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09:59のバス

今朝たまたま乗ったのは9時59分のバスだった。
駅に向かうバスである。
びっくりした。

次々に乗って来るのが老女ばかりなのである。
杖をついた老女。買い物カートに縋って歩く老女。

バスの後方の座席は二段ほど上がった場所にある。
自然、前半分の平地(?)の座席が老女たちで埋まっていく。

私は段を上がった後方座席で見ていたのだけれど、何と言うか……
……壮観だった。

寒く晴れた朝だったから、厚手のコートやダウンジャケットを着てマフラー完備で帽子を被った白髪の老女たちが椅子に座っているのだ。
買い物カートや杖をお供にして。

9時59分のバス。
おそらく彼女らは10時開店の駅ビルのショッピングモールに行くのだろう。
一日の食材を買い揃える為に出動したのだろう。

何もそこまで卑屈にならなくとも
……という都心のバス

午前中の早い時間帯、駅ビルショッピングモールは老人、杖や車椅子利用の客が多い。
それは気がついていた。

けれどそれらの客がどうやって駅ビルに辿り着くか、今朝初めて知ったのだ。

おそらくこの時間のバスの運転手には当り前の風景なのだろう。

通勤時間帯の雑な運転ではない。
高齢客がしっかり着席するまで発車しないで待っている。
ブレーキもゆっくり丁寧にかけている気がする。

私は単に駅前にある編み物教室に行く目的だった。
ふだんは自転車で行くのだが、今日は気分を変えてバスに乗ってみただけである。

こんなヒマ人の私でさえ驚いたのだ。

日常的に通勤時間帯のバスを利用している働き盛りの人々は、きっと全く知らないだろう。

9時59分のバスがこんな具合であることを。

それともみんな知っているのだろうか?

この角度からバスを見るのも珍しい
横のレーシングカー?も珍しいが

でも私は何となく思ってしまったのだ。

働き盛りの人々には見えないものがある……って。

そういう人々がきまり(法律だの法令だの)を作っている。
福祉だの育児だの老人介護だの……見えないままに、いろんなきまりを作っている。

話は変わるけど。
以前、私が住んでいた街はJR駅の改札口が二階にあり、そこから白亜のタイルが敷かれたキラキラのコンコースが続いていた。

まあ!
何てステキな駅かしら!?
引っ越した当初はそう思っていた。

けれどその後、貧血を患うに及んでその思いは逆転した。
階段の上り下りにも青息吐息になる貧血状態だったのだ。

なのに、そのコンコースから一階ロータリーに降りるには階段しかなかった。
何か所も降り口はあったが、全て階段だった。

いや、正確に言えばエレベーターはあったはずである。
駅改札付近のとても分かりにくい場所に。
貧血で苦しい私はエレベーターを探してあちこち歩く気力もなかった。

うんと遠回りすれば車椅子やベビーカーが辛うじて降りられる緩めの階段(それでも階段だよ!)があることは知っていた。
苦しい息の下、そんな遠回りした揚句に階段なんぞ使ってたまるか!!

貧すれば鈍する。
階段を使わないために私は、家からどの道を通ってどのデパートに入ってどのエスカレーターまたはエレベーターを使って駅に行けばいいのか、散々考えた。
遠回りではあるけれど階段を使わないで済む!!
そんな道順まで編み出していた。

冬の温泉に向かうバス

ああ、このステキな白亜のコンコースを造った人達は、自分が年老いた時に初めてここがどんな地獄か知るのだろうなぁ……などと思ったものである。

(ちなみにこの白亜のタイルは真夏は照り返しでも地獄であった。造った人はそれも計算に入れなかったのだろうなあ)

あの白亜の駅でも、老女たちは買い出しに出動していたのだろうなあ。
日々の糧を得るために、そうせざるを得なかったのだろうなあ。

この世で最も逞しいのは年古りた老女たちであろうなあ。
何も見ず頭だけで考えて物事を決めては作っている働き盛りの人々ではないのだなあ。

……などと思うのだった。

どっとはらい。

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