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バタバタしながらも愛される店と、静けさを求める人たちの話
ワンオペと愛され力
四ツ谷駅に降り立った。目的はまだない。総武線に乗ってあてもなく電車に揺られ、今まで降りたことがなかったな、と思って下車しただけだ。
行き当たりばったりを好む性格はビジネスの現場だと邪魔にしかならないが、小さな旅をする際にはプラスに働く。時刻は3時ごろだったのでカフェを探してみた。
男性の店員が一人で回している喫茶店だ。その割には席数が多くて、注文してから出てくるまでに時間がかかる。ひっきりなしにお客さんが来るので、いっその席数を絞ってテイクアウトに傾注した方がよいのではと思うのだが、言っても詮無いことか。
味は文句なしである。私がくつろいでいる間に、コーヒー豆やプリンを買いに来るお客さんがひきも切らない。
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お客さんからのコーヒー豆に対する質問にもすらすらと雑学が出てくる。一人でのオペレーションにこだわっている理由は不明だが、提供が遅くなってもこれだけ愛されているのだから、これはこれでお店として成り立っているのかもしれない。顧客のロイアリティが高い店は最強である。
静けさを追い求める人間心理
お店を出た後はあてもなくブラブラしてみる。実際に歩いてみると分かるが、四ツ谷は少し歩けばあっという間に新宿に着いてしまう。新宿の存在感が大きすぎて、人の流れは完全に持って行かれてしまう。
その代わり、大衆の欲望に惑わされず独自の文化を育ててゆけるともいえる。
日本の本屋における最後の砦、新宿紀伊國屋店に足を向け、目に留まった谷崎潤一郎『陰翳礼讃』を衝動買いした。その中に収録された随筆「旅のいろいろ」では、己の休息を守るため、穴場の旅行地を秘密にしておこうとする人間心理が紹介されていた。
顔を知られた有名な人間は、街中を歩くと騒がれる。そのため、静けさを求めてあまり知られていない安息の地を求める。
やがて噂が噂を呼び、有名人が集う場所だと世間に認知されるようになると、人々が押し寄せ、有名人は足を向けなくなる。ブームが去ると途端に寂れてゆき、廃墟となったところに独自の風情が育ってしばらくするとまた一部のマニアが目をつける。
観光地というのはこんなことをひたすら繰り返している。初版が1975年なので、もう50年近く前の本だが、静けさを求める人間心理は全く変わっていない。
むしろ、情報化社会、バズる社会になって、静かな場所がどんどん減ってきている現代こそ、かえって輝きを増す文章ではないだろうか。