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【猫や猫⑧】病経て面変わりせし猫や猫

手術を終えた猫めは7月1日に退院する予定だった。
けれど患部の血が止まらないとのことでもう一泊することになった。
都合二晩私は一人で過した。
猫を拾った年に去勢手術をして以来、これが二度目の静かな夜だった。

そして7月2日(土)猫め退院。
入院中は何も食べなかったというが、家に帰れば問題なくご飯も食べた。
左顎下の骨に出来ていた腫瘍は完全に取り除いたという。
触っても出っ張りはないし、もう痛がらない。
ブラッシングも出来るようになった。

7月9日の再診で切除した患部の「病理組織診断書」が届いたとのことで説明を受けた。

【病理組織学的評価】
扁平上皮癌 squamous cell carcinoma
【コメント】
扁平上皮由来の悪性腫瘍です。
(中略)
猫の口腔内扁平上皮癌は臨床的悪性度の高い腫瘍です。腫瘍拡大に伴い摂食障害を生じるケースも多く、また解剖学的な発生部位から一般に広範囲のマージンを取った完全摘除が困難であるため、術後再発率は高くなる傾向があります。

「悪性」だの「再発」だのあまり芳しいことは書いてない。
獣医の説明は行き届いていた。
ここに記述があるように摂食障害が起きれば、鼻孔からチューブを通して直接栄養補給をするか胃瘻にするしかない。
それでもあまりに苦痛が酷ければ安楽死もあり得るとのことだった。
その時は胃の腑を鷲掴みにされた気分だった。
けれど今すぐではないだろうとかなり楽観していた。

だが思いの外、今すぐだった。
それから三週間もたつ頃である。
突然猫めが首を振り、顎を触っては部屋の中を逃げ回り始めた。
捕まえて抱きかかえる。
顎が外れた?
外観はそう見えた。
また押っ取り刀でパパ動物病院に駆け込む。

左顎の骨は腫瘍ごと削り取った為とても細くなっていた。
咀嚼の度に負荷がかかり薄くなっていた骨がパキッと折れたのだ。音は私の演出だが。そう聞こえるかのような有様だった。
人間ならば骨が折れればギブスを嵌めたりボルトで繋いだり、何らかの手段があるだろう。
けれど猫の小さな顎の骨には何の手立てもないとのことだった。

オンシオール6mg猫用
一日一回 朝昼夜 一錠
運動器疾患に伴う炎症や痛みを緩和する薬です。
※食前後30分を避けて呑ませてあげてください。

鎮痛剤をもらっただけだった。
猫めはなかなか錠剤を飲み込まない。
飲んだふりしてペッと吐き出す技まで持っていた。
料理に使っている20㎝ほどのミニすりこ木がある。私はこれで錠剤を潰して、粉にしてから水に溶かした。
そして猫めを抱え込んで口の端から小さなシリンジを差し込み飲ませるのだった。

猫めは最初のうちこそ嫌がっていたが、それを飲むと痛みが軽減すると学んだらしい。次第にあまり抵抗せずに飲むようになった。
私はすりこ木で錠剤を潰しながら、とうとう看病地獄が始まったと思っていた。
実はこの時はまだほんの前哨戦に過ぎなかったのだけれど。

薬を粉にするなら料理道具など使わずとも、メディカル方面に錠剤クラッシャーという便利な道具があることは知っていた。
だがそんな物を買ってしまえば猫めは本格的に病人みたいではないか。
謎の抵抗感で私は毎日錠剤を摺り潰しては水に溶いていた。

【老猫の背中の節を数えてる】

猫めの顎がずれて行く。
きちんと口が閉じないから常に涎を垂らすようになる。
濡れティッシュや雑巾でそれを拭いて回る。
嫌がるけれど、いちいち猫めの口元も拭く。
やがて涎に血が混じるようになる。
床に米粒のかけらのような小さな白い物が落ちている。
拾って後で獣医に訊いてみたら猫の歯だった。牙と牙の間に小さな棘のように並んでいる歯である。

折れた下顎の骨が食事で咀嚼をするたびに、横にずれて行くらしい。
上顎と下顎が嚙み合わなくなる。
もっとも鋭い上の牙が下の歯茎を刺しては血が出る。
咀嚼の度に何度も刺す。
下顎の位置がずれれば、刺す位置もどんどん変わって行く。
やがて小さな歯を刺して刺して押し潰して抜け落ちる。
今にして思えばそういう流れだったのだろう。
当時の私はただ胸蓋がれる思いで雑巾やウェットティシュを持ってはあちこち拭き回るばかりだった。

食事内容も変わって来た。
もうカリカリなど食べられない。
缶詰やパウチのウェットフードを買った。
やがて固形物が入っていないスープやペーストを舐めるだけになる。
スーパーやペットショップやネットでも猫めが好きそうな味の物をあれこれ買い漁った。

ここで声を大にして言いたい!
チャオチュールは偉大である!
手に付くと当分匂いが取れないほどに香料はきついがそれがどうした。
病猫が食べる。口がひん曲がって涎や血を垂らしまくる猫が舐めるのだ。
あの細長い袋を見せるだけで、よたよたした足取りで近づいて来るのだ。
チャオチュール!
特にハイカロリータイプのエナジーちゅーる!
ありがとう、ありがとう、ありがとう。


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