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大学の内部監査における人事監査

人事は経営に近いため聖域とされ,監査人の手の及ばない部門である事が多い.しかし,働き方改革の中で,人事も新たな課題を抱えており人事部門の監査は,助言を必要とする人事にとっても重要な意味を持っている.

※このノートは,2019年1月16日に行った講演のメモである.

1 内部監査における人事監査

内部監査は,ISO19011のマネージメントシステム監査で標準的な手法が確立している.それによれば,マネジメントシステム監査の原則は,(1)高潔さ(Integrity)(2)公正な報告(Fair presentation)(3)正当な注意(Dupe professional care)(4)機密保持(Confidentiality)(5)独立性(Independence)(6)証拠に基づく監査(Evidence based approach)(7)リスクベースのアプローチ (Risk based approach)となっており,当然のことながらこうした要件は,人事監査においても変わることはない.しかし,同時に人事部門の業務監査は,これに加えて,独自の視点が求められる.The American Accounting Association’s Committee on Human Resource Accounting (1973)によれば,人事監査は,人事に関するデータを特定し,その結果を利害関係者に伝達するプロセスとされており,そのために,決まり切った手順ではなく,実状に応じた柔軟な監査手法が必要であるとされている.

人事監査の目的は,組織の問題を未然に予防し,コンプライアンスを確保するという点で他の内部監査と異なるところはないが,その手法においては,採用から任用そして退職までの一連のプロセス を理解し,業績評価,報酬,モチベーション,安全衛生,福利厚生そして労使関係といった人事固有の課題をどのように監査すべきかについて検討することが求められている.

2 大学における人事のコンプライアンス

大学の人事担当者は,コンプライアンスを達成するために,労働関係諸法に常に気を配る必要に迫られている.労働関係諸法は,日本の法体系の中では,例外的に,判例と法理を積み重ねて,やがてそれを反映した法改正を行うというプロセスを経る.人事担当者は,現行法の法解釈だけでは,コンプライアンスを達成する以前に法令遵守さえも達成できず,常に最新の判例などから必要な情報を学び取る必要がある.それだけに,人事部門のコンプライアンスは,法令遵守を達成するだけでも大きな労力を要している.

近年は,これに加えて,労働関係諸法の新しい傾向として,行政指導の強化が図られてきている.近年の正規雇用に比べて弱い立場の有期雇用の労働者は,労働紛争を裁判で争うことを好まないため,有期雇用労働者の増加と反比例して労働紛争の裁判例は減少してきており,結果として,従来のような労働関係諸法の判例と法理の積み重ねが難しくなってきている傾向にある.このため,行政の側では,法理の積み重ねによる法改正によるだけではなく,労働基準監督署等による行政指導の役割を増大させようとしてきているのである.

3 大学における「働き方改革」のインパクト

政府の推進する働き方改革のための労働関係諸法の改正は,突然に登場した改革ではない.一部は現政権の政治的な判断が含まれるものの,上述のように,非正規雇用が全労働者の4割以上を占める中,行政指導により踏み出すために.長い期間の検討の上に構成されたものである.そうした背景を踏まえて,今回の改正のなかでも大きな影響を持つものが,2つある.第一は,労働時間法制の見直しであり,労働時間に上限が設定されたことである.第二は,雇用形態に捕らわれない公正な待遇,すなわち同一労働同一賃金を求めたことにある.

どちらも大学においても大きな影響を与える改正である

4 労働時間法制の見直し

労働時間は,週40時間という制限を持っているが,従来は三六協定とよばれる労使協定によって,労使の合意さえあれば,労働時間の上限は何時間に設定することも許されていた.大学関係で言えば,病院を抱えるような大学においては,月200時間程度を上乗せする労使協定も存在したのである.働き方改革改正法により,今後は,月80時間以上の協定はできない.これは労働法制史上の画期的な改正と言われている.病院のような人の身体生命に関わる職場であってさえも,適切で厳格な勤務態勢管理を実現しなければ違法性を問われることになったのである.

勤務時間を管理する人事部門の責務はますます重要になってくる.

5 同一労働同一賃金

同一労働同一賃金は,大学には様様なインパクトがある.非常勤の教職員と常勤の教職員は,合理的な理由なしに,賃金や福利厚生の差別をしてはならない.賞与,手当,研修などについて,格差を付ける場合には,その格差を説明できるだけのアカウンタビリティーを確保しなければならないケースが,各大学には多くあると考えられる.改正法は2019年4月から順次施行され,いずれにしても2020年までにはこうした環境の整備が成されていなければならない.

注意すべき点は,中小企業に適用されるとされている同一労働同一賃金に関する緩和措置は,大学は含まれていないという点である.残されている時間が殆ど無い. 

6 大学の人事監査の役割

人事の内部監査は,大学に限らず,日本の組織では,あまり積極的には行われてこなかった.人事は経営に直結する部門であり,監査といえども聖域という企業風土が,日本では強かったように思われる.

しかし,働き方改革が推進されることにより,人事が十分なスピードでコンプライアンスを守ることができなければ,場合によっては労使紛争を惹起する懸念があり,また,新年度以降の行政指導強化の一環として,監督官庁の立入などが行われることにより,レピュテーションリスクを抱える可能性がある.働き方改革を巡る2020年問題を乗り切るためにも,人事部門の監査は,重要な意味を持っている.

 

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