世界の金融緩和はこのまま加速していくのか?

世界の金融緩和はこのまま加速していくのか?


 FRBは9月17~18日に開催されたFOMCで予想を上回る0.5%の利下げに踏み切り、かなりの中央銀行で始まっている金融緩和はこのまま加速していくものと思われている。

 すでに日本を除くほとんどの国で足元の物価上昇率が政策金利を大きく下回っているからであるが、それでも見極めておくべきポイントも多い。さらに「ここから」の世界の経済状況や金融市場の変化も読み取る必要がある。

 まず今回のFRBの決定から詳しく見ていく。FRBの決定は世界の中央銀行の金融政策に大きな影響を与えるからである。


その1  思ったほど「思い切った」金融緩和ではない今回のFOMC


 FRBは保有債券の平均利回りが約3.5%であるため、これまでの政策金利による調達金利(5.3%)との逆ザヤで年間1000億ドルを超える巨額損失となり米国財政を圧迫するため、「早急かつ大幅」な利下げによる調達金利の引き下げが必要とされていた。

 ここにきて物価上昇の落ち込みや雇用状況の悪化が目立ってきたため、「ようやく」2023年6月から維持していた政策金利(5.25~5.50%)の0.5%引き下げに踏み切った。FRBの調達金利(政策金利下限プラス0.05%)は自動的に4.8%となるが、現在の利回り水準では保有債券の平均利回りはほとんど変化しないため「まだまだ」逆ザヤは大きく、引き続き利下げが必要となる。

 今回のFOMCでは「初回から」通常の0.25%ではなく0.5%の利下げに踏み切ったことになる。それではFRBが「ここから」一気に世界の金融緩和(利下げ)を加速させていくのかとなると、実はそうとも言い切れない。

 まず今回の評決ではFRBのボウマン理事が反対している。0.5%ではなく通常の0.25%の利下げを主張したからであるが、FOMC投票メンバー(パウエル議長を含むFRB理事7名と地区連銀総裁5名の計12名)のうち地区連銀総裁の反対は珍しくないが、FRB理事の反対は異例(2005年以来)である。また今回は賛成したもののウォーラー理事も反対に近かったはずである。

 またFOMCメンバー全員(19名)による各年末時点の予想政策金利の中央値(ドットチャート)では、2024年末までにあと0.5%の利下げ、2025年末までにさらに1.0%の利下げで政策金利は3.25~3.50%となり、めでたく逆ザヤが解消することになる。さらに2026年末までに政策金利は2.75~3.0%となり、逆ザヤが解消されたあとも「緩やかな」利下げが続くと予想している。

 今回のFOMCで同時に発表されたFOMCメンバーによる毎年の経済見通しでは、実質GDPが2024年、2025年ともに2.0%成長、失業率も2024年、2025年ともに4.4%、物価は2024年が2.6%上昇、2025年が2.2%上昇と予想している。

 前回(6月時点)からの目立った変更点は失業率で、2024年が4.0%から4.4%、2025年が4.2%から4.4%と上昇(悪化)している。それを受けてドットチャートも前回(6月時点)が2024年末までに0.25%の利下げと予想していただけだったが、今回は(すでに引き下げた0.5%を加えて)1.0%と「早急かつ大幅」な利下げ予想となっている。

 つまりFRB(FOMCメンバー)は、ここ1~2か月の間に雇用情勢の急激な悪化を見て大慌てで「早急かつ大幅」な利下げが必要と考えたことになる。8月末に全米の雇用者数が81.5万人も過大計上されていたと公表されているが、大統領戦を控えているため統計の修正は2025年1月からとなり、ここに出ている予想失業率も修正前のままである。

 また米国の実質GDPは、ゼロ金利からの利上げが3月に始まった2022年が2.1%成長、6月に政策金利がピークとなった2023年が2.5%成長、そのピークの政策金利のままで2024年1~3月期が1.3%成長、同4~6月期が2.9%成長であり、利下げ開始後も引き続き潜在成長率とされる1.8%を上回る「安定成長」が持続されると予想している。

 失業率はボトムとなった2023年前半の3.4%から「かなり」上昇したままと予想している。しかも雇用者数の過大計上の修正前である。しかし失業率が「かなり」上昇したままで実質GDPが「安定成長」を持続するとは考えにくい。つまり利下げの前提となるFOMCメンバーによる経済見通しに「無理」があることになる。

