有名マーケティング企業でなかったから体得できた超実戦的マーケティング論
―実務家の考える「(小手先でない)本来のマーケティング」―
■はじめに
近年、マーケティングの重要性や方法論について語られることが増えたと感じています。それだけ、マーケティングの重要性・必要性を感じる企業や人が増えてきたということだと思います。
今であれば、SNS活用、コンテンツマーケティングなどのwebマーケティングの方法論や、「n=1」という概念、あるいは様々なフレームワークなどが語られていますね。
これらのフレームワーク、考え方、方法論は、それぞれ大事であり、実際に役に立ちます。しかしこれらは「マーケティング」の中の「一部の機能を果たし」ているに過ぎません。マーケティングの全体感を持っていない中で「部分だけ」を学んでも、大きな効果を得ることは難しいと考えています。
まずは以下をご一読いただけますでしょうか。
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一気通貫のマーケティング
●●関連市場が変化している。右肩上がりの時代は、機能、性能アップだけでもユーザは買ってくれた。しかし、もはや良いものを作ったり、あるいは広告投資を増やすだけでは売れない。本来の意味でのマーケティングがより重要だ。
1つのキーワードとして、「一気通貫」を挙げたい。マーケティングとは、本来は商品企画から始まり、マ-ケットコミュニケーション、セールスプロモーション、プライシングなどに至る広範な機能だ。「一気通貫」とは、これらを一貫してマネジメントする,という考え方である。
マーケティング担当者は、製品企画段階から参画し、さらにマニュアル作りから、店頭効果を意識したパッケージまで見る。そして自らが練り上げた製品コンセプトを、想定したターゲットに的確にコミュニケートし、かつ購入につなげるべく、広告・カタログ・POP・展示会・キャンペーン・セミナー・DM、さらにプライシングまで、およそユーザ、流通の目に触れる全ての情報を一貫したコンセプトに基づいてマネジメントする。
この機能は他業界でいう「ブランドマネージャー」に近い。●●業界にも「プロダクトマネージャー」という肩書が存在するが、責任と権限が十分でない場合が多い。右肩上がりの終焉は●●業界にとって、あらためて「マーケティング」の意味を問い直すチャンスであり、「一気通貫」はその一つの切り口ではないかと思う。
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>右肩上がりの時代は、機能、性能アップだけでもユーザは買ってくれた。しかし、もはや良いものを作ったり、あるいは広告投資を増やすだけでは売れない。
>ブランドマネージャー
など、いかにもイマドキの話っぽいですが、これが書かれたのは1998年、今から26年前です。
手前味噌で大変恐縮ですが、書いたのは私です。
「●●業界」に入るのは「PC業界」です。この文章はさるパソコン業界誌に依頼されて書いた小論です。
当時、パソコン周辺機器のマーケティングを担当していました。
その後、いくつかの企業でマーケティングに携わってきましたが、常に上記の「一気通貫」の考えを持って実行しようと努めてきました。
■問題意識
冒頭で少し触れましたが、昨今のマーケティング論を見て、以下のようなことを感じています。
「マーケティング」の仕事が細分化されて、本来の目的や全体感が見失われがち(特にwebマーケティングの普及に伴って、細分化・専門化が進んでいると感じます)。
手段(SEO、SNS、インフルエンサー、動画活用、等々)、フレームワーク(AISAS、DECAX、等々。新しいフレームワークがどんどん提唱されますね)、概念(「n=1」など)など、個々の方法論に目が行きがち。
結果として、「マーケティングの本質」が見失われがち。あるいはマーケティングの理解が卑小化されがち。
マーケティングの成功事例は多々語られているが、一企業のたまたまの事例であり、抽象化・一般化されていないため、参考にしづらい。
「マーケティング論」は様々語られているが、実務の現場でどう遂行するかの議論が少ない。
■略歴
簡単に私の自己紹介をします。
異なる業界の5つの事業会社で、実務担当者としてマーケティングに携わってきました。
■日系の伝統的大手製造業
新事業の立上げ。商品ブランドを2つ開発・立上げ
2年間で販売台数330倍(月販30台を1万台に)
ナショナルブランド初の、「コーポレートサイト(企業サイト)から独立したマーケティング専門サイト」を立上げ
ビジネスウィーク誌(米国)で”Product of the Year銀賞”
パソコン市場でプレゼンスゼロの状態から、日経パソコンの「技術力のある企業ブランド」で第5位(読者によるイメージ調査)
■大手アパレル
ネット通販立上げ(ネット通販黎明期の2000年代初頭)
「オンラインショッピング大賞 最優秀大規模サイト賞」受賞
■無名のスポーツブランド
ブランド立上げ(マーケティング、商品企画、事業戦略)
スポーツブランドランキングの圏外からわずか数年でトップ8に
真夏のゴルフ場で、ポロシャツの下に長袖のインナーを着用するというスタイルを提唱・普及させた
■外資系アウトドアブランド
オムニチャネルの推進
■新興寝具メーカー
マーケティング、商品企画、経営企画など
B2Bマーケティングにも従事
業界や商品はバラバラですので、特定の業界・市場についての卓越した知識やノウハウがあった訳ではありません。
