「於染久松色読販 / 神田祭 / 四季」
リアル ニザ玉コンビ
四月大歌舞伎、夜の部は三作品の演目で、
お目当てはもちろん坂東玉三郎丈と
片岡仁左衛門丈。
御年74歳と80歳でいらっしゃいます。
特に玉三郎丈は、御自分の芸に大変厳しい方ゆえ、
いつ舞台から身をお引きになっても
おかしくないといううわさです。
私とて64歳、
この直にお目にかかるチャンスを
逃す手はないと、
勇んで2等席チケットを握りしめて
歌舞伎座へ向かいました。
なので、今回はこのお二人の
艶姿を胸に刻むだけで
満足といったところです。
ところでお席は一階の最後方だったことの宿命で、
前方の方の頭部に視線を遮られ、
舞台の中央あたりが常に見えなくて残念でした。
双眼鏡も忘れてしまったし、それは私の準備不足。
於染久松色読販
於染久松色読販は、
通称で“お染の七役”とも言われ、
とくに序幕では一人七役の早変わりが
見せ場とされています。
しかし、今回は玉三郎丈の体力的なことへの配慮もあって、
玉三郎丈はお六だけを演じていらっしゃいますし、
本来のお話もかなり割愛されています。
なので、後でしっかりと復習がてら勉強をいたしました。
もともとはお店の娘と丁稚、
お染と久松の許されざる恋路が主軸で、
それに“お家再興”という話が絡んでいます。
油屋丁稚に身をやつしている久松は
元千葉家家臣の息子。
その姉竹川は千葉家の奥女中。
この二人、今回では実際に登場してきませんが、
竹川が書いた手紙というのは出てきて、
それはお六に渡されます。
お六ももとは千葉家に仕えていたという
いきさつがある。
お家再興のために必要なのは
宝刀「牛王吉光」と
その“折紙”(価値を示す鑑定書)。
これが盗まれたことで
久松・竹川 姉弟の父親は責任を負って切腹、
お家は断絶してしまっている。
喜兵衛とお六
さて、この刀と折紙を盗み出した張本人は
鬼門の喜兵衛。
片岡仁左衛門丈が演じています。
もとは千葉家の家臣 鈴木弥太郎に
仕えていた彼ですが、
命令で家宝の刀と折紙を盗み出したものの、
それを質入れした金を使い込み、
すっとぼけている悪いやつ。
そしてその妻であるのが土手のお六という設定。
二人はそれぞれ千葉家に奉公していたころ
ご禁断の恋仲になり、駆け落ちをしています。
本当なら罰せられるところを
見逃してくれたのが仕えていた主人の竹川でした。
だから、お六は竹川に一方ならぬ恩義があります。
その竹川からの手紙には、
刀と折紙を質から受け出すための
百両を用立ててほしい…とある。
とはいえ、しがない莨屋家業のお六には
工面のしようがない。
(ちなみにお六は刀を盗み出したのが夫 喜兵衛とは知らない)
一方、喜兵衛の方は鈴木弥太郎の中間より、
盗んだ刀と折紙を催促され、追い返したものの、
やはり使い込んだ百両を何とかして
この件から早く免れたいと考えている。
というわけでこの夫婦、それぞれ思惑は違うものの、
百両が欲しい状況にあります。
ここへひょんなことから舞い込んできた
珍騒動のあれやこれやから、
場面は二人の悪だくみへと発展していくのです。
鶴屋南北
お話の作者は鶴屋南北(四世)。
奇天烈なストーリー、
奇抜な演出などで有名な歌舞伎狂言作者です。
江戸時代末期のエンターテイナー
といったところでしょうか。
“東海道四谷怪談”などが有名ですね。
今回の場合は死体の入った早桶
(樽の形の粗末な棺桶、死者が出た時の間に合わせに使うようです)
が登場して、気味悪いような、怖いような場面へと
誘っていきます。
薄暗がりの軒先で早桶から死体を転げ出させて、
やおら剃刀を研ぎにかかる喜兵衛。
この死体を油屋に持ち込み、
因縁をつけて百両をゆすり取ろうというものですが、
その剃刀でどうするの?と
見ているこちらはあらぬ想像をしてゾッとさせられます。
このあたりの喜兵衛の悪党ぶりが見ものです。
(死体を目的の人物に仕立てるため、
前髪をそり落とすための剃刀でした。
あと、額を打って傷跡も作ります)
吉本新喜劇風?