 さらに同じ経済見通しにある物価とはFRBが最重視するPCE(個人消費支出)コア・デフレーターのことで、もともと価格変動の激しい食品とエネルギーを除いてある。さらに消費者物価指数より幅広い範囲をカバーしているためブレが少なく、実感の乏しい帰属家賃も除いており、物価の基本的なトレンドを把握するには最適の指標である。難点は発表が消費者物価指数より遅いことで8月分の発表は9月27日である。

 そのPCEコア・デフレーターは、コロナ対策のための未曾有の金融緩和実施から1年後の2021年3月に長期目標の2.0%を突破し、FRBがゼロ金利からの利上げを開始する前月である2022年2月の5.5%上昇がピークで、直近(2024年7月)に「やっと」2.6%まで低下している。そして利上げが始まっても2024年末時点で同じ2.6%上昇、2025年末時点でも2.2%上昇と、依然としてFRBの長期目標である2.0%上昇まで低下しないと「自ら」予想している。

 この辺からも明らかになるように、FRBは2021年初めからの物価の急激な上昇に対し利上げ開始が2022年3月と大幅に遅れたため、必要以上の利上げを長期間続けることになってしまった。その結果ここにきて「急激に」雇用情勢が悪化しているため(過大計上されていた雇用者数も修正前である)、大慌てで「早急かつ大幅」の利下げに生み切ったはずであるが、物価は依然として高止まることは自覚している。

 FRBの金融政策の目標である「物価と雇用の安定」は同時達成が難しいことになり、ここから物価上昇が再加速することになれば利下げペースを大きく減速させる必要に迫られる。つまり「ここからの」米国あるいは世界の金融緩和の加速は、物価上昇が再加速しないことが「絶対条件」となっている。

 今回の0.5%利下げを受けてNYダウとS&P500が史上最高値(NYダウが9月20日に42063ドル、S&P500が9月19日に5713ポイント)となっているように、米国株式市場の「インフレ体質」は根強く残っており、物価上昇が再加速する可能性も結構ある。

 ここで最近は評論家の間で、景気後退懸念が出てからの利下げは株式市場を下落させるが、予防段階での利下げは株式市場を上昇させると言われている。当然に今回は予防段階での利下げと考えているようであるが、ここまで見てきたように実際は景気後退懸念が出てからの利上げである可能性が高い。

 つまり「ここからの」株式市場は、米国でも日本を含む世界でも「要注意」であると考えておくべきである。

 また為替市場における「ここからの」ドルの水準については、次項以降の各国事情の中で予想していく。ただドルの絶対水準に近いドルインデックスは、昨年末(2023年12月29日)の101.333から、4月16日に106.257の高値となった後は下落に転じており、利下げ当日の9月18日に100.596となった後、先週末(9月20日)は100.774と「多少」反発して終わっている。

 ドルインデックスは「すでに」昨年末の水準を下回っており、ここから本格反発する兆しもない。 

 また大統領選が近づいているが(その予想は別途詳しく書くが)、どちらが勝っても高金利・ドル高政策に戻ることはない。とくにハリスは0.5%の利下げを受けて「物価高のあおりを受けている米国人にとって歓迎すべきニュースである」とピント外れのコメントを出しているが(大幅利下げはドル安となり米国の物価を押し上げる)、「この人(ハリス)は大丈夫なの?」と心配になる。


その2 米国以外の主要先進国と発展途上国の「ここから」の金融政策と為替予想


 米国以外の主要先進国と発展途上国のうち、FRBの利下げ以前に利下げを開始していた国・地域は、ユーロ圏、英国、スイス、スウェーデン、デンマーク、カナダ、ニュージーランド、中国、メキシコ、ブラジル(注)で、FRBの利下げを見て即座に利下げを開始した国・地域は、インドネシア、南アフリカ、香港である。

(注)ブラジルは少し事情が違うため後ほど解説する。

 それに対してまだ利下げに踏み切らない(踏み切れない)と思われる国は、ノルウェー、オーストラリア、台湾、韓国、タイ、インド、ロシア、トルコで、世界で唯一の利上げを公言している国が日本である。

 また足元の物価上昇率(以下、消費者物価指数・総合の対前年同月比上昇率で統一)が現在の政策金利を上回っている国は、日本、トルコだけであるが、トルコも8月の物価上昇率が52%と政策金利の50%に接近しており、利下げ余地が出てきている。

 すべての国・地域について解説するわけにもいかないので、ユーロ圏と英国、中国と香港、メキシコとブラジル、それに日本を選んで、それぞれの中央銀行の「ここから」の金融政策と為替予想も含めて解説していく。


