『偽者論』の装幀の話を聞いてほしい。
書籍『偽者論』(尾久守侑 著)が発売して早1ヶ月。ビッカビカな表紙カバーが話題な本作ですが、他にも装幀のこだわりポイントがたくさんあるのです。
担当編集としては、どうしてもそれを伝えたい・・・!
伝えないと・・・伝わらない!!(使命感)
というわけで聞いていってはくれませんか。
ではスライドショー形式でどうぞ。
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『偽者論』のブックデザインを担当していただいたのは、吉岡秀典さん(セプテンバーカウボーイ)。数回の打ち合わせを重ね、提案いただいたプランがこちら。
なんかわからんけどすごい(初見の反応)
紆余曲折あったものの、最終的にほぼこのプランどおりになる。
子ども心をくすぐるキラキラの表紙カバーは、その名も「TAMAMUSHI FILM」(タマムシフィルム)という特殊なフィルム加工によるもの。本作の舞台・新宿のネオンを彷彿とさせる。
"K-POP"も構成イメージのひとつ。
見る角度や露光によって色が様々に変化する。まさに玉虫。
なんでもTAMAMUSHI FILMは、書籍のカバーに使用されるのは本作が初めてなんだとか。
「偽者論」のロゴ周りはエンボスになっていて、カバーの裏からの空押し加工。ロゴは吉岡さんのオリジナル。
こちらはフィルム加工前のカバー。印刷は好発色の蛍光インキ(TOKA)2色+あずき色インキ(TOYO)というぜいたく仕様。にもかからず、フィルムを貼ると色が斜め上に変わっていく・・・。もうどういうこっちゃ。
外殻をつぎつぎに変貌していく偽者。
帯はグレーの上質紙に「白・黒・蛍光レッド」の3色を使用。ビビッドな赤が映える。
黒も通常のスミでなく、リッチな黒インキを使用。その名も女神スーパーブラック。中学生が考えたんか? 高濃度な味わいに定評がある黒インキ。女神スーパーブラック。
カバーをとると、シンプルな表紙が現れる。黒色の上質紙にメタリックなシルバー。インキはLR輝(かがやき)。インキ業界のネーミングどうなってる?
製本はハードカバー(上製本)。ホローバックと呼ばれる本文の背と表紙の背を接着させないつくりなので、開きやすい。黒い空洞ができるのも「偽者」らしい。スピンや花布はあえてつけず、カバーと一変して無装飾な見た目。
本書の一番の推しが表紙の板紙。通常、ハードカバーの表紙はチップボールと呼ばれる積層紙を芯材として使用するが、本作では芯材にダンボールを採用。そのためよーく見るとダンボールの波打つ素材感が見てとれる。触るともっとわかりやすい。すごくやわらかい。ダンボールそのもの。当たり前だが。
カッターで切るとダンボールがそのまま出てくるわけだが、かわいそうなのでやめてね。
それから通常の上製本と比べて、とても軽い。読んでいても疲れない。ぜひ他のハードカバーの本と持ち比べてみてほしい。
既製品には、ダンボールの芯紙などという板紙は存在しないため、この表紙は『偽者論』だけの特注品で、ひとつひとつ手作業でつくられている。
ハードカバーという牢固なつくりと裏腹に、弱いダンボールの素材感は、偽者性のモチーフであり「本当の色は隠しながら、キラキラと擬態とする外装に身を包んでいる"真っ暗な虚無"と、スカスカで空虚な自己」という世界観を表している。
表紙を開いた見返しには、ハートがたくさん。このハートの刷り版は、実はシアン(水色)とマゼンタ(ピンク)。黒い紙に乗せるとこんな色になるんだね・・・。
ハートの模様は「ジャラジャラと身にまとうアクセサリー。安心を得るためお気に入りのアイテムを肌身離さず持ち歩く、そんな心性を表現している」(吉岡さん談・意訳)とのこと。
本書を開くと、「偽者クラスタ」の端的な解説を挟んで、突如詩がはじまる。
こちらも表紙と同様、黒の上質紙にLR輝の印刷。メタリック印刷ではインキの付着や汚れを防ぐため、表面にニスを引く加工を施すことが多いのだが、本作はシルバーを強調するため、あえてそのままに。加工が当たり前の現代、あえての無加工。
またニスによる厚みが出ない分、水にぬれた紙が乾いたようなペラペラとした質感が立って、言葉がむなしく空を切っていくようなイメージを与えている。
見開きの大トビラ。イラストは植田たてりさん。新宿の街並みと雲と夏の色彩がとてもきれい。
開いたときに自然になるように実は真ん中の「者」のロゴは、少しずれて作られている。細部へのこだわり。
各章のはじまりにも植田さんのイラストが入る。このトビラ絵「その章の最後の部分」に相当するイメージが描かれている。本作では"ループ"がひとつのテーマ。
もはや装幀の話ではなくなってきたが、続けよう。
本文では"本編"に相当する部分を書籍用紙、"コラム"に相当する部分をコート紙に切り替えて使用している。イラストと写真も対比して、世界線が変わっていく。
実はコラムは本編とは違う種類の黒インキを使用している。
ツルツルとした紙でも馴染む深ーい黒のマットスミ。
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以上、『偽者論』の装幀解説でした。
そして、このスーパーオーダーメイドの装幀を手掛けていただいたのは加藤文明社さん。職人技の仕事に最大限の敬意を。
作品を「細々と言葉にして説明するのは野暮だ」という見方もできますが、でもこだわってつくったものは、やっぱりちゃんと伝えたほうがいい、そんなことを尾久先生や吉岡さんと話して、こんな記事を書いてみました。
内容はもちろんのこと、ぜひ五感を使って『偽者論』を味わってください。まあ食べれはしないけれども。