「スキルを身につけるのが真の安定」説のせいでキャリア迷子になる人
ここ10年ぐらいメディアで流布されているのが「終身雇用は事実上崩壊しているから、どこに行っても通じるスキルを身につけることが真の安定である」という言説だ。
この意見自体は私も全面的に同意だし、このような話に囲まれて生きてきた若い人が、当たり前の価値観としてインストールしているのも分かる。
ところが、「スキル」に対する誤解や思い込みのせいでキャリア迷子になっている人もまた増えている。
そこで、改めて「スキルとは何か」についてこの記事で考えてみたい。
資格に踊らされる人たち
スキルといった時に多くの人は資格を思い浮かべるではないではないだろうか。ただ、私はスキルにまつわる文脈で資格の話をする人にあまり良い印象を持っていない。
これは働けば働くほど実感するが、世の中にある業務と比べて資格がカバーしている範囲はあまりにも狭い。資格試験は個々の会社事情を反映していない上に、教科書通りの綺麗な形で業務が降ってくることなど皆無なので、常に現実とズレが生じる。
資格の話を真っ先に持ち出す人は自身が得た知識の範囲内でしか答えようとせず、現実とのギャップという泥臭い部分に手をつけない傾向があるように思う。
具体例を挙げよう。会社のお金で海外MBAを取得して、意気揚々と日本に帰ってきた社員が「学んだことを全然活かせない」と絶望して会社を辞める。その後どこへ行くかというとコンサル会社である。
コンサルでは海外MBAというピカピカの経歴で権威づけしつつ、学んだ難しい理論で綺麗なプレゼンを披露する。ところが、コンサルを受ける側が本当に聞きたいのは、会社の課題を解決する具体的な方策であって、理論などではない。
理論から逆算して無理くり出した解決策は、致命的で不都合な事実を覆い隠したまま突っ走る。解決策ありきの提案のまま押し通した施策の結末がどうなるかは想像に難くないだろう。
クライアントからの契約は継続できず、仕事をとってこれなくなれば、会社内の地位も危うくなる。本人の成長が止まれば出世も止まる。
海外留学までは会社にフリーライドできて順風満帆だったかもしれないが、顧客の実態を見ない本末転倒をかませば尻すぼみになるのは当然の話だ。
仕事に向き合う中で、いつの間にか独自スキルが身についている人
保険会社の中でもトップクラスに泥臭い仕事といえば、解除・免責にまつわるものである。
解除とは「あなたは自分の病気を隠して保険に加入しましたね。そのため、保険金は支払わず契約を解除します」ということだ。
免責とは「約款に規定されている支払わない条件に該当したため、保険金を払いません」ということである。
どちらも払われると期待していた保険金が受け取れない話なので、苦情になる確率が極めて高い。加入者間の公平性のためにも保険会社としては絶対に譲れないラインであり、交渉が熾烈を極めることは必至である。しかも、直接的に会社の利益へ関わる。数千万円の行く末が1人の肩にかかるなんてこともザラだ。
判例でも解除・免責の話は度々出てくるぐらい、裁判に発展する事例も多い分野だ。
どこの保険会社も「お金を払ってでも頼みたい仕事」であり、この分野でプロフェッショナルになれば引く手数多である。
ここにプラスして犯罪心理学や法律の知識を自ら学んでゆけば、まさに鬼に金棒。社内でのプレゼンスは向上するし、社外でも重宝される人材になる。あくまで軸は目の前の必要とされる業務で、そこをベースに肉付けをしてゆくことで着実に信頼が積み重なってゆくのである。
年収100万ぐらいの非正規の社員が、簿記やエクセルといった"一般資格"を取って年収300万を目指したり、正社員を目指すのは理にかなった動きだ。
ところが、年収500万ぐらいの人間が年収700〜1000万超のレンジを目指すのであれば、お行儀の良い範囲に収まらないスキルを身につけないと達成できないのである。
「どこの組織に行っても通じる人材になろう」というストーリーで出てくるのは、見た目が華やかなスキルばかりだ。ただ、人気が集中すれば脱落者も増え、人材の供給過多で希少価値が下がる。
それよりも、組織に入って内部情報や人的リソースに触れる中から「このスキルは穴場だし自分にも向いてる!」と思える分野を掘りおこす方が競合も少なくて楽しいのではないだろうか。
歳をとってから重要なのは、経験則をもとにした未来予知
キャリアにおける成功の定義は様々だが、気力体力が下り坂を迎える40〜50代以降に「自分の得意分野を活かした必要とされる場所がある」は結構重要な指標だと思う。
前述の通り尖った独自スキルを身につければ、必要とされる人材にグッと近づける。中でも重要なのは危機を未然に察知して手を打つ能力である。
「発生した課題に対して対応する」という受け身な働き方は、体力と瞬発力がある若い人間にどうしても軍配が上がる。
若いうちに「あの課題は未然に防いだり、もっと最短距離で正解に辿り着くことができたんじゃないか?」という振り返りをしておかないと、先を読んだ仕事ができるようにはならない。
「スキルを身につけた」というのが「降りかかってきた課題を上手く捌ける」の次元で止まっている場合は要注意だ。40代〜50代の反射神経が衰えてきた時に、成長が止まってしまう。