その3 ユーロ圏(ECB)と英国(BOE)の「ここから」の金融政策と為替相場


 どちらも前回に詳しく解説しているので補足説明だけとする。

 ECBは6月6日と9月12日を合わせて、金融機関からのECBへの預金金利を4.0%から3.5%に引き下げているが、これがECBの調達金利である。

 前回の繰り返しであるが、ECBの保有債券(域内各国の国債と機関債)の中心であるドイツ国債利回りは米国債利回りより「かなり」低いが、ECBはドイツ国債より利回りが高いフランス国債、イタリア国際、スペイン国債なども保有しているため、すでに保有債券の平均利回りと調達金利の逆ザヤが「かなり」解消されている。

 つまりECBは、FRBと比較して大幅に利下げする必要が無い。せいぜいあと0.5%程度(0.25%が2回程度)の利下げで十分で、年内か2025年初めには利下げが終了してしまう。

 ユーロ圏経済は(とく域内最大のドイツ経済は)米国経済より低迷しているため、もっと大幅に利下げすべきでは?となるが、実はECBから域内金融機関への貸出基準金利は6月6日と9月12日を合わせて4.50%から3.65%へ0.85%も引き下げられているため、やはりあと0.5%程度の利下げで十分である。

 ユーロの対ドル相場は昨年末から先週末(9月20日NY終値)まで1.1%上昇しているが、これからもう少し上昇することになる。もちろんECBの「ここから」の利下げ幅がFRBの利下げ幅を大きく下回るからである。

 一方でBOEは8月1日に「ややサプライズ」で5.25%から5.0%へ利下げしているが、8月の物価上昇率が7月から落ち込んでいなかったため9月19日の政策決定会合では追加利下げを見送った。

 その結果、英国の政策金利はFRBの政策金利上限と同じ5.0%となり、FRBは年内にあと0.5%は利下げするがBOEは引き続き不透明であるため、まもなく英国の政策金利が先進国で最も高くなる。

 BOEの追加利下げが不透明な理由は、英国では引き続きユーロ圏より物価上昇が再燃する恐れがあるからで、その結果「ますます」景気後退懸念が出てからの利下げに追い込まれる可能性が出てくる。

 従って現時点のポンドの対ドル相場は昨年末から先週末(9月20日)まで4.6%と先進国通貨で最大の上昇率となっているが、徐々に伸び悩むと思われる。

その3 中国(人民銀行)と香港(通貨管理局)の「ここから」の金融政策と為替相場


 人民元は実質管理相場であり、香港ドルは1ドル=7.75~7.85香港ドルのレンジ内で米ドルに連動する完全管理相場である。従って人民元も香港ドルも、(これも管理された)政策金利や自国の経済状況や物価上昇率で変動するとは限らない。

 とくに中国経済の低迷が加速しており、物価上昇率もゼロ近辺であるため、処方箋は「国内金利の大幅利下げと人民元の大幅引き下げ」の一択である。

 中国の代表的政策金利である1年の最優遇貸出金利(LPR)は7月22日に3.45%から3.35%に引き下げられているが、金融政策が決定される9月20日には追加利下げを見送っている。中国の政策金利は「明らかに」割高に設定されているが、それは中国からの資金流出を防ぐためで、同様に人民元も大幅に引き下げるわけにはいかない。

 人民元の対ドル相場は昨年末からほとんど変化しておらず、中国は国内金利も人民元も「不自然に高いまま」で身動きが取れず、中国経済を浮上させることも新たな海外からの資金流入も期待できない。

 このままでは中国の経済も金融市場も「どこかで」爆発してしまうため、その前に中国が台湾や沖縄に侵攻するリスクが高まってくる。

 一方で香港ドルは米ドルに連動しているため、香港通貨管理局の政策金利もFRBの政策金利下限プラス0.5%で連動しており、今回も5.75%から5.25%に引き下げている。

 先週末(9月20日NY終値)は1ドル=7.05人民元、1ドル=7.79香港ドルなので、金利が高く流動性がある香港ドルより、金利が低く流動性も制限される人民元が10%も割高で取引されていることになる。

 中国本土と香港の間の債券・株式の相互取引は解禁されているが、実際は中国本土から香港への資金流出は人民元建ての債券・株式の取引に限定されているはずである。

 

その4  メキシコとブラジルの「ここから」の金融政策と為替相場

 

 ブラジルは世界で最も早い2021年3月に政策金利を2.0%から利上げを加速させ、2022年8月に13.75%まで引き上げて物価上昇も落ち着いたため、これも世界で最も早い2023年8月から利下げを開始して2024年7月に10.5%まで引き下げた。

