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椎名林檎と東京事変に魅せられて

 はじめましての自己紹介、そして編集者として学びを深めた椎名林檎さんの歌詞に迫ります。異論、反論あると思いますが、どうかご寛大な目で……。

■本を読まなくたって雑誌とマンガと歌がある

 はじめまして。

 これまでの業務は自動車雑誌『ベストカー』の編集者でしたが、現在はマーケティング、Web媒体を軸に活動中(とはいえ紙媒体もまだまだ仕事あり)。

 そんな私ですが、文字を生業("なりわい"って響きのよさよ……)にしていることもあり、表現にはすごく敏感かつ刺激を受けています。

 ですが、ですが。ぶっちゃければ文芸とか大嫌いだし、小説も、大学までの課題でしか読まないレベル(大学は英文科だったので国文学なんて尚更イミフです)。人生の文学的バックグラウンドは雑誌とマンガという不届きもの。

 そんな読書論はちょっと置いておくとして、初回は「椎名林檎と東京事変に魅せられて」をテーマにサクサクっと。まあ、読んだままのハナシで恐縮ですが私は言葉遊びが好き。

 あれは学部3年生の頃。当時クラスいちの元気印、Mちゃんが聴いていた東京事変。もうバンド名からして遊びすぎているけど、私はメンバーのひとりであった椎名林檎の代表曲である『丸の内サディスティック』が刺さった。

■池袋までの道すがら主人公はなにを思うのか

「報酬は入社後並行線で」から始まる同曲の歌詞。タイトルの「丸の内」は東京メトロ丸ノ内線を指す。この丸ノ内線は東京の超中心部をぐるっと環状に回る都会の大動脈。なんせ東京メトロの旧社名は「帝都高速度交通営団」。帝都ですよ、帝都。超特別な路線だ。

 そんな丸ノ内線は国政の中心地である霞が関も擁し、まさに都心で働くホワイトワーカーの代名詞でもあり、永年勤続で出世を確約された人種たちの比喩でもあると思うのです。けどもですよ、いきなりイメージと真逆の「報酬は入社後並行線で」から始まる。

 椎名林檎は福岡から上京し、いまやトップクラスのアーティストになった(好き嫌いはあるだろうが東京五輪の音楽演出を担うアーティストだ→2021年8月追記:あの開会式は絶望的になった)。しかし上京当時はきっとトボトボと晴れることのない不安を持ち、そして冷徹な大都会東京に飲み込まれる心理をこの歌に反映していると思う。

「ベンジー」や「リッケン620」などの解説はネット上にゴロゴロあるので譲りたい。私が個人的に注目しているのは地名。

・お茶の水
・銀座
・後楽園
・池袋

 同曲にはこの4駅が登場する。上の順番は曲内での登場順。でもですよ、東京都民からすればこの並びに違和感を覚える方もいるはず。

【実際の駅順】(カッコ)は曲内に登場しない駅
銀座→(東京)→(大手町)→(淡路町)→お茶の水→(本郷三丁目)→後楽園→(茗荷谷)→(新大塚)→池袋

 つまり主人公はお茶の水でギター(リッケンバッカー620)を見て、歌の終盤では池袋に向かっているのに「最近は銀座で警官ごっこ」を挟んでいる。東京や大手町というビジネス街はスルーして銀座に「戻る」形を取っている。

 もちろん「警官ごっこ」がなにかは分からない。けども「国境は超えても盛者必衰」が続いていることが奥深い。この国境は椎名自身の「福岡」から「東京」への国境線なのか、世界都市東京の一面なのか。

 とはいえこの歌のリリースは1999年2月。ザックリ1年前からの創作としても'98年には現在のようなインバウンド事業も定着しているわけもなし。長野五輪で「ふ、ふなきぃぃぃぃ~」に日本中が歓喜していた頃だもの(別に悪いとか言っているのではなく、念のため)。

 そう考えると主人公は東京へ「国境」を越えて越境してきて、もうそれは長渕剛よろしく「花の都 大東京」への憧れを大きく持っていたはず。しかしバブルも崩壊し地価もだだ下がりの東京、しかも財界人が夜更けまで妖艶なママたちと夜を過ごした銀座。

 まさに盛者必衰(まあ実際は当時の銀座にもお金は流れていたけれど)。そしてその当時に銀座で「警官ごっこ」といえば政治家などの汚職事件とか、まあいろいろとありましたから。そのアンチテーゼなのかと。

■後楽園で税理士、そして池袋へと続く導線

 そんな銀座を見た主人公は一路池袋を目指す。途中の後楽園駅でこの歌詞が出てくる。

「領収書を書いて頂戴 税理士なんて就いていない後楽園」

 いやー、これですよ。税理士が必要、しかも領収書で経費精算をできる人たちが後楽園にはいる。となるとですね、後楽園にあるものは東京ドーム。安直に行くと野球選手になるかなと思います。

 しかし椎名林檎の洞察力はそんなに単純でない、と思うのであれば後楽園、さらに言えば文京区という街の空気感かと思います。

 手前の本郷三丁目駅から文京区なわけですが、文京区は最高学府東京大学がある街としても有名です。文「教」の街なんて呼び声も高く、お茶の水女子大学、中央大学、東洋大学などの大学が集う街。

 そんななかで後楽園といえば江戸時代から続く小石川、春日町、小日向など高級住宅街の最寄でもあり(厳密に言えば小日向は茗荷谷駅か)、世帯収入も高い区になる。

 もちろんサラリーマンだけでなく実業家や文化人が多く住む街で、前述の「リッケン620」も経費で買えちゃうような家庭が多いだろう。実際に調度品だって経費でどうにでもなるわけで、「19万円のリッケン620」なんてお抱えの税理士に言えば簡単に処理できるはず。

 自分の置かれた立場とのギャップを後楽園という高級住宅街(ちなみに東京で一番治安のいい街としても知られる)と重ね、不甲斐なさ、不遇などを皮肉っている部分だ。

 そして主人公にとって最も価値観の合う街、池袋に繋がる。

■ちょっぴりアングラな池袋に自分を重ねた歌詞

「青 噛んで 熟って頂戴 終電で帰るってば 池袋」

 池袋の描写はこれだけだ。「青 噛んで 熟って頂戴」は「青姦でいって頂戴」の言葉遊びだろう。だから「ステイ」はせず終電で帰る。

 東京で青姦なんて。そんな街があるわけない、と思う方も多いかもしれない。しかし都民だったら「いや、池袋だったらね……」という「もしかしたら」という一抹の望みがある場所(豊島区民の皆さん、怒らないでほしいです、はい)。

 言葉悪く言えばだんだんと「堕ちる」感覚を覚える(僕は池袋大好きですからね!!)。御茶ノ水で楽器を選び、銀座で諸行無常を味わい、後楽園でみじめになり、池袋で着地する自分。

 主人公が椎名林檎自身なのかは定かではない。けれど丸ノ内線を使ったリリックは非常に自分の立場との対比が面白く、成り上りたい自分、音楽一本で上京してきた主人公の葛藤など、心理描写がすごく面白い。

 そして丸ノ内線は銀座から先にずっと行けば歌舞伎町に近い新宿三丁目駅に繋がるし、池袋と新宿はJRでも目と鼻の先。『歌舞伎町の女王』もありましたからね、林檎嬢には。いろいろ深堀りできるわけですよ。

 僕は椎名林檎はもちろん音楽性についても凄いと思う。けどその魅力はこの類まれなる日本語センスかなと。日本語でないと理解できないもの。

 ねっ、本だけが言葉の勉強の教科書ではないでしょ?

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