜

正直バスケ部での最初の1年~2年は最悪でした。僕は自分がもう既に高校で通用するレベルでないのにも関わらず、中学までそれなりに通用してきたことを過信し、既に燃え尽き症候群になったことも相まって、練習をおろそかにしてました。

中学時代自分よりも成績の低い中学校から来た人も大勢いたので、練習しなくても結局試合に出れるだろうと絵に描いたようにタカを括ってました。

高校2年になり、いよいよベンチに入れるかどうか今後の高校バスケ生活を左右する競争が激化する中、当たり前ですが僕は出遅れました。練習試合でも全く試合に出れず、最後の最後の消化試合でようやく少し出番がもらえるような状況が続きました。

このままではいけないと思ったそんな僕を変えたのは、よくある話かもしれませんが、「スラムダンク」でした。漫画好きなので、NarutoやBleachをよく読む中で、過去に伝説的な連載終了をしたバスケ漫画があったことを思い出し、急に読みたくなったのです。


今まで全くスラムダンクのことを知らなかったわけではなく、小学生の時の車の中で、途切れ途切れですがアニメで見ていた程度の知識レベルで知っていました。

バスケ部に運よくスラムダンクを全巻持っている友人がいたので、借りて全て読みました。全巻読み終わると「バスケっていいな、面白いな、やっぱり試合に出たいな」というような気持ちになりました。運よく初心に帰ることができたのです。

そこから真面目に朝練や自主練に取り組み、レギュラーというわけにはいかなかったものの、自分達の代の時にはベンチに常に入ることができるポジションを獲得することができました。この時頑張ってなかったら、中学生の時以上に一生後悔していたと思うので、スラムダンクに出会えて本当に良かったです。

勉学の方では、理系科目と文系科目でどんどん成績に差が出たので、迷わず文系を選びました。志望校選定の際には、「苦手な科目頑張って、中堅国立大学目指すより、文系科目に全振りして、早慶に挑戦した方が将来的にコストパフォーマンス良くないか??」という風な考えに至りました。地方国立文系学部を目指すことすらも自分の中では難しいと思うくらいに理系科目全然ダメでした。上記のことを正直に両親と相談したところ、「お金のことなど気にせず行きたいところを目指しなさい」と背中を押してもらい、私学上位校を目指すことを決意しました。

早慶は難易度が高いので、うちの学校だけで受かるのは無理、予備校に通うことはマスト」だと、当時の担任から言われましたが、予備校に通うお金など親にせがめるはずもなく、安い方法で質の高い授業を受けることができないかと思考を巡らせる中、当時まだまだ無名だった受験サプリ(現:スタデイサプリ)と武田塾に出会いました。

映像授業の中でも当時すごく安かったので、両親にお願いし、受験サプリを利用しました。また、武田塾が運営するwebサイトを閲覧し、どのレベルの参考書をこなさなければならないのかという研究も同時に行いました。

”XX月までにこのレベルの問題ができなければなならない”・”その参考書を攻略するにはこの参考書を絶対修了しなければならないな”等自分の中で1ヶ月毎のマイルストーンを定義づけ、高速で映像授業を消化していきました。基本的に1.5倍で視聴し、わからない部分は何度も見直すことを徹底しました。伊藤賀一先生と関正生先生の授業はとても良質で、非常に為になりました。

今回はここまでとします。次回は受験期終了までを具体的な志望学部の選定・部活動の引退を当時の恋愛事情も織り交ぜながら、リアルに書こうと思います。



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