 これに合わせてブラジルレアルの対ドル相場は、2021年10月の1ドル=5.75レアルから2023年7月の1ドル=4.69レアルまで上昇したが、そこから2024年7月には1ドル=5.75レアルまで「全値戻し」してしまった。

 そのためブラジル中央銀行は9月19日に政策金利を10.75%まで再利上げする羽目となったが、昨年末から先週末(9月20日)までのブラジルレアルは対ドルで1ドル=4.85レアルから5.51レアルまで12.0%も下落している。

 またメキシコはブラジルの次に早い2021年7月に政策金利を4.0%から利上げを加速させ、2023年3月に11.25%まで引き上げて物価上昇も落ち着いたため、これもブラジルの次に早い2024年3月と8月に10.75%まで引き下げている。次の金融政策決定会合は9月27日である。

 これも合わせてメキシコペソの対ドル相場は2021年11月の1ドル=22.15メキシコペソから2024年3月に1ドル=16.44ペソまで上昇したが、そこから2024年9月10日には1ドル=20.14ペソまで上昇幅の65%を失ってしまった。

 メキシコペソの対ドル相場は2022年、2023年と全通貨で最大の上昇率となっていたが、昨年末から先週末(9月20日)までのメキシコペソは対ドルで12.6%とブラジルレアルよりも下落して全通貨最大の下落率となっている。

 ブラジルレアルもメキシコペソも一連の値動きを合理的に説明することは難しいが、両方とも利上げに伴って世界中から集まってきた投資・投機資金が利下げ開始で一気に流出したと考えるしかない。ブラジルもメキシコも現在の政策金利が物価上昇率を大きく上回ったままであるが、ブラジルでは左翼のルラ大統領が2023年1月に復帰した影響もある。

 つまり為替市場とは政策金利と物価上昇率だけでは説明できない「典型例」である。しかし9月27日にメキシコ中央銀行が再利上げするとは思わないが政策金利はまだ10.75%もあり、米国が利下げに転じているため「ここから」のメキシコペソは上昇余地があると考える。


その5 最後に日本(日銀)の「ここから」の金融政策と為替相場


 最後に日本(日銀)である。日銀は3月19日にマイナス金利を解消して政策金利を0.0~0.1%とし、7月31日に0.25%に利上げした。9月20日の金融政策決定会合は「さすがに」FRBが0.5%利下げした直後で追加利上げは見送ったが、それでも(緊急避難的なブラジルを除いて)世界で唯一の利上げを公言している中央銀行である。

 これは日銀を支配下に入れた財務省が、その傘下の金融機関と機関投資家に「濡れ手に粟」の収益機会を提供し、財務省に天下り等(最近なら社外取締役ポスト等)のメリットを還元させるための利上げでしかない。

 その結果、昨年末に1ドル=140.97円だった円の対ドル相場は、7月3日に一時1ドル=161.95円と37年半ぶりの円安となったものの、FRBの利下げが確定的となった9月16日に一時1ドル=139.57円と本年最円高となり、先週末(9月20日NY終値)は1ドル=143.82円と「やや」円安となったため、この間に2.0%円安となっている。

 円の2024年末の対ドル相場は、FRBはあと0.5%利下げするはずで日銀も「本当に」に0.50%まで利上げするなら、1ドル=130円前後の水準となっているはずである。根雪のように積み上がった広義の円キャリートレード残高(売り遅れたドル、買い過ぎたドル)の解消が続くからである。

 またこの間に円が上昇している通貨は、上昇順にトルコリラ(11.2%)、メキシコペソ(10.8%)、ブラジルレアル(10.2%)、台湾ドル(2.1%)、ノルウェー・クローネ(1.0%)、韓国ウォン(0.8%)だけである。

 ここで前回に書かなかった日銀の追加利上げの「問題点」を最後に指摘しておく。FRBが利下げを急ぐ最大理由は、保有債券の平均利回りと調達金利の逆ザヤによる巨額損失を回避するためであるが、ここから日銀が利上げすると「同じ問題」が発生する。

 日銀が2024年3月末現在で保有する国債残高(短期国債を除く)は585兆円であるが、その平均利回りは0.29%である。日銀は当分の間、保有国債の償還分に相当する国債を買入れるため、この平均利回りは多少上昇する。それでも政策金利が0.50%となると日銀の調達金利である当座預金への金利が「即座」に0.50%になるため、日銀にも逆ザヤが発生する。

 調達金利が0.50%程度なら逆ザヤも巨額ではなく、ETFの受取配当で十分にカバーできるが、これまで評論家も含めて誰も指摘していないので、ここに問題提起しておく。