「かなしいバレエまんが」のおそるべき生存戦略
谷ゆき子先生の「バレエ星」が、電子書籍Kindleの月額読み放題サービスで配信されていると知り、動揺を隠せません。連載一回目の扉絵で「かなしいバレエまんが」というジャンル名を自ら名乗る、悲しい、不幸、意外性に満ちた展開メガ盛りなやべえ作品が野に放たれただなんて。じゃなくって、50年ちかく単行本化される機会もなかったあの迷作がこんなに気軽に読めるようになっただなんて。っと、いけない、迷作ではなくて名作。名作です。
「バレエ星」は子どものころ誰もが一度はふれたことがあるのではという学年誌「小学一年生」で1969年から始まり、1971年の「小学三年生」まで連載されていた長編まんがで、かすみちゃんはバレリーナのお母さんから、彼女が考えた「バレエ星」という作品を踊れる立派なバレリーナになってほしいという夢を託され、けなげに生きようとするのだが。というのが大まかなあらすじ。
どんな感じのお話だったかなと、久しぶりに開いたページには「ダイナマイトに 火が つきました。もう 少しで ほらあなは ばくは されます。」とあります。ダイナマイト。ばくは。パワーワードがいっぱいです。読み返してみれば、おなじバレエ研究所に通う娘さんのいじわるで、山の中に迷い込んでしまったかすみちゃんは、こわい顔の犬に助けられたものの、その犬には牛を50とうもころしたとして、銃を持った大人たちに追われている、というおどろきの素性があって。銃声のとどろく中、命からがら、かすみちゃんと犬が一緒にほらあなに入ったところを、まさかそんな凶悪な犬と女子が一緒だとは夢にも思わない大人たちがトドメをさすためのダイナマイトを仕掛けてしまった!どうしよう。という流れでの、その号のラスト直前のページでした。
お友だちのいじわるは、かなしいものですが、山狩りに巻き込まれてしまうのは、かなしい以上に心が揺さぶられるものがあります。ちなみにこわい顔の犬はブルドック。もしかしたら飼い犬だったのが捨てられて野犬化してしまったのかなと、犬のかなしみや当時のかなしい社会情勢にも思いを馳せてしまいます。あと、このエピソード、バレエが関係ないにもほどがある。
舞台当日に不幸な偶然が重なり、他の娘に役を取られちゃう!といったバレエにまつわるピンチも時にはあるものの、この連載は毎回、あらゆる方角からのピンチに襲われ、えっかすみちゃんどうなっちゃうの?まじで心配…という終わりかたで。小学校低学年の、忙しくてうつり気な読者を飽きさせない、連載を続けるための生存戦略の数々に、感動すらおぼえてしまうのでした。
それから、ここまで奇想天外な部分にばかりふれていましたが、この作品、絵がとても美しい、というのも忘れてはならないところです。その絵でこの物語、というギャップが、なんともアヴァンギャルドで。その美しい絵で繰り出される、あまり経済的に余裕のない環境にいるはずのかすみちゃんの、いつもおしゃれな着こなしからも目が離せません。
当時リアルタイムでこの美しくも波瀾万丈な世界観をくぐり抜け続けたかたがたは、そんじょそこらの不幸では動じないようなひとに、または、枠組みにとらわれない自由な発想のひとに、いずれにしても、豊かな心持ちのひとになっていそうで。かなり羨ましい気持ちになってしまうのでした。