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前十字靭帯再建手術からの復活物語006 -入院編01-

「じゃあ、私いくからね」

心なしか不安そうな表情を浮かべるマサくんとハイタッチした。手術に対する不安、術後の痛みに対する不安、その後の長いリハビリ生活に対する不安。様々な思いが交錯していることは容易に想像できた。

新型コロナウイルス対応により、どの病院も面会禁止の措置がとられていることと思うが、マサくんがお世話になる病院も例外ではない。入院日と手術日そして退院日のみ付き添いが許可されており、入院日である今日のスケジュールが全て終わったいま、私は退出を促されたのである。

入院前夜

青い空に白い雲が浮かび、やわらかい風が心地よい日曜の午後、私たちは神社の境内を歩いていた。手術の成功を祈願したのち、美しい新緑の木々の中を歩いていると、自然とココロが落ち着き、前向きな気持ちになれた。2人でまた雪の上でハイタッチしようね。と。

「今日はマサくんの激励の意味を込めて、ケーキ頼んであるの!」

甘いものを食べないマサくん。明らかに自分のためのケーキだったのだが、それがわかっていても、ありがとう。と言ってくれるマサくんは本当にいいやつだ。お気に入りのケーキ屋さんのドアを開けると、いつも通りの優しい笑顔で迎え入れてくれた。ショーケースに目を移すと、大好きなタルトが並んでいる。思わず、これも2個追加でお願いします。と頼んでしまった。ケーキの箱が3つになり、両手に抱える姿をみてマサくんは呆れた表情を浮かべた。

その日の食卓はマサくんの大好きなものばかりが並んだ。父の発案で壮行会を開くことになり、母が腕をふるってくれた。

「病院のご飯って美味しいといいなぁ」

長い入院生活のスタートを実感する一言だった。

入院生活開始

晴れて気持ちが良い朝。9:00に病院に到着するように家を出発する。この時間帯は通勤時間に重なるようで道が混雑していた。いつも滑りに行くときと同じ道をマサくんの運転でクルマは進む。やっと手術できるという気持ちと不安が入り交じり不思議な感覚になりながらクルマに揺られていた。

「今日もよく寝てたね(笑)」

そこは病院近くのコンビニだった。どうやら助手席で爆睡していたらしい。しばらく会えなくなるから色んな事を話しながらドライブしようと思っていたのに。そう思って凹んでいる私に、マサくんは全く気にしていない様子で、いつも通りだよ。と笑っていた。

病院に到着し、指示された場所に行くと、あれよあれよと入院手続きは進んでいった。3階の病室に案内され、病棟の看護師さんから様々な説明がはじまった。今日のスケジュール、手術時間のこと、入院生活のこと。そして足の毛を剃るための電動剃刀を渡され、血栓に関する動画視聴のためのタブレットが手渡された。


多忙な手術前日

「麻酔科の診察までこちらで準備してお待ちくださいね」

全身麻酔の手術となるため、家族同席で麻酔科の診察がある。呼ばれるまでに、今日から1か月過ごすことになるであろうスペース作りに取り掛かった。着替えやタオル、その他生活用品をクローゼットにしまったり、必要なところに設置したり。大部屋だが、想像していたよりもスペースがあり、快適そうな空間に安心した。

麻酔科の診察に呼ばれた。全身麻酔となると様々なコントロールが必要なようで、この2週間は市販薬をはじめとした薬の服用はできず、プロテインやアミノ酸やサプリメントも中止させられていた。機能性表示食品も口にしていない。世の中には機能性表示食品があふれているということに気づかされた2週間だった。以前のACL再建手術の時の全身麻酔で、目が冷めたときに吐き気がひどく、食事もとれなかったことを伝えると、体質によって今回もそういう可能性はあるとのこと。その場合にはしっかりと対処しますよ。といわれても不安はぬぐい切れない様子のマサくんだった。

病室に戻り、次なるミッションに取り掛かる。足の毛を剃るのだ。太ももから足首までかなり広範囲、前も後ろもすべて。もじゃもじゃなマサくんの足を、ジョリジョリと音を立てて電動カミソリが進んでゆく。ファサファサと毛を落としながら。その様は本当に気持ちがよくて、ケラケラと笑いが止まらなかった。後ろがうまく剃れないというので私が剃ることに。なんだかマサくんの毛は力強い…剃刀にも負けない強さを感じる…角度を変えながら何度も剃刀をあてるわたし。やっとツルツルになった。

「もはやこれは自分の足に見えない」

笑いが止まらない。ぎゃあぎゃあ騒いでいると、看護師さんによる剃り具合チェックがはいった。一発合格である。その後、血栓の動画を見たり、持ち物の整理をしたり、なんだかんだと慌ただしく時間は過ぎていった。

本日のミッションをすべてクリアすると、家族は退出しなければならない。そろそろ行かないと怒られる。という雰囲気を感じ取りながら、遠くから何やら食べ物の匂いが漂うことに気が付いた。「どんな食事か見てみたい!!!」という好奇心を理由に、食事が運ばれてきたら、退出することに決めた。

「この病院って、お茶もお盆に乗ってくるのかな?それとも自分のカップに注いでもらうスタイルかな。どっちだろう?」

入院生活において、食事の時間が楽しみの1つになることは、2人とも過去の入院経験で体験済み。ということもあり、そんな会話をしていると「マサくんさん、お食事です」といって昼食が運ばれてきた。テーブルにカタンとトレイをおいて、あっという間に去っていってしまった。

「お茶…ない…ね。」

一瞬の間があった次の瞬間、2人の笑い声が重なった。「お茶ないじゃん!食事と一緒に飲み物は提供されないスタイルなんだね(笑)」と。汁物がないことがちょっと不満な様子。お味汁やお吸い物が大好きなマサくんにとっては寂しかったようだ。

さすがに退出しないと怒られそうな雰囲気をひしひしと感じとった私は、病院を後にすることにした。後ろ髪を惹かれながらもマサとハイタッチし、本日宿泊予定のビジネスホテルにクルマを走らせた。明日はついに、いや、ようやく手術当日。

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