🎥シネマ歌舞伎「桜姫東文章」上の巻を観ました

2024年6月16日　
ＭＯＶＩＸ柏の葉にて

桜姫東文章

「桜姫東文章さくらひめあずまぶんしょう」は
およそ200年前に江戸で初演されたという、
由緒正しき歌舞伎狂言です。
四世鶴屋南北の代表作の一つ。

内容は穏やかならざることばかりで、
煩悩や悪行のオンパレードです。

自分の心に忠実に生きるということは、
時に悪徳につながることも多く、
それを最大限に抽出して見せたのが
この「桜姫東文章」ではないでしょうか。

鶴屋南北はこういった戯作を創造しては、
庶民の心をとらえ続け、
私たちはかたずをのんで劇中の人々の生き様に驚かされたり、
悲喜こもごもの感情で揺すぶられたりするのです。

そして観客として、
200年前の人々と今の私たちの受ける衝撃に
そんなに大差はないのではないかという感じがして、
初演当初の江戸の人たちに親しみを覚えたりもします。

ちなみに題名について、
木ノ下祐一氏（木ノ下歌舞伎の主催者）が語っていたことによると、
“桜姫東文章”は
「隅田川」と「清玄桜姫」という二つのお話を
合わせたものということで、
「隅田川」は関東が舞台、「清玄桜姫」は京都が舞台。

「東文章」という言葉には、
京都の桜姫のお話を関東（当時の江戸）に
置き換えて書いていますよ…の意味があるのだそうです。

シネマ歌舞伎化

シネマ歌舞伎には2021年（令和3年）の4月に上の巻が、
6月に下の巻が、歌舞伎座にて上演されたものが
それぞれ編集されて納められています。

当時はプラチナチケットで
見たくてもなかなか入手困難だったということです。
それは片岡仁左衛門かたおかにざえもん丈と
坂東玉三郎丈の“ニザタマ”コンビでの36年ぶりの再演という、
ファンを熱狂させずにいられない上演であったためでしょう。

その時のポスターも
1982年当時のニザ様38歳、タマ様32歳の頃の復刻版が制作され、
それも話題の一つになったほどです。

とにかく絵になるお二人ですから、
その美しさ、芸術性、そこから得られる至福のひと時を求めて、
劇場に人々があまた押し寄せたのも無理のないことです。

時を置かずして翌年の2022年には
このようなシネマ歌舞伎となり、また一つ貴重な映像が残りました。

ニザタマコンビ

そもそも、「桜姫東文章」の舞台に
玉三郎丈が大抜擢されたのが1950年、彼が17歳の時でした。
その時は白菊丸の役だけですが。

伝え聞くところによると『象牙細工のような若女形』と
三島由紀夫氏がその魅力を表現なさったということです。

以後、2021年までの間、10回ほど公演があって、
内玉三郎丈が白菊丸と桜姫の両役をなさったのは７回です。
片岡仁左衛門丈（当時は片岡孝夫さん）は3回
釣鐘権助つりがねごんすけとして共演し、
その後に2回
清玄せいげんと権助の両役で共演なさっています。

しばらく時を隔てて、
お二人の共演が36年ぶりとなる本作品は
片岡仁左衛門丈が77歳、坂東玉三郎丈が71歳という
年齢で演じられるとあって、
上の巻・下の巻と二つに分けることで
お二人の体力の軽減を図られたそうです。

いやしかし、実年齢の危うさなど、どこ吹く風とばかりに
「桜姫東文章」は再演され、
歌舞伎界の奇跡とまで囁かれました。

玉三郎丈の“象牙細工”の美しさは、
“年輪を重ねて醸し出される風格”の美へと昇華されて
ここに現れているかのよう。

また、お二人が半世紀の間、築き上げてきた
信頼関係、阿吽(あうん)の呼吸とよぶものが
安心や完璧の舞台を生み、さらにその向こうにまで、
私たち観客を連れて行ってくれるのです。