また、webマーケティングやPRなどの特定領域の強い専門知識を持っていた訳ではありません。
関わった仕事は一見脈絡が無いように見えますが、共通しているのは以下です。
機能性を持ち、とても良いのに知られていない商品/サービスを世に知らしめ、理解してもらい、購入してもらい、売上・利益とブランド力を上げる。
現在は、自身の経験を活かして、世に埋もれた素晴らしい商品やサービスを広めるお手伝いをしたいと思い、コンサルタントとして活動しています。新規事業の立上げ、マーケティング、ブランディングなどの支援や、研修・セミナーなどに携わっています。
マーケティングに話を戻すと、そもそもとして、マーケターはマーケティングの目的・果たすべき役割を理解することが重要です。
当たり前と思われるかも知れませんが、冒頭に述べたように、この理解が意外に薄いと感じています。
マーケティングの世界では、日々新しい理論、技術、手法、フレームワークが生まれています。しかしマーケティングの本質はいささかも変わっていません。本質をしっかりと押さえていれば、その本質の上で新しい方法論をどう活用するか、を考えれば良いのです。
本稿では、「マーケター」とは本来何をすべきなのか、どのような役割を果たすべきなのか、について、私なりの考えをお伝えしたいと思います。加えて、「本来のマーケティング論」だけでなく、「果たすべき役割を実現するために、マーケターとしてビジネスの現場でどういった活動をすれば良いか」までをお伝えしたいと思います。
なお本稿でいう「本来のマーケティング」は、あくまでも私が「自身の経験を通じて考えた、あるべきマーケティング」であり、後に触れるように、「マーケティングの定義」を学術的に語るものではありません。
■本稿の目的と意味
昨今はマーケティングで有名な企業出身の方や、有名企業でマーケティングの成功を収めた方などが素晴らしい論稿や記事を執筆されていらっしゃいます。そうした中で何故私が本稿を書こうと思ったかについて少しお話します。
マーケティングで有名な企業や成功を収めた企業は、そもそもとして「本来のマーケティングが機能する組織」であることが多いです。しかしながら大多数の企業においては、―大企業・有名企業も含めて―マーケティングが機能する組織になっていません。
「マーケティングが機能する組織」がどのようなものかについては、後ほど説明します。
本稿は、本来のマーケティング機能を持たない(つまり大多数の)企業で活動されているマーケター(と呼ばれている人達)を主な対象として想定しています。
例えば、webマーケティング/リアルマーケティングの一部あるいは全てを担当されている人、商品企画担当の人、プロダクトマネージャーと呼ばれている人、マーケティング部の課長、部長クラスの人、販促担当の人、CMOに任命された人、などなどです。より広く言えば、営業担当の人も深く関わります。
※プロダクトマネージャーやCMOも企業によって役割がかなり異なりますが、その定義や役割について個々に論じることはしません。ここでは、商品企画やマーケティング(と言われるもの)に関わっている人、という程度の意味です。
そうした皆さんに、以下をお伝えしたいと考えています。
本来のマーケティングとはなにか(←「私が思うところのマーケティング」です)
本来のマーケティングを実現するためにマーケターとしてどのような役割を果たすべきか
その役割を果たすために、マーケターは組織内でどのように活動したら良いか(←本来のマーケティング機能を持たない企業で!)
優秀なマーケターがCMOとして転職して、マーケティングの成功を収めた / 組織を変えた、という事例がありますが、そういう人達を採用する企業というのは、そもそもマーケティングについての問題意識が高く、かつCMOに変革を託しています。上記の1~3で言えば、3を実現できる環境が用意されています。
そうでない(マーケティングの意識が高くない、本来のマーケティング機能を持たない)企業で働くマーケターは、上記の1~2までを自分自身が理解したとしても、3を実現できる環境がありません。
本稿は、そのような環境に無いマーケター(あるいはそれを志す人)のために書きました。かなり泥臭い内容ですので、上記のような、恵まれた環境にあるマーケターの参考にもなると思います。
先ほど経歴を簡単にお伝えしましたが、単一企業/単一業界の経験に限定されず、リアルマーケティング/webマーケティングともに経験し、関わったチャネルも、卸売から直営店舗、カタログ通販、EC、B2CとB2Bの経験があります。また、マーケティング・コミュニケーションに留まらず、製造業の上流である研究部門、開発部門から、工場、販売会社、商品企画なども実務担当として経験しているので、ある程度のリアリティー、全体感と、普遍性をもってお話できると思います。
もしも貴方が、「私はSEOの専門家(あるいはSNSの専門家、リスティングの専門家、動画の専門家、なんでも良いのですが)になりたいので、マーケティング全体には興味が無い」という場合は、ここで離脱いただいても良いのですが、マーケティング全体を理解されると、個々の方法論でもより大きな効果を上げられるようになりますので、一読していただけると多少はお役に立てるのではないかと思います。
本稿では、教科書的な「マーケティングの定義」を語るつもりはありません(前提として、少し触れます)。
抽象的な定義や言葉をこねくり回しても、実務では意味が無いからです。
抽象は「具体」に変換しないと、実務で使えません。
