見出し画像

バスの降車ボタン

 用事が終わった帰りのバスでうっかり居眠りをしてしまった。はっと目が覚めると私が降りるバス停のアナウンスが聞こえてきた。

 降車ボタンを押さなくては、と急いでボタンを押した瞬間、前のほうの座席で3歳ぐらいの男の子が手を伸ばして降車ボタンを押そうとしていたのが見えた。一緒にいたお母さんは赤ちゃんを抱っこしていた。

 うちの子たちもバスで降車ボタンを押したがっていたので、その子の気持ちはとてもよく分かる。

 それなのに、私はボタンを押してしまった。男の子に気が付いたときにはもう間に合わなかったのだ。寝起きで頭がぼーっとしていたから男の子に気が付くのが遅かったのかもしれないし、40代後半で反射神経が衰えているのかもしれない。

 誰かが押しちゃって自分は押せなかった、と男の子はちょっとがっかりしたように見えた。もしかして泣きだしちゃったらどうしよう、と思った。

 離れていたので聞こえなかったが、お母さんが何かを言って男の子は気持ちが切り替わったようだった。ほどなくしてバスはバス停に着いた。バスを降りるときに「ボタン押しちゃってごめんなさい。」と言おうかなと思ったけれど、その言葉は心のなかに留めた。せっかく忘れたボタンのことを私の一言でその子がまた思い出してしまうかもしれないと考えたからだ。男の子のご機嫌が悪くなってしまったらお母さんに申し訳ないと。

 これでよかったのかな。よかったと思えないからnoteに書いているんだろうな。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?