人のこころなどわかるはずがない
あなたと共にうたいたい。
元高校教師(国語)の
たこせん枝瀬です🐙
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教育は
自分が変わらないと
他人を変えることなんてできない。
=「主体変容」
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【たこせん枝瀬の発信の足】
【河合隼雄『で』語ります!!】
共通点は『高校教師』
自分が、
いつ河合隼雄を知ったのか?
という記憶は曖昧だけど、
傾倒していった
きっかけは、はっきり覚えている。
河合隼雄が
元高校教師だった
という事実を知ってからだ。
『人のこころがわかる』という傲慢
具体的には
2011年~2012年くらいだろうか。
私が高校教師になって
3~4年目くらい。
年齢でいうと
31~32歳ころだ。
その頃の私は
高校教師を務める傍ら、
ある勉強会に参加していた。
その勉強会の主催者は
元中学の体育教師で、
陸上部の指導者として
7年間で13回の日本一を輩出し
当時はマスコミにも
よく取り上げられていて、
その話しぶり、
教育理念に惚れこんで
勉強会に飛び込むことにした。
いずれ、
詳細を書くことになるだろうが、
その勉強会は本当に自分の青春だった。
東京浅草のホテルにて、
勉強会が始まるのが19時で、
終わるのが、翌3時頃(苦笑)
当然、
終電がなく帰れないので、
飲み屋で
その先生を囲みながら
教育談義を熱く語り、
夜明けとともに
部活に赴き、
生徒と一緒に走って笑って、
練習後は相撲をして遊ぶ、
なんてことをしていた。
ドーパミンがドバドバ出て
疲れるという感覚が全くなく、
本当に毎日が充実していた。
その勉強会では
いろいろな教育に関する
学びがあったのだけど、
ハマったのが
エゴグラム
という心理テスト。
詳細は以前記事に書いたことがあるので、
興味がある方は、そちらを参照してください。
私は、
このエゴグラムで
生徒たちの性格や傾向を
ズバリ的中させることに
喜びを見出していた。
エゴグラムを学んでいくと、
目の前の生徒たちの一長一短を
深く理解できる気がして、
もっともっと
子どもたちのことを深く知りたいと思い、
1学年240人のうちの半数弱、
およそ100人!とノルマを決め、
マンツーマンで面談することに
チャレンジしたりもした。
実際、生徒たちと面談していると
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なんで
枝瀬先生はそんなに
私の気持ちがわかるんですか?
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と喜ばれた。
人のこころは不思議なもので、
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この人は
わたしの気持ちをわかってくれる
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と思ってもらえると、
より一層こころを開いてくれる。
それが純粋に嬉しくて、
だけど、次第に、
他の先生が知り得ないような
こころの内や家族のこと、
踏み込んだ悩みや不安を
自分だけに打ち明けてくれるのが
快感になり、
やがて万能感につながっていった。
『わかっている』んじゃなくて『決めつけている』だけ
ある女子生徒がいた。
自分は、
その子のエゴグラムの傾向と
普段の様子を観察していて、
このままでは絶対に
成績が落ちていき、
やがて人間関係でもこじれていくだろう
と確信し、
母親と本人が立ち会う
三者面談で、
多くの資料と学説を
用意した上で
このままではいけない!!!
という猛烈な説得を試みたことがある。
今、思えば
穴があったら入りたいくらい
馬鹿野郎な我が振る舞いに
ただただ呆れるばかりだけど、
当時は真剣そのものだった。
100人近くと面談をし
エゴグラムで照合確認もしてきたから
(自分の考えは)
間違いない!!!!!
と確信していたのだ。
幸い、
その女子生徒は
表立った反抗を示すことはなく、
卒業して数年後、
同窓会を開いてお酒を飲んだ時に、
はじめて
と打ち明けてくれて、
そのとき、自分は心底驚いたものだ。
だって
自分は
とそのときその瞬間まで
自分の振る舞いの正しさを信じ込んでいたから。
考えてみれば、
お前はこういうヤツだよな
そういう風に
他人から決めつけられることが
大嫌いのハズなのに、
自分は生徒に対して
お前はこういうヤツなんだから、
〇〇しろ
なんて指示していたのだから、
勘違いも甚だしく、
若気の至りとしかいいようがなく、
大きくその女子生徒を傷つけずに済んだのは、
その生徒自身が強かったからであって、
自分は反面教師でしかなかった。
このくらいのレベルが
noteの記事に書ける失敗談である。
むしろ
noteに書けない失敗の方が
多いことは言うまでもない(苦笑)。
正しいと思い込んでいる
自分の振る舞いに
薄々、
違和感を覚えはじめていたころ、
たとえば、
こんな河合隼雄の言葉に出会うのだ。
そうそう!
そうなんだよ!!
と安心できたことを覚えている。
(これまた身の程知らずな勘違いだけど)
河合隼雄の著作の中で
一般に最も知られているのは
『こころの処方箋』だろう。
人間関係や、
自分自身のこと、
理不尽な人生の出来事に、
こころが
深く傷つき、
病んだとき、
一服の処方箋になる
言葉の数々が
この本にはちりばめられている。
そんな処方箋の
はじめの言葉が
「人のこころはわかるはずがない」
という
タイトルなのは
非常に示唆的だ。
『わかる』ということの方が
むしろ傲慢で、
『わからなくてもいいんだ』と思えたことが、
どれだけ自分の励みになっただろう。
自分にとって、
この言葉は今も、
一番のこころの処方箋だ。
今日は、ここまで。
最後までお読みいただき
ありがとうございました。
嬉しくてタコ吹いちゃいます(˶˙๏˙˶)♡
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