見出し画像

前十字靭帯再建手術からの復活物語002 ‐救助活動編‐

「ごめん」

私を見たマサくんの最初のコトバ。

必死に足を動かしてマサくんのところまで登り返した。複雑な沢地形で、なかなかマサくんの姿をとらえることができなかった。状況がわからないまま不安に駆られ涙を流しながら登り返していた私。一方でどこか冷静な私もいた。

「骨折だとすると自力の下山は困難な可能性が高い。ヘリ要請?保険は…入ってる。14:00。ボートを作って自分たちで下山させることができるギリギリの時間だ」

小さな尾根に出ると、マサくんがリーダーや他のメンバーと座っている姿が目に飛び込んできた。座っている。意識はありそう。それだけで膝の力が抜けて一瞬雪の上に座りこんでしまった。

マサくんが私の姿に気が付いたようだった。すぐに立ち上がり足を前に運ぶ。まだ声は届かない。あと数メートル。やっと、声が届く場所までたどり着いた。マサくんのところまで登り切った。30分くらいだったと思う。それでもものすごく長くて不安で怖い時間だった。

救助方針の決定

ごめんと発したマサくんの弱々しい声に「大丈夫?無事?」と声をかけた気がする。私がたどり着いた時、先にたどりついていたリーダーが状況を確認し、今後の方針を考えてくれていた。

「すぐ命に関わることではなさそうだから、自分たちで降ろそうという話になっているんだ。ボートを作るから、あそこの尾根までなんとかみんなでマサくんを連れて行ってあげて。荷物も運んでしまおう」

マサくんはとても歩ける状況ではなかった。雪がザクザクな斜面をトラバースして尾根までたどり着かなければならない。初めにラッセルで雪を固め道を作った。その道にそってマサくんを運んだ。マサくんのザックやスノーボードも一緒に運んで広い尾根に出たところで待機することになった。

風が徐々に冷たくなってきた。マサくんにフリースとダウンを着させて、ウエアの上からツェルトを巻き付けた。私たちは動いているから寒さを感じていなかったけれど、マサくんは動いていないのに加えて、怪我をしたことが影響しているのか、とても寒がっていた。今日ほど、ツェルトを持っていてよかったと思った日はない。

マサくんは、メンバーの皆さんに対して申し訳ないという気持ちだけ、それしか考えられなかったようで、ひたすら「すみません」と繰り返していた。スプロットボードでボートが完成すると、マサくんをボートに固定し、2人が前と後ろで引っ張りながら下ろすことになった。全員が自分のギアを背負いながら、ツボ足でボートを運ぶ。なかなかの重労働だった。私はマサくんのザックを背負い、身体の前に自分のザックを抱え、スノーボードを履いてデラがけしながらボートの前を滑ることになった。

ついに下山開始

その日はお天気に恵まれたこともあり、多くの登山者が山に入っていた。帰り道は多くの登山者の踏み跡で、驚く程ボコボコになっていた。ザクザクの柔らかい雪。普通に滑るだけでも足が疲れるようなコンディションに加えて、そこは痩せ尾根だった。身体の前後にザックを背負ったことで、普段とは全く異なるバランスになっている私の身体。前に背負ったザックで足元は見えなくなっていた。遠くを見ながら、行き先を確認し、足裏の感覚に集中した。絶対に転べない。とにかく安全に。無事に。つぶやきながらやっと避難小屋まで滑り降りた。

ボートを引いている2人はどうだろう?ツボ足でボートを引くのがどれだけ大変か。やはり成人男性1人を運ぶのは容易なことではない。私が想像したよりもずっと時間がかかっていた。ボート運ぶの変わりましょうか?と何度も口に出そうと思ったけれど、私の体力では余計に時間が掛かる。きっと私はすぐにバテてしまう。それがわかっていたから、自分にできることをやるしかない。そう思って、パーティーのメンバーを信じて託した。

避難小屋から先は、少しだけ上り返す地形になっていた。スプリットについているシールの向きも変えなければいけないし、2人ではとてもボートを持ち上げられない。一度マサくんをボートから下ろして、ボートを組み直すことになった。

時刻は15:30。空の色も頬にあたる風も変化してきた。着々とタイムリミットが近づいてくる。誰も口に出さなかったけど正直私はドキドキしていた。暗くなる前に麓まで辿り着けるかな。マサくんの体力は大丈夫だろうか。登山届の下山時刻を大幅に過ぎてしまう。緊急連絡先の両親は心配し始めるのではないか?いろんな思いが頭の中を駆け巡る。

そんな時でもリーダーは全く焦る様子もなく、いつも通りの口調で話をしながらボートを組み立てていた。そんなリーダーを見るだけで、不思議と安心できた。

「ヘッドランプすぐ出せるように準備しておこ」と、自分のヘッドランプとマサくんのヘッドランプをそれぞれのザックの一番上のポケットに用意したその時。

”ドゥルルルルルルルルル”

遠くから微かに何か音が聞こえてきた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?