サンフランシスコでジェリー・ガルシアの"How Sweet It Is"の演奏に酔いしれる=英語をやっててよかったシリーズ(その5)=
サンフランシスコを拠点とするジェリー・ガルシア率いるグレイトフル・デッドのライブ
初めての外国・サンフランシスコでデヴィッド・クロスビーのライブを見た話はすでに書いた。
もうひとつ、ジェリー・ガルシアのライブコンサートに何度か出かけた話も書いておこう。
以下は、当時の日記から。
サンフランシスコのブロードウェイにあるザ・ストーン
昼寝をして、夕方の5時ごろ眼を覚ます。軽くシャワーを浴び、バスで ブロードウェイ(Broadway) へ向かう。マーケット大通り、ストックトン通りを通り、Columbus Ave.とぶつかると、少し行き過ぎのようで、すこし歩いたら、ブロードウェイに出た。すぐ先は海だ。サンフランシスコのブロードウェイは、ノースビーチにある。ノースビーチは、いわずと知れた pornography 発祥の地。特別詳しいわけではないが、カリフォルニアはポルノで有名のところだ。ちょっとした新宿という感じもする。ノースビーチを歩けば、いつものようにお兄さんに呼び止められるが、日本人のお客さんも多いのか、日本語で呼びとめられることもある。それらの呼びかけを無視して、お目当ての ザ・ストーン (The Stone) へ。
ヒッピー好みらしく、だらだら・ぐだぐだのチケット購入
会場に着くと、外でヒッピーまがいの男女がたくさん列をなしている。ジェリー・ガルシア (Jerry Garcia) 率いる グレイトフル・デッド (Grateful Dead) のコンサートを待っている客層として、まさにぴったりの方々だ。「この列はジェリー・ガルシアの券を買う列なのか」と尋ねようと思ったが、英語を話すのが面倒なので、待っている人の話に耳を傾けていると、券を持っている奴も持っていない奴も同じ列と話していたので黙って並んでいた。
しばらく待っていると、前の青年がダッシュで戻ってきた。何やら汚い券らしきものを持っている。横のお兄さんが、「おっ、それどうしたんだ」と聞くと、「前で買ってきた。この列は、券を持っている奴の列。左に券を買う列がある」と言っている。横のお兄さんと一緒に、俺も、前の方に並びに行くことにした。
すると、たしかに前でチケットを売っている。
チケットは1枚7.50ドル。IDが必要で、21歳以上でないとダメということだった。21歳でないとダメというのは、このザ・ストーン (The Stone) では、酒を出し、夜中の2時ごろまでやっているからなのだろう。
私はパスポートを見せて、OK。
券を手に入れて、横のお兄さんと元の列に戻ると、「変なプロセスだね」(”Strange process?”)と言うので、「そうね」と、どうでもいいような返答をした。BASSでチケットを売らせない 。まさに商業主義に毒されていないジェリー・ガルシアのコンサートらしい。グレイトフル・デッドの真骨頂だろう。
隣のヒッピーまがいの子は、自分は21歳になっていないのでどうしようと困っている。横のお兄さんが同情して、代わりに買ってきてやろうと、このお兄さんはかなり親切だった。
いよいよザ・ストーンに入る
夜の7時30分に、ようやく入場。
ザ・ストーンは、やたら暗い。穴倉のようなハコだった。商業主義に毒されていないといえば聞こえはよいが、日本の大学の学園祭のようなアマチュア的な怪しげな雰囲気がある。ステージの前に敷物がしてあり、四角く区切られている場所はテーブルが置かれていないエリア。その四角い敷物の周囲には丸テーブルが置かれている。そのうちの一つに座る。
ショー(gig)を待っている間、小瓶のビールは1本、1.75ドルで、ビールを結局2本。1時間待って、ようやく8時30分に幕が開いた。
偶然だが、前座は、なんとデヴィッド・クロスビーのときと同じ前座だった。下手ではないが、技術だけのグループだから飽きる。前座は9時30分に終わり、再度休憩。なかなかお目当てのジェリー・ガルシアは現れない。
仕方がないので、ウィスキーの水割りを頼み、さらに1時間待たされる。
ジェリー・ガルシアの"How Sweet It Is"の演奏に酔いしれる
夜の10時30分になって、ようやくジェリー・ガルシアの登場。演奏が始まると、ステージ前の敷物のところに客がわっと集まり踊りだした。係員が制止するかと思いきや、その気配が全くない。
ジェリー・ガルシアの一曲目は、"How Sweet It Is (To Be Loved By You)"。
いわずと知れたホーランド=ドジャー=ホーランドのモータウンR&Bだ。マーヴィン・ゲイのオリジナルだが、ジェームズ・テイラーもカバーしている。この "How Sweet It Is (To Be Loved By You)"がとてもいい感じで演奏される。観客のみなさんが立って踊っているため、せっかく舞台近くの丸テーブルに座ったのにジェリー・ガルシアの顔が全く見えない。三曲目から、俺もその集団の中に飛び込むことにした。
人ごみの中であまり動けなかったが、踊りながら見た、赤いスポットライトの中で輝くジェリー・ガルシアの演奏は見事だった。これも守破離でいえば「離」の段階。抱えているギターの演奏スタイルの軽いこと、軽いこと。身体も全く動かさないのに、すごい音が出てくる。こけおどしは全くなし。淡々としていて、それでいて凄い迫力。1時間以上踊り続け、その間、まわりの客からジェイ(ジェイとはジョイント(joint)のことで、巻きたばこ状になったマリファナのこと)をすすめられたが、この演奏にそんなものはいらない。
ワンステージが終了し、また休憩。
どれくらいの休憩になるのかわからなかったが、結局、1時間の休憩となった。休憩も、カリフォルニアらしく、のんびりと、レイドバックしている。
夜中の00時40分から、またステージが始まる。ボブ・ディランの「天国への扉」("Knockin' On Heaven’s Door")、「ブルーにこんがらがって」("Tangled Up in Blue")など、1時間、演奏してくれる。
隣にいる大男がボブ・ディランがどうのこうの、ジェリー・ガルシアがどうのこうの、「火はあるか」と、ぶつぶつ私に話しかけてくる。前の痩せた男も、「ビール飲むか」「ジェイ、吸うか」と、話しかけてくる。私の横の大男も、前の痩せた男も、かなり酔っ払っている(stoned)。人の良さそうな人たちで、いろいろとすすめてくれたが、面倒だ。回し飲みが当たり前で、あちこちやっているが、私の好みではない。はっきり言って気持ち悪いので、「いや大丈夫。ありがと」 (”No, thanks.”) と丁重に断り続ける。
最後は、倒れたり、眠ったり、日本の酔っ払いおじさんと変わらない。人がいいのはよいけれど、アメリカ合州国はどうなるのかと、人ごとながら頭の片隅で思ったりする。
でも、延々素晴らしい演奏をするジェリー・ガルシアにはまいりました。グレイトフル・デッドの音楽は、大人しく静かに聴く音楽ではない。これは踊る音楽である。発音もよく、メッセージもよく伝わった。
幸せな気分でサンフランシスコの街を歩いて帰る
コンサートが終わったのは、真夜中の2時。帰り道、ハンバーガー屋で買ったチーズバーガーをパクつきながら、幸せな気分でマーケット大通りまで帰宅したのだった。
(最近はセットリストの記録もあるんですね。ちなみにこの日のセットリストは以下の通りでした。http://www.setlist.fm/setlist/jerry-garcia-band/1981/the-stone-san-francisco-ca-2bdd0832.html。)