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編み物をたしなむ
この春から編み物を始めた。
ネットで調べて近所の編み物教室に通い始めたのだ。
かねてより市販のネックウォーマーに気に入る色がなかった。
数年前に編み物自慢の知り合いに好きな毛糸を渡して編んでもらった。
アラン模様の手の込んだ品だったが、あいにく好みではなかった。
私が望んだのはシンプルなネックウォーマーだった。
自分で編むしかないと思うこと数年。
知り合いのお手製も古びて来たので、やっと重い腰を上げたのだった。
近所の編み物教室ではまず、かぎ針で角型のアクリルたわしを編んだ。
そして次から好みの毛糸とかぎ針を用意して、マフラーに着手。
まずは単純に平らに編むだけのマフラーである。
続いて待望のネックウォーマーにとりかかる。
マフラー。ネックウォーマー。毛糸の帽子。
毛糸の季節が過ぎればレース編みである。
花瓶敷、花瓶敷、花瓶敷……何枚編むのだ?
復習のため……
というか最初の見苦しい編み目に満足できず、違う色合いの糸でまた編んでしまうのだ。
作品は増えるばかりである。
習い始めてまだ半年もたたないのに。
いずれも私の体型に合わせたサイズである
(帽子など頭の大きい私サイズだから他の女性にはブカブカだろう)。
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人形は私サイズでも黙って着てくれる
他人に贈るのは気が進まない。
作品が未熟過ぎる、マイサイズである点をクリアしても、今一歩ためらうのである。
亡き母は組み紐が趣味だった。
私や妹や義姉など一族の女たちに、組み紐で編んだ小物を送って寄越した。
タオル掛け。ループタイ。マスコット人形。その他いろいろ……。
いずれも私の趣味とはかけ離れた品物だった。
ループタイをどうやって使えと?
(妹や義姉には配偶者がいたが、男どもが使った形跡はない)
宅配便で送られて来る〝有難迷惑〟は箪笥の肥やしになるばかりだった。
引っ越しの度にそれらは処分して来た。
今残っているのはビーズで編んだハンドバッグぐらいである。
さすがに力作に思えたので押し入れに寝かせてある。
しかし結婚式の正装で携えるにふさわしい真珠色のビーズのバッグである。
使う機会はもうなかろう。
この先は葬式ばかりが増えるのだから。
私の作品も「ありがとう」と笑顔で受け取られた後、箪笥の肥やしになるのは目に見えている。
同じ肥やしなら自分の家にするがよかろう。
編み物をしていると頭が空白になる。
無になれるのだ。
テレビを点けっ放しで座布団に座って編んでいると、次第に上半身がリズムをとるように揺れて来る。
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末廣亭会員がもらえるクリアホルダー
寄席の紙切芸人、林家正楽師匠は高座で紙を切っている時、上半身をふらふら動かす。
何故上半身を動かすかというと、
「黙って切っていると暗くなるからです」
というのがお決まりの台詞である。
私も言いたい。
「黙って編んでいると暗くなるのです」
音楽をかけている時など、いつの間にかリズムに合わせて上半身が揺れている。
よくわからないが、その動きも何らかの効能があるのではないか。
脳からアルファ波でも出ているのかも知れない。
作品の肥やし化以外にも眼精疲労に肩凝りという欠点はある。
けれど今のところ、この趣味に飽きることはない。