材木はどこから持ってきたの?②
いらっしゃいませ!
我が家に代々伝わってきた江戸時代の普請帳の中身を、令和の事務員がエクセルで紐解く話。第6話目(全15話)です。■初めから読む
引き続き、江戸時代の材木の調達先について調べていきたいと思います。
今回は「凡(ぼん)」です。
普請帳には、こう書かれていた!
一 松木六拾本 代六拾四匁 為重山
庄原市東城町の為重地区のことではないかと思います。
福寿草が咲く、とても美しい地域です。
一 松壱本 無代 田淵屋
松の木1本をドーンと無代(無料)であげるなんて、きっとお金持ちの商人ではなかろうかと推察(という名の妄想)。
田淵屋(田渕屋)さんは、福山市の鞆の浦(とものうら)で油問屋を営まれていました。
鞆の浦は、織田信長に追われた武将たちが、「いつかお礼参りしてやる!」と密かに集結していたのではないかという説があります。
もしかしたら、そういったご縁が続いていたのかもしれませんね。(前記事「はじめに」をご参照ください)
「お礼参り」をありがとうを言いに行くことだと思っている方は、こちらへ(外部リンクに飛びます)。
お礼参り (おれいまいり)とは【ピクシブ百科事典】 (pixiv.net)
一 同弐本 同断 竹そへ 首切山
「同弐本 同断」=松の木2本・無料(先ほどの田淵屋さんと同じの意味)
このホラーな地名は、昔は各地にあったそう。意味は、やっぱりそういうことなんだと思われます。
何も、そんなおっかないところから持ってこなくったって…。「無代(無料)」に心が惹かれたんでしょうかね。
一 杉壱本 代九匁五分 升屋
升屋(桝屋)さんは、鞆の浦で廻船問屋を営まれていました。
ちなみに、先述の田淵屋(田渕屋)さんとは、歩いて11分のご近所さんです。
一 松木四本 無代 中間山
どこかは不明です。
無代(無料)なので、どこかから適当に拾ってきたのかもしれません。
Google先生に聞いても、Chat GPTに聞いても答えは得られませんでした。
残念!!
一 栗の木壱本 代三匁 郡兵へ
出ました。「郡兵へ」さん。
この方のお名前は、今後も頻繁に出てきます。
一 枯樫木 床かまち 代弐匁 大工 庄兵へ
大工の「庄兵へ」さん。
この方も今後頻繁に出てきます。
是非、覚えておいてください。
以上、木材の仕入れでした。
次回は、江戸時代の工事の内容です。