電子書籍には「期待」がない(追記あり)
いつかここで電子書籍について書こうと思っていたら、下記の記事で言葉にしたいことの半分くらいをまとめてくれていた。だから今回はこの内容で。
作者さんを応援するにはリアル書店での購入がおすすめな理由
/その一冊が複数冊をつれてくるhttp://readingmonkey.blog45.fc2.com/blog-entry-779.html
私が言いたかったのは、この記事でマタイ効果として紹介されている箇所で、正確には「売れた1冊が1冊以上をつれてくる」その理由についてだ。
専門性の高い用語なのでビビりながら使うけれど、紙の本には金融で言う「期待」がある。
日銀の黒田総裁が異次元緩和をしていた時期によく目にしていた「人々の期待に働きかける」の期待で、これが紙の本では実にうまく働くのだ。
それは、書店さんが2冊売れたら2冊以上を注文する、というだけではない。
本の発売直後、初速がとても良くて、仮に5万部の増刷をかけたとする。
その時点での実売数が5000部だったとしても、5万部という数字に書店・読者・メディア(個人のブロガーなどを含む)は期待するのだ。
しかも不思議なことに、期待は増刷をした出版社内にも生じる。
少なくとも私が所属するダイヤモンド社では、これまでのデータの蓄積と緻密な計算で増刷部数を決めているが、それでもほとんどの社員は大きな数字の引力に引っ張られていく。
結果、書店で広く展開されメディアは注目し、読者は良書を予想して進んで手に取ることで、実売5000部と印刷5万部の差は急速に縮まっていく。
転職してからの5年間で、そうした期待の効果でベストセラーが生み出されるのを何回も見てきた。担当した『統計学が最強の学問である』も、売れてから在庫を補充するような増刷の方法では、決してたどり着かない部数にまで引き上げてくれた例の1つだ。
大きなヒットを生み出すには、出版社はどこかで期待に賭ける必要がある。たぶん、本をめぐるステイクホルダー間の期待の強さと大きさをいかに正確に見抜くかが、出版社の営業部の本質的な力量になるのだろう。
しかし、その期待が電子書籍にはない。
電子書籍での実売5000部は、5000部以上の引力を生じない。
良くも悪くも不確実性のない、とても温度の低い世界だ。
たとえば、紙の本だけで10万部と、紙と電子で5万部ずつの10万部では、明らかに前者の方が後伸びする可能性が高いというのが今の実感だ(その時点での会計上の利益は、後者の方がはるかに上回っているのに!)。
結論を言うと、電子書籍の比重が大きくなるにつれ、出版社は自らヒットを生み出す手法の1つを手放すことになる。
それを電子書籍の市場でどのようにリカバーしていくか、あるいは紙の本とその市場にある「期待」の力をどう維持していくかが、今後の出版社の課題になるだろう。
もちろん、電子書籍には紙の本にはないビジネス上のメリットも確実にある。それもまたいつかここで整理したい。
(追記)
電子書籍には「金融で言う『期待』がない」と書きましたが、個人的には電子書籍には大いに期待しています。
私が所属するダイヤモンド社も、電子書籍には業界一と言いたいくらい積極的に取り組んでいますので、そちらもぜひご利用ください。
「出版社側の視点だけで読者の都合を考えていない記事」という声も拝見しました。これはご指摘の通りで、気軽に自分の考えの整理と同業者向けくらいの気持ちで書いたものでした。これからは今回のように広く読まれる可能性に配慮したいと思います。
なお、私も読者としては紙も電子も買いまくりで、どちらかへのこだわりは特にありません。電子書籍の利用が広がるのは、良い悪いではなく確定した未来ですので、出版社の一員としては粛々と対応するのみというスタンスです。