タイトルで「実戦的」としているのは、まさに「実務で使える/実務で役立つ」ことを想定しているからです。「実践」ではなく「実戦」としているのも、実務への強い思いの表れのつもりです。
マーケティングにあまり馴染みの無い方にもご理解いただけるよう、そして教科書的な一般論ではなく、「具体的なイメージ」を持っていただくために、いくぶん冗長に感じられる部分もあるかもしれませんが、その点はご了承いただければと思います。
本稿が、いささかでも世のマーケターのお役に立つことが出来れば幸いです。
■一般的なマーケティングのイメージ
最初に前提として、「一般的なマーケティングのイメージ」について触れます。
現在、多くの企業に「マーケティング部」と称される部門がありますが、その部署の役割は企業によって千差万別です。したがって、「マーケティング」に対するイメージも人・企業それぞれに異なります。
■ マーケティング・コミュニケーション
一般的にわかりやすいイメージは、「広告やカタログなどを作ること」ではないでしょうか。実際に、それ(だけ)がマーケティング部の「本業」である企業もあります。広告やカタログは「マーケティング・コミュニケーション(情報発信)」の一部になります。昨今流行りの、SEOやコンテンツマーケティング、SNS活用、インフルエンサー活用、メールマガジンなどのwebマーケティングも情報発信の一部あるいは派生です。
もちろん、新聞広告、雑誌広告、交通広告、紙のダイレクトメールなどの従来型の方法論も情報発信に当たります。
企業によってはマーケティング部と別部門になっている場合も多いですが、「PR(パブリックリレーションズ。広報)」も情報発信ですね。
本稿ではこれらの活動を「マーケティング・コミュニケーション」(情報発信)と記します。
※「マーケティング=広告」「マーケティング=情報発信」等と説明される方もいらっしゃるので、それらと明確に区別するためにこのようにします。
■ 調査
世間的に分かりやすい他のマーケティングのイメージとしては、「調査」というのもよくあります。市場調査、ユーザ調査、業界調査、競合調査、ブランド調査、など。
■ 商品企画
「商品企画」もマーケティングの範疇に入ることがあります。「売れる商品を企画しよう!」ということですね。
このようにマーケティングは、経理、法務、営業、製造などと違って、業務内容が明確でなかったり、企業によって役割が異なるため、わかりにくい概念になっています。
■「マーケティング」の定義とその解釈・具体化
マーケティングの一般的な定義も見てみましょう。
マーケターならばご存知の方も多いと思いますが、これも沢山の定義があります。
定義に沢山の種類があるということ自体が、マーケティング概念の曖昧さ(多様性)を示していると思います。
2024年1月に、34年ぶりに日本マーケティング協会によるマーケティングの定義が刷新されました。
(マーケティングとは)顧客や社会と共に価値を創造し、その価値を広く浸透させることによって、ステークホルダーとの関係性を醸成し、より豊かで持続可能な社会を実現するための構想でありプロセスである。(日本マーケティング協会 2024年制定)
一読して意味のわかる人はいないと思います。
この定義が悪いという意味ではありません。
「定義」というのはあらゆるものを包括しないといけない(つまり最大公約数を形成する)ために、抽象的にならざるを得ません。加えてマーケティング自体が、後に詳述するように非常に広範な領域であるため、益々抽象度が高くなります。
他にも、アメリカマーケティング協会、マーケティングの大家フィリップ・コトラー、マネジメントの大家ドラッカーなど、様々な人・組織がマーケティングを定義しています。
先に述べたように、本稿ではマーケティングの定義を云々することが目的ではありませんので、端的に私の個人的な定義を記すと、以下です。
継続的に売上・利益を上げる仕組み・仕掛けを作ること
マーケティングについて同様の説明をされている人・企業もいらっしゃいます。
ちなみに「ブランディングは売ることを目的としていない」という論があります。その論にしたがえば、「継続的に売上・利益を上げる仕組み・仕掛けを作ること」にブランディングは含まれないことになりますが、私はブランディングも最終的には売上・利益を上げることが目的だと位置づけていますので、上記の定義にはブランディングも含まれます。
以前、フィリップ・コトラーの定義である「どのような価値を提供すればターゲット市場のニーズを満たせるかを探り、その価値を生み出し、顧客に届け、そこから利益を上げること」をベースにして、「ニーズに対応した価値を提供する。これが顧客のニーズにぴったりと当てはまっていたら、その製品はひとりでに売れるでしょう」と書かれた記事を見かけたことがあります。
しかし顧客ニーズに対応したとてつもなく素晴らしい商品が生まれたとしても、その存在や価値が顧客に伝わらなければ(マーケティング・コミュニケーション)、あるいはそうした商品が適切な販路で売られなければ(チャネル)、誰も買ってくれません。「ひとりでに売れる」ことはあり得ません。
つまり定義がどんなに正しくても、正しい解釈と具体論が伴わないと意味が無いのです。
定義よりも、具体的になにをするかが重要です。したがって、定義の話はここまでにして、具体論に移ります。
上記の「私個人の定義」も、その是非を云々するよりも、以下からの具体論を読んでいただければと思います。
■「マーケティング」のプロセス(概要)
「本来のマーケティング」を論じる前に、前提条件となる共通認識として「マーケティングのプロセス」について簡単に記します。
基本的な概念ですので、既にご存じの方は飛ばしてしてください。
一般的にマーケティングのプロセスは以下のように言われています。
環境分析(社内外の環境分析)
STP
4P(マーケティング・ミックス)
施策の実行と効果検証。PDCA
※STP、4Pや、このプロセス自体も色々と議論がありますが、それ自体は本稿のメインテーマではないので、一般的な概念として、上記をベースに話を進めます。
1. 環境分析
社外環境:社会の状況(トレンド、技術の変化、その他)や市場、消費者、競合などを分析する
社内環境:自社の強み・弱み(技術力、知名度、営業力、資本力、その他)、自社の状況などを分析する
PEST分析、3C分析、SWOT分析などのフレームワークがよく使われる
※こうしたフレームワークに否定的な意見もあります。
2. STP
Segment(セグメント)、Target(ターゲット)、Positioning(ポジショニング)の略
環境分析に基づいて、誰を狙い(ターゲット)、自社/自社商品をどのような位置づけ(ポジショニング)とするのかを決める
例> 都会で働く美容意識の高い30代の独身女性をターゲットに、少し高価だが自然由来で身体に優しいというポジショニングのサプリメント
3. 4P
・Product(商品)、Price(価格)、Place(流通)、Promotion(プロモーション)の略
・STPで定めたターゲット、ポジショニングに基づいて、施策を具体化する
<例>
商品:どのような効用・成分のサプリメントにするのか(パッケージデザインなども含まれる)
価格:いくらで売るのか
流通:どこで売るのか(ドラッグストア、百貨店、ECサイト…)
プロモーション:どのようにプロモーションするのか(SNS、インフルエンサー、広告、キャンペーン…)
※しばしば「4P」だけが独立して語られることがありますが、「顧客(ターゲット)」を前提として4Pがある点に注意してください。これは4Pの前のSTPでしっかりと検討されているはずです。
4. 施策の実行と効果検証
STPに基づいて3.で定めた4Pの施策を実行し、効果検証をし、施策を見直し、再度実行を繰り返す(いわゆるPDCA)。
自明のことかもしれませんが、4Pについて補足すると、以下の関係があります。
仮に、想定ターゲットにピッタリの良い商品・サービス(Product(商品))ができたとして……
・想定ターゲットが手に入れられる価格でないと売れません。もちろんビジネスとして適正な利益を上げられる価格でないといけません(Price(価格))。
・良い商品と適正価格が揃っても、想定ターゲットに知ってもらい、欲しいと思ってもらえないと売れません(Promotion(プロモーション))。
・想定ターゲットに欲しいと思ってもらえたとしても、そのターゲットが欲しいと思った時に簡単に購入できるところで販売されていないと売れません(Place(販売チャネル))。
当たり前のように見えるかもしれませんが、意外にこれらがしっかりと揃っていないことがあります。
これについては後ほどより具体的に説明します。
上記のプロセスをまとめると、以下のようになります。
前段の「■一般的なマーケティングのイメージ」で触れた「マーケティング・コミュニケーション(広告、カタログ、PR、webサイトなど)」」は、4Pの「プロモーション」の一部に当たります。
マーケティングについては、この「マーケティング・コミュニケーション」が中心に語られることが多いので、4Pの中での位置づけをもう少し詳しく見てみましょう。
図示すると、以下のようになります。
昨今はwebマーケティング(デジタルマーケティングと呼ばれることも多いです)が多く語られるので、太線で囲いました。webマーケティングは、4Pの中のプロモーションの中のマーケティング・コミュニケーションの中の一部ということになります。
※以下のコラムでwebマーケティングの位置づけについて触れています。
前段で触れた「商品企画」は4Pの「商品」ですね。「調査」は「環境分析」に該当します。
※調査は、環境分析以外にも、STPの検討や4Pの各要素など様々なプロセスで活用されます。
【コラム】 webマーケティングの位置づけについて
Webマーケティングは、非常に効果的な方法論です。私自身は1990年代中盤から活用してきました。一方で、様々なテクノロジーや方法論が進化・発展してきたため、非常に細分化・専門化してきました。そのためにマーケターにとって全体感が見えづらくなってきていると感じています。
webマーケティングは、前掲の図のように、4Pの中のプロモーションの中のマーケティング・コミュニケーションの中の一部ということになります。
SEO、リスティングなどの1つ1つの「方法論」は、更にその中の一部になります。
最上位に「戦略」があります。
戦争に例えると、「戦略」によって、製品、価格、流通、プロモーション(4P)の個別戦略が定まり、その個別戦略に基づいて、個々の方法論(戦術)が検討されます。
つまり、SEOやリスティングやインフルエンサーマーケティングなどは、戦略に応じて投入される個々の部隊、例えば爆撃機隊、戦車隊、狙撃隊、にあたります。これらの方法論を磨くのは、「爆撃隊の精度を上げる(より命中率を上げる)」、狙撃隊の精度を高める、ということです。したがって、そもそもとして投入される戦場や局面、タイミングが適切でなかったら、いくら高い精度で命中させても、全体としての効果は限定的ということになります。
そもそも命中させる的(ターゲット)が適切でない場合すらあります(高い精度で命中させても、全体としての成果が上がらない)。
本来であれば艦砲射撃で地ならしをしてから爆撃機で攻撃し、その後海兵隊が上陸すべきところを、爆撃機だけが出動しても効果は上がりません。戦車隊と歩兵部隊で力押ししなければならない時に、優秀な狙撃隊のみを投入しても効果は上がりません。
つまり、SEOやリスティングなどの「方法論」はもちろん大事なのですが、それらは「マーケティング」全体の中の一部の機能であり、正しい戦略に沿って活用されること、他の方法論との連携が重要ということです。
個々の方法論毎にそれぞれ専門の代理店さんが多数ありますが、これらの方法論を活用する場合は、代理店に依頼する前に、クライアント側がしっかりとした「戦略」を持ち、その戦略目標を達成するためにどの方法論(SEOなのかインフルエンサーなのかSNSなのか…)が有効なのか / 選択すべきなのかを考える必要があります。選択したら、戦略に基づいて各方法論をどう活用すべきなのか、更には複数の方法論をどう連携させるべきなのか(リアルのマーケティングとの連携も含みます)、を戦略的に考え、かつマネージすることが重要です。
■「マーケティング」の各プロセスを担う部署
先ほど見たプロセスに、担当する「部署」を当てはめてみましょう。
一般的な企業では多くの場合、以下のようになると思います。
「施策実施・検証」プロセスでは、4Pを担う各部署がそれぞれ担当することになります。
※デジマ部:デジタルマーケティング部(マーケ部がデジタルマーケティングも担うこともある)
「4Pプロセス」の前段である「環境分析」や「STP」はどこが担当するかと言えば、「既存事業の中での新商品開発」の場合などは、商品企画部になることが多いでしょう。商品企画部とは別に「調査・分析」を主に担う部署がある場合もあります。
「新たなビジネスを起こそう!」とか「新カテゴリーに進出しよう!」などの、「既存事業の既存商品カテゴリー」から離れる場合は、商品企画部以外が担う場合が多いですが、話が広がってしまうので(そして担当部署自体は大きなテーマではありませんので)、ここでは置いておきます。
4Pの中でも、特にプロモーションは担当する部署が多くなります。
マーケ部、デジマ部(デジタルマーケティング部)、PR部などは、「マーケティング本部」として括られている場合も多いですが、本部内でそれぞれの「部」として分かれていることが多いですね。
4Pの概念は比較的理解し易いものですが、実務の場でその役割を担うのは、これだけの多くの部署になります。
マーケティングの教科書では、「商品は~」「価格は~」「流通は~」「プロモーションは~」と並列に説明されますが、そこに関わるこれらの部門が、互いの内容を理解し、かつ「環境分析」や「STP」といった、4Pの前提をよく理解した上で活動することが必要になります。
さて、マーケティングの教科書で4Pを完璧に理解したとして、これだけ多くの部署にまたがっている4Pを、どう推進したら良いのでしょうか。
4Pに関わる部署がそれぞれ独自に行動するのでしょうか。
各部署が行動するにしても、4Pの前提となるSTPと全ての行動が矛盾無く首尾一貫しなければなりません。もちろん先に述べたように、4Pそれぞれもお互いに矛盾無く首尾一貫しなければなりません。
加えて、STPから4Pまでを包含する大きな戦略(「コミュニケーション戦略」ではありません。「本来の意味でのマーケティング戦略」)が必要になります。
※「本来の意味でのマーケティング戦略」については後ほど触れます。
大事なポイントですので、より具体的なイメージを持っていただくために、プロセスを更に具体的に見てみましょう。
■さらに具体的なマーケティングのプロセス
先ほどの4Pと同様に、このプロセスに担当部署を当てはめてみましょう。
プロセスを細分化(具体化)したので、更に担当部署が増えました。
※「マーケティング部」と「デジタルマーケティング部」に分かれていることも多い
※図では触れていないが、マーケティングリサーチ(市場調査、顧客調査、競合調査など)もマーケティングの範疇に入る。
※図には「ブランディング」が無いが、上記の活動全てがブランディング活動に繋がる(ブランディング自体が非常に大きいテーマなので、ここでは触れません。機会があれば別途考察してみたいと思います)。
※「需要予測」や「在庫管理」はマーケティングとは関係無いだろうと思われるかもしれませんが、ここがしっかりと機能しないと、いくら「マーケティング」がしっかり出来たとしても、機会損失を被ったり、過剰在庫・不良在庫によって大きな損失を被ったりします。
私自身は、5社中3社でマーケターとして「需要予測」を担当しました(無理やり / 仕方なくやらされたこともあります)。予測ミスによって手痛い目にも何度も遭いました(笑)。
■マーケティングのプロセスにおける各部署の役割
さて、この図を元に、少し想像力を働かせてみましょう。
貴方が商品企画担当だとします。先の例に挙げたターゲットを想定して商品を開発しました。
「都会で働く美容意識の高い30代の独身女性をターゲットに、少し高価だが自然由来で身体に優しいというポジショニングのサプリメント」
素材や効能は徹底的に研究し、練り上げました。付加価値の高い高価格商品なので、パッケージも高級感のある、そして「自然由来」が伝わるような優しいデザインにしました。
この後は、それぞれ以下の部署が頑張ることになります。
以下の部署は、企画担当の貴方の思ったとおりに動いてくれるでしょうか?
貴方が企画した商品が最も効果的に売れるために、アクションしてくれるでしょうか?
各部署が理想的に動いてくれると、例えば以下のようなアクションになります。
マーケティング部(デジタルマーケティングを含む):
商品企画担当である貴方が想定したターゲットに向けて、商品特性がしっかりと刺さるようなメッセージを開発し、広告を制作してターゲットの目に触れるような媒体(メディア)に露出する。広告以外にも、自社SNSやインフルエンサーの起用も検討。発売時の「キャンペーン」を考え、店頭で掲示するためのポスターなども制作する。
PR部:
プレスリリースを配信する。想定したターゲットが良く見る有力な媒体に対しては直接アポ取りをして、商品のアピールに行く(プレスキャラバンなどと言われています)。大型商品の場合は、記者会見を開いたりもします。その場合は、狙ったターゲットに刺さるようなニュースとして取り上げられるようなプレゼンテーションの仕方や仕掛けを考えます。
店舗販促部:
店頭での見せ方を考える。商品特性が端的に伝わり、高級感のあるPOPやポスターを考える。
営業部:
新商品のために、ドラッグストアで棚を確保すべく商談に行く。従来のサプリメントよりも高価格かつ高級感のある商品なので、従来の陳列場所と違うところでの陳列を交渉する。加えて、店舗販促部が考案したPOPを活かした陳列方法を交渉し、ポスターの設置も交渉する。
この新商品の販売にあたって、新たな販路が必要な場合は、営業部は販路開拓に行きますし、自社店舗があれば販売員向けのマニュアルやトレーニングが必要になります。それを担当するのは、「店舗管理部」や「トレーニング部」かもしれません。
店舗販売に加えてネット通販を実施している企業の場合は、更にECサイト上でどう見せるかをダイレクト販売部が考えます。マーケティング部が考える商品の見せ方と、「サイト上で購入してもらうための見せ方」は必ずしも同じとは限りません。とは言え、統一されたブランドイメージを壊すような見せ方はNGとなります。
■一気通貫
~マーケティングのプロセスにおいて各部署が理解しておくべきこと~
各部署が「実施すべきこと」を書き連ねましたが、これらの活動は、全て以下の要素が矛盾無く、首尾一貫していなければなりません。冒頭に挙げた小論(パソコン誌に寄稿した文章)では、これを「一気通貫」と呼んでいます。
ターゲット: 都会で働く美容意識の高い30代の独身女性
商品: 少し高価だが自然由来で身体に優しいというポジショニングのサプリメント
営業部門は、ターゲットや商品特性、商品の位置付け(ポジショニング)を十分に理解した上で、ドラッグストアのバイヤーに対して「この商品を扱えばどれだけお店の利益に繋がるのか」を説明します。「だからこういうポスターを掲示すれば効果が上がるし、売上を上がるためにこういうPOPを設置、こう陳列するとお店のためになりますよ」と説得します。
営業部は、ターゲットや商品の理解に加えて、ポスターやPOPの意図も良く理解する必要があります。
ポスターやPOPを制作する店舗販促部は、それが店頭でどう使用されるか、どう使用すれば効果が上がるか、店頭での使用に制約は無いか(そもそも棚に置くスペースがあるのか、店舗の販売員が嫌がるようなデザインや大きさではないか)、などを十分に理解して制作する必要があります。
商品企画部門も、パッケージデザインに当たっては、「パッケージ単体の見た目」だけでなく、「店頭に陳列された時にどう見えるか」をよく理解してデザインを進める必要があります。営業部門や店舗販促部と一緒に、陳列された状態でどう見えるか、意図通りに見えるか、などをシミュレーションして確認するのも良いかもしれません。
webサイトやPR、SNS発信なども同様です。
繰り返しますが、一気通貫が重要です。
こう書くと当たり前のように見えるかもしれませんが、これが意外に出来ていない企業が多いのです。
商品企画担当、コミュニケーション担当(←これを「マーケティング担当」と呼ぶ企業が多い)、営業担当、店舗販促担当などのそれぞれの担当者はー自分の担当範囲のみを見ていてー首尾一貫していないことに気づいてすらいない場合もあります。
なお、ここでは「一般的なマーケティングのプロセス」をベースにして一気通貫と部署の連携について書きましたが、これと異なるプロセスであっても、複数部門が関わる限りは、同じことです。
■一気通貫でない例
上記の例では、各部門がターゲットや商品のポジショニング、そして他部門の意図をよく理解して動いてくれる理想的な例を示していますが、首尾一貫・連動どころか、基本的なコンセンサスすら出来ていない、あるいは他の部門を考慮せずに企画が進んでしまうようなことがしばしば起こります。
ある大手企業商品企画部門のリーダーの話
以下は、私がコンサルティングを担当したある大手企業の商品企画部門のリーダーの話です。
「戦略的な商品をリリースしても、営業部は売りやすい従来商品ばかりを取引先(小売店など)に重点的に売るのです。店舗販促部の考える店頭陳列は従来商品を目立たせるようなものになり、マーケティング部は通り一遍の情報発信で、戦略商品をプッシュするような動きをしてくれません」
他にもいくつか例を挙げてみましょう。
あるスポーツブランドでのお話
■商品企画担当者
「次のシーズンは、いよいよ大市場であるランニングカテゴリーの商品(ウェア)を出したいと思います(ドヤッ!)。」
■上司からの質問
「ランニング市場は、大手ブランドが凌ぎを削っている大レッドオーシャン状態ですが、どう戦いますか?」
「ランニング市場で成功しているブランドは、全てシューズが強い強力なブランドです。うちはウェアだけしかありませんが、ブランド力的にどう戦いますか?」
「営業部門が頑張ってくれて、スポーツ量販店のランニングコーナーにうちの商品を陳列してもらえたとして、ランニングに興味のあるお客様は、ランニング市場でプレゼンスの無いうちのブランドのウェアを買ってくれますか?買ってくれる理由はありますか?」
「いずれ予定されているシューズが投入されるタイミングで、ランニング市場攻略の全体戦略をしっかり立ててからランニングウェアを出すのが良いのではありませんか?」
4Pのうち、Product(商品)は良く考えられていたかもしれませんが、Place(流通)やPromotion(プロモーション)が考えられていません。そもそも「ターゲット(顧客)」もどの程度考えられていたか不明です。「売り方」を考慮せずに商品が企画されてしまうことはしばしばあります。
上司が止めてくれて、営業やマーケティングまで話が行かなくて良かったですね。
あるメーカーのお話
■マーケティング部門
「〇〇というキャンペーンをやります。◆◆というCMを流します。△△という店頭パネルを用意しました。よろしくお願いします」。
■営業部門
「そういうキャンペーンは取引先(GMSとか百貨店とか専門店とか)には響かないよ」
「そもそも取引先の売場にそんなパネルを置く余裕は無いよ」
■自社店舗(取引先に加えて自社店舗もある場合)
「店頭にはすでにパネルだらけ。△△パネルなんか置けないよ。代わりにどのパネルを外せばいいの?」
4Pのうち、Promotion(プロモーション)は考えられていますが、(流通)が考慮されていない例です。
次は、もっと卑近な日常のオペレーションレベルの事例です。
自社店舗とECを持つある企業のEC部門のお話 1
■ECマーケティング部門
来週は全店でこの商品が大きくプッシュされます。我々もトップページ、メールマガジンで大きくフィーチャーしてガツンと売ります!
■EC在庫管理部門
(後日)その商品、在庫を十分に用意していませんでした・・・
→ 結果、半日で売り切れて、週末の間ずっと欠品し、メールマガジンを見てアクセスしたお客様からクレームの嵐。
自社店舗とECを持つある企業のEC部門のお話 2
■ECマーケティング部門
ECサイト上で:期間限定で、商品を購入されたお客様に◯◯というノベルティを差し上げます!
■店舗部門
ECサイトのキャンペーンを見て、「店舗で購入してもノベルティが貰える」と思って来店されたお客様からクレームを受けた
→ 本来はECサイト上での告知で「ECサイト限定! ※店舗では実施していません」がしっかりと伝わるようにしておくべきだった
これらは日常のオペレーションレベルの小さな例ですが、施策を実施するために必要な他部門との連携が考慮されていない、他部門への影響を考慮していない(ECサイトの情報を見て店舗に行くお客様がいることをECマーケティング担当者が理解していない。店舗への影響を考慮していない)、という例です。
こうした小さいレベルですら他部門との連携が必要になります。
マーケティングの教科書には、「4Pを理解しましょう」「4PはSTPに沿ってそれぞれ矛盾無く考えられなければなりません」とあります。それは理屈としてはもちろん正しいのですが、ビジネスの現場では、それをどのように現場に落とし込んで実現させるかが重要です。
ここまでは、比較的シンプルな4P連携や複数部門の連携の例を挙げました。
次に「戦略レベル」での連携についてお伝えしたいと思います。
失敗例ばかりを挙げてきたので、戦略レベルで上手くいった事例を挙げてみます。
■戦略レベルでの連携の事例
あるスポーツブランドの新市場進出事例
【事業戦略】
新興スポーツブランドXは、商品ラインはほぼコンプレッションインナー(身体にピッタリと張り付くようなインナー)とTシャツのみであり、野球カテゴリーでの売上がほぼ全てだった。
コンプレッションインナーは、優れた吸汗速乾性能(汗を素早く吸い、素早く蒸発させる)、高い伸縮性(身体の動きを邪魔しない)など、それまでのスポーツウェアに無い「高い機能性」が特徴であり、実際に使用しているユーザからは高い評価を得ていたが、スポーツ市場でのXブランドの知名度はまだまだ低かった。
そうした中で、次に「ゴルフ市場」に進出しようと考えた。 ← 事業戦略
【状況】
ゴルフウェア市場で最も売上の大きいのはポロシャツであり、同市場で成功するための本丸は、ポロシャツだった。
しかしXブランドの認知度は極めて低く、そんな中でゴルフ向けポロシャツを発売しても売れる見込みは低かった。
ゴルファーは「ブランドとデザイン」でウェアを買う(←顧客インサイト)。見たことも聞いたこともないブランドのポロシャツを買ってくれるゴルファーなどいそうに無かった。
そもそもとしてX社はゴルフ販売店との取引すら無く、有名プロゴルファーとの契約も無かった(ゴルフウェアは、プロゴルファーに着用してもらってロゴを露出したり、有名ゴルファーをカタログに掲載したりするのが一般的)。
更にゴルフ市場は、巨大な海外ブランドから国内の有名ブランドまで多数のプレイヤーが参入、高額の契約金で有名ゴルファーをブランドアンバサダーとしており、無名で資金力も無い新ブランドがノコノコと参入するには大きな壁が立ちはだかっていた。
【カテゴリー参入戦略】
こうした状況の中で、X社は「コンプレッションインナーでゴルフカテゴリーに参入する」ことを決断した。コンプレッションインナーは同社の最も差別化された強力な商品であり、またゴルファーにとっての便益も高かった。
※X社社員は実際に、真夏のゴルフラウンド時にポロシャツの下に長袖のコンプレッションインナーを着用しており、そのメリットを強く実感していた。
汗をかいても素早く乾いて不快感が少なく、汗を蒸発させる気化熱でむしろ涼しさを感じる。
UV加工によって、疲労の大敵である日焼けを抑える。
身体に密着しながら、高い伸縮性のために身体の動きを一切妨げない。
素肌にポロシャツを着用すると、スイング時に肩口のひっかかりが気になるが、インナーの着用によって滑りがよくなって引っかかりが抑えられる。
コンプレッションインナーでゴルフ市場の中で知名度・ブランド力を高めた後に、本丸のポロシャツ市場を攻めるという戦略だった。 ← ゴルフカテゴリー参入マーケティング戦略
但し当時、夏場にポロシャツの下に長袖インナーを着用するゴルファーはゼロだった。
夏場は、素肌の上に直接半袖ポロシャツを着用するのが一般的だった。
つまり、長袖インナーどころか「ポロシャツの下にインナーを着用する」こと自体があり得なかった。
ゴルフカテゴリー参入に当たってゴルフの展示会に出展し、来場者(アマチュアゴルファー)にアンケート調査をかけたところ、「半袖ポロシャツの下に長袖を着用するスタイル(見た目)」に対しては否定的な意見が多く、参入戦略のハードルの高さが伺えた。
【各機能毎の戦略】
差別化されたコンプレッションインナーでゴルフ市場に参入する、という全体戦略(ゴルフカテゴリー参入マーケティング戦略)に基づいて、各機能(部門)毎の「機能戦略」が立てられた。
■商品戦略
ゴルフ市場参入に対してのブランドとしての本気度を示すために、ポロシャツ、ボトムスなども用意した。
インナーのみで参入すると、「インナー(だけの)ブランド」に見えてしまうためだった。
とは言え、インナーをメインに参入する戦略だったため、ポロシャツ、ボトムスなどは必要最低限の品揃えに留めた。
■営業戦略
「コンプレッションインナーでゴルフカテゴリーに参入する」ことがマーケティング上の大戦略だったため、営業部門は、ゴルフ販売店との商談では「インナーを取り扱ってもらうこと」を最大の重点ポイントとした。「最悪、ポロシャツ、ボトムスは扱ってもらわなくても良い(インナーだけは必ず入れろ!)」が合言葉だった。
商談に当たっては、「ゴルファーが夏に長袖インナーを着用するメリット、店頭での展示・訴求方法、ユーザ(ゴルファー)に訴求するプロモーションプラン(雑誌広告など)」などをインパクトあるビジュアルでわかