映画『黙ってピアノを弾いてくれ』

チリー・ゴンザレスのドキュメンタリー映画、
Shut Up and Play the Piano『黙ってピアノを弾いてくれ』
を観てきました。ちょっとネタバレがあるかもしれません。

初めてチリー・ゴンザレスの名前を知ったのはダフト・パンクのピアノカバーです。夜、ひとり、静かな部屋で、思いついたように弾き始めたような軽やかさ。ふつうのカバーでもピアノ曲っぽくもない、これは何…?そこから芋づる式にSolo Pianoシリーズを聴きました。

これまでピアニスト映画といえば『情熱のピアニズム』を観たことがありましたが(こちらも大変鮮烈でした)、今回はインドアで静かなピアニスト映画かな?そんなおとなしい(甘い?)想定は、冒頭の挑発的な独白とともにぐるりとひっくり返され、大音量の刺激にめいっぱい目を見開かされます。

チリー・ゴンザレスはカナダ最大の建設会社社長の息子として生まれ、祖父からピアノの手ほどきを受けたそうです。バンド活動を経てベルリンに渡り、1990年代のアンダーグラウンド音楽シーンに突入。
ときにクラブのカウチでビートに乗り、ときにステージで上裸汗だくになって感情を爆発させるラッパーの姿が映し出され、観ているこちらの違和感と興味はピークに達します。ピアニストとは…?
そういえば、ここまでほとんどピアノを静かに弾くシーンがない。あれわたし、現代美術館にインスタレーションをみにきたんだっけ、それともベルリン実験音楽の伝記映画をみにきたんだっけ?

頭がラップとビート(とチリーの胸毛)で埋め尽くされたとき、あるとき彼はぱたりと「白紙に戻り」、「家族のピアノのような」「100年前の人の心にも100年後の人の心にも響くような」ピアニストになります。
流れ出すOreganoのメロディー。https://open.spotify.com/track/0zw4zzZmfr6X3qF2oDCbTk?si=wxufhNAlTFeS8PtV0JIH0g

といいつつ、これまでやってきた表現を捨てるわけじゃない。ウィーン放送交響楽団とのコンサートや、その他いわゆるピアノ公演が行われる場所で彼の発する空気は、古風で型にはまった落ち着きとは無縁です。
エネルギーに溢れ、不安定で、傍にMC用マイクを置いて演奏する姿は、「有名音楽学校には受からなさそう」でも、創作の過程で表現を変えて自分を表現していく「本当のアーティスト」。

個人的にはFeistのプロデュースもしていたことを知ってびっくりしました。ダフト・パンクとの共演も…振れ幅が大きすぎて脳の処理能力を超えそうです。

インタビューでは、メディアに出す顔なんてフェイクで十分、「アウトサイダー」もキャラクターに過ぎないよ、と話すちょっと冷めた視線、兄はプロで自分はアーティストなのだという自負、アングラの混乱からたどりついた白紙。

ラップとピアノが混ざり合う85分を体感すれば、静かなピアノがまるきり違って聴こえます。

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