白菊丸・清玄・桜姫そして権助

舞台はまず、
稚児ちご（寺院などで召し使われた少年）白菊丸と、
長谷寺の僧 清玄ありきから始まります。

二人は恋仲に落ちた末、世を儚はかなんで
海への飛び降り心中を図ります。
お互いの懐には、
それぞれ相手の名前を蓋裏ふたうらに刻んだ
香箱を潜ひそませて。

勢いのままに海へ身を投げる白菊丸。
それを追いきれず、死にきれなかった清玄。

さて、お話はその17年後に移り、
吉田家の息女 美しい桜姫登場。

父と弟を殺され、重宝“都鳥の一巻”が盗まれて、
お家の危機の中、希望を失って出家しようとしています。

このお姫様が何ともつかみどころのない気質の女性で、
周囲の反対を押し切るように
剃髪ていはつの準備を進めようとしますが、
自分が恋焦がれていたわけの分からない男に
再会してしまうと一転、出家なんて吹き飛んで
「あなたの女房に」などとしな垂れかかっている。

その相手というのが釣鐘権助つりがねごんすけという悪党。
桜姫の寝所を襲って、
その後彼女は赤子を産み落としている。
なのに、桜姫はその夜の男が忘れられないで、
一目見た男の釣鐘の入れ墨を
自らの腕にも施しているほどの執着ぶり。

訪れる運命のまま、欲望のままに、
くるくると変貌していく桜姫の行きつくところはどこなのか、
本人さえもわからないまま、お話は進んでいきます。

一方、清玄の執着はさらに生々しい。
得度とくどを願って清水寺を訪れた桜姫のために、
清玄は念仏を唱えるのですが、
すると生まれつき握られていたままだった姫の左手が
開くという不思議が起こります。

そしてその手の中からは
清玄の名が刻まれた香箱の蓋がこぼれ落ち…。

権助は桜姫との情事の後はとっとと姿を眩くらましてしまい、
桜姫も情事の相手のことを隠し続けます。
そのせいで清玄は桜姫との不義の相手とされてしまい、
むしろ自らその濡れ衣を被かぶるようにして、
姫ともども追放の身となってしまいます。

桜姫が白菊丸の生まれ変わりと知った清玄は、
その心の奥に封印していた、
悔い、未練、罪悪感、それらの抑圧された思いが
姫への愛欲へとして再燃して、
おぞましいまでの情念に駆り立てられていくのです。

桜姫が白菊丸の生まれ変わりなら、
清玄の思いが通じておかしくないと思うのですが、
桜姫は悪党の権助に夢中で、清玄など何とも思っていない。

それでは何ゆえの生まれ変わり？
この辺がこの作品の一筋縄ではいかないところです。

追放の身となった清玄と桜姫は、
それぞれに落ちぶれて彷徨っていきます。
ところで気になるのは、桜姫の生んだ赤ちゃん。
預け先の夫婦がいたようですが、桜姫の追放を知って、
厄介払いとばかりにその夫婦は赤ん坊を手放してしまいます。

その赤子は廻り回って、清玄の元へたどり着く。
赤子を抱えた清玄は愛しい桜姫を彷徨い求め、
桜姫は我が子を彷徨い求めて、暗闇の中、
三囲神社鳥居前で相手に気づかぬまま、
すれ違ってしまうという場面でこの巻は終わります。

まさに運命に弄ばれて、
転がっていく主人公たちの行く末はいかに…で
上の巻は終わるのです。
下の巻では桜姫はさらに奔放に数奇な半生をよじ登っていきます。
対照的に清玄や悪者の権助の方は
まるで桜姫に生気を吸い取られていくように
凋落ちょうらくの運命をたどるのです。

残月と長浦

登場人物の中で桜姫たちとは違う温度で存在感があったのは、
残月（清玄の弟子）と長浦（桜姫付きの局）のカップル。

残月は、生臭坊主の見本みたいな男で、
清玄を陥おとしいれて自分がその後釜になろうと
その機会を狙っている。
おまけに資金調達のための金づるとして
長浦とはいい仲になってもいる（内心はイヤイヤだけど）。

あの品の良さげな長浦が裏を返せば、
色ボケの年増女という設定には唖然とします。

この二人が、
桜姫と権助の情事の様子を
御簾の隙間から覗き見るところなどは、
ユーモラスでもあり、低俗さ丸出しで、
御簾の向こうの二人と、
それを覗く二人…という二重の背徳シーンを見せられて、
歌舞伎でこんなことやっていいの？という気持ちになります。

残月役は、ニザ様、タマ様に並ぶ、
歌舞伎界では六人目の人間国宝 中村歌六丈、
長浦役は六世上村吉弥丈。

悪いやつらだけど、どこか憎めない、
下の巻でもこのカップルは目の離せない存在です。

今回は下の巻を見ることができなかったので、
続きはまたの機会に記そうと思います。