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【短編小説】ケダモノ

眩しいような白い空間だった。
 どこに光源があるのかわからないが清潔な白色光が均一に隅々まで広がって、床も雪のように白い。
周囲には何もなくひたすらだだ広いばかりだ。
 一体ここはどこだ?
 自分は困惑しながらウロウロ歩き回った。
 コツコツ、足音ばかりが耳を打つ。
 と、向こうの床に赤い帯のようなものが走っているに気づいた。
 何だろう?
 近づいてみて驚いた。
 血だ。
 何の血だかわからないが、丸太ほどもある大筆で描いたような真紅の血の跡がはるか向こうまでズルズルと伸びている。
 血はまだ新しく光沢があり、ところどころ小さなあぶくさえ立っている。 
 自分は好奇心に駆られた。
 この大量の血は何者のものなのか。
 なぜこんなふうに出血したのか。
 おそらくこの先にその答えがあるに違いない。
 自分は血の道に沿って歩きだした。
 道はあちこちでかすれ、飛び散り、また濃くなったりを繰り返しながら延々と続いている。
 あたりは相変わらず白く明るい空間が広がり自分の足音ばかりが響く。
 うん?
 急に立ち止まりしゃがみ込む。
 手形だ。
 紅い道のほとりに確かにヒトのそれと思われる血の手形がひとつついている。
 生命線や感情線まではっきり見えるが自分の手より明らかに小さい。
 子供かそれとも女性のそれだろうか。
 とするとこれはやはり動物ではなくヒトの血か。
 この様子だとうつぶせになって這いずりながら進んだのか?
 なんらかの原因で大怪我でもしたのだろうか?
 何にしろこれほど出血すればもう生きてはいまい。
 自分は怖くなった。
 この先には誰かの死体があるだけなのかもしれない。
 しかしこのだだ広い中、他に行くあてもない。
ただでさえ方向音痴なので目印になるものはこれしかないのだ。
 それでまた血に沿って行くと徐々に薄く、途切れ途切れになってきた。
そうしてずっと向こうに何か見えてきた。
 最初、灰色のおわんを伏せたように見えたが近づいていくとそれは象になり針山になり最後にハリネズミの背中になった。
ハリネズミは床に尻をつけてしゃがんでいる。
 しかしハリネズミと言っても普通のそれとは違う。
自分と変わらぬくらいの背丈があって、濃い灰色の背中から短く鋭い棘がたくさん突き出て、それが枯れた薔薇の棘のようにいかにも硬そうだ。
 しかし目をひいたのは棘ばかりではない。
頭から長く艶やかな黒髪がその背中に散っていた。
それに両肩からはヒトの腕が伸びて両手で顔を覆っている。
白くほっそりした、女の腕である。
 ヒトとハリネズミを合わせたような妙な生き物だが、血の跡は近くで終わっているからこの生き物の血なのだろうか。
しかし正面はどうなってるのか。
自分は用心しながら正面に回ろうとした。
すると向こうも髪をサッと揺らして回った。
 それで今度は逆に回ると向こうもまた逆に回る。
 止まると向こうも止まってやっぱり正面に回れない。
 自分はいよいよ正面から見たくなっていったんこっちへ向かうとみせかけて逆へ行ったりあれこれやってみたがやっぱりだめだ、後ろ向きで顔も覆っているのに完全にこっちの動きを読み切っている。
まるで背中に目があるみたいだ
 全く癪に障る背中だ、、、ぜいぜい息を吐きながら棘の生えたそれを睨みつけていると、突然奇妙な生き物は嗚咽を漏らし始めた
 い、、、いっ、、、いっ、、
 大声で泣きたいのを必死で噛み殺しているような声でやはり人間の女のそれである。
 と、床につけた尻からぶくぶく、赤いものが湧いてきた。
 血だ。
 自分は思わず一歩下がった。
 赤い薔薇を思わせる鮮血がたちまち白い床に丸く広がった。
そうしてその一部がすっと伸びたかと思うと、生き物のように向こうへ流れ出した。
 いっ、いっ・・
 生き物は相変わらず嗚咽してるがその間隔が次第に短くなって棘の生えた背中が上下に小刻みに揺れている。
 いっ、いっ、いっ、、、
 ひとすじの血はもう白い空間の果てまで細く長く伸びた。
地平線からこっちまで血の道が繋がったかのようだ。
 それにつれ嗚咽はどんどん大きく間隔も短くなり、両肩の震えもいよいよひどくなった。
 もはや嗚咽というより引きつけだ。
 自分はたまらなくなって
  大丈夫ですか?
 思わず声をかけ一歩、二歩、近づいた。
 途端にそいつは顔を覆っていた手を下ろし、ふりむいた。
 きれいな卵形の輪郭、、、しかしそこに顔はなかった。
 あったのは真黒い穴で、その穴がぐうっと目の前に迫ってきたと思うと自分は頭から喰われてしまった。

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