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拙筆📖3:『招かざる評論家』
<招かざる評論家>
他人の記事を批評している暇があるならば、自分自身の記事制作にその時間を当てれば良いのではないでしょうか?私の記事が気に入らないならば、論評などせずに、閲覧しなければいいだけの話である。そもそも私はあなたに感想を求めてはいない。家の前まで来て、感想を主張する意味が分からない。より良い記事を制作できるならば、それをあなた自身が制作すればいいだけの話ではないでしょうか?格下の人間を、相手にしている時間がもったいないですよ?その時間を、ご自身を成長させる時間に充てれば良いのではないでしょうか?
<人生>
人生とは短距離走ではなく、スタートからゴールまで長さが異なる長距離走。経路でさえも、人それぞれだ。その人よりも早く走れるならば、その人の先へ行けばいいだけの話である。待っている必要性はない。何故早く走れと相手を煽るのだろう?自分自身は進むべき道が分からないのだろうか?相手に先に行かせて、その後を進むつもりなのだろうか?それでは相手のゴールには辿り着けても、自分自身のゴールへは到達できない。自分自身で走るべき道を見つけ、自分自身のペースで進んでいくしかない。自分用のコースなど、事前に準備などされてはない。自ら進むべき道を見つけて行かなければならない。進むべき道のりは、先人を参考にすれば、ある程度、予測できるのかもしれない。マイペースで各々、自分に与えられた道のりを進んでいるのだから、ペースが速い人に対して、道を譲るしかない。トラックの後部よく書かれている「法定速度を守ります。お先にどうぞ」という掲示板の通りである。各々マイペースで進み続ければ、遅かれ早かれ、自分自身のゴールに辿り着くだろう。
<清濁>
世間では清濁併せ吞むというけれど、この人は濁的な要素しか持ち合わせていない。全て現実と言って、他者に生き方を強要するのは結構だが、あなたの生き方は相手に必要とされていないことを自覚しているのだろうか?
<情報格差>
世の中には、質問をしても、快く答えてくれる協力的な人ばかりではない。答えを掌握している人が、意地悪な人だった場合、相手に質問しても、快く回答をしてくれる訳ではない。また回答を拒否されても、それが普通だったりもする。調べれば分かるような一般常識を質問する事は、論外である。同じ質問に対して、何度も回答してくれる親切な人ばかりが、世の中に居る訳ではない。知識の格差が、人生の選択肢にも格差が与える。情報次第で、状況が一変するといっても過言ではない。全ての選択肢が、明示されているわけではない。選ぶことができる選択肢は、全て、自分自身にとって、不利益の被るものばかりである。都合の良いように、選択肢の作者に行動させられているのである。所有している情報で、相手を従属させようと画策する利己的な人間が居ることも事実である。
<事実と意見>
事実を梃にして、自分自身の意見を強要してくる。事実だけを述べればよいのに、自分自身の意見をその事実に付与してくる。聞いているのは事実であって、あなたの意見ではない。既成事実への思い入れが強くて、事実と意見を分けることができないのだろう。
<真偽の基準>
語られた情報の真偽はどうやって判断しているのだろうか?まさか高学歴=正しいと思ってはいないでしょうね?記憶されている事実自体は正しいのかもしれないないけれど、その人の考え方までは正しいとは言い切れない。先生だからと言って、必ずしもあなたにとっての味方とは限りませんよ。