お六の方の見せ場は油屋で切る啖呵でしょうか。
なんだかな~というような曖昧な言いがかりであっても、
玉三郎丈の威勢のよいきっぷにかかると、
油屋さんをビビらせるのに十分なのです。
なのに・・・、死体と思っていたのは気を失っていた油屋の丁稚さんで息を吹き返すわ、死体に仕立てようとした本人は
のこのこやって来るわで、
すっかり計算違いの成り行きになります。
それでも、十五両の金はしっかり懐に収め、
すごみは聞かせておいて、
二人はからの駕籠を担いで退場していくという
ユーモラスかつ、絵になる幕切れになるのでした。
この油屋でのゆすり場面での周囲の人たちの
大騒ぎの様子は、ちょっと吉本新喜劇のようでもあり、
おかしみ満載です。
理窟のない遊びの芝居…片岡仁左衛門丈が
何かの時おっしゃっていたこの言葉が
ピッタリだと思いました。
その中でも年齢を重ねたニザ様とタマ様の
貫録のお姿とお声が
色悪や悪婆を
そこに自然に実在させている感じになり、
ため息ものなのです。
その後の顛末
今回にはありませんが、その後の話。
喜兵衛は油屋の土蔵に潜入して宝刀を盗み出す。
が土蔵に監禁されていた久松ともみ合い、
喜兵衛は久松に殺されるのです。
これは結果的には敵討ち。
その足で先に隅田川に向かっているお染を追いかける。
二人は先を儚んで心中しようと
約束しています。
方や、お店の乗っ取り画策する
悪い番頭の手引でお染の乗った駕籠は
そのまま拉致されようとしている。
そのお染を取り返す久松でしたが
追手に囲まれ…それを助けたお六は
二人の心中も止めて、宝刀「牛王吉光」でもって
お家再興を願い出るよう説得。
これで万事解決となり
「本日の部はこれぎり~」の声で幕となるようです。
玉三郎丈ではもう見ることのできない大詰かもしれません。
でも新しく継承される“お染の七役”は
機会を見つけてぜひ見るつもりです。
神田祭
神田祭を舞台に、
鳶頭の仁左衛門と芸者の玉三郎の
粋な恋愛事情を描く舞踏劇。
お二人の様子をただただ見守る20分です。
どなたかが眼福(見ているだけで幸福になること)だとか、
縁起物だとか表現していて、
確かにそんなお二人の舞台ですね。
最後、花道で客席に向けてご挨拶をなさるのですが、
まさに芸の上で長年連れ添われた
仁左衛門丈と玉三郎丈の歴史が
二重写しとなって見えるようでした。
四季
春夏秋冬、
それぞれにテーマをもって描かれる
50分ほどの舞踏劇。
春は紙雛、菊之助さんと愛之助さんだったらしい。
双眼鏡を忘れた私はとにかく見えなくて残念。
遠目に見守りました。
夏は大文字焼きを眺めつつの納涼の人々。
芝翫さんはよくわかりました。
秋は十五夜、砧(布をのす道具)を
打ちながら遠征の夫をしのぶ妻。
ここだけは一人芝居で片岡孝太郎さん。
そして冬は木枯らしで
メガネをかけたキャラクターのみみずくに
尾上松緑さんと坂東亀蔵さんや、
たくさんの木の葉たちが舞い踊る
群舞で絵本の中のような楽しさでした。
ちゃんと双眼鏡で見たかった!
くいしんぼ
喜兵衛の酒のつまみに出てきた
“田螺の木の芽和え”。
気になった方も多かったのではないかと思います。
田螺は庶民には身近な食べ物だったのでしょうか?
嫁菜におこわ飯にフグ、
食べ物にまつわる話も多かったような・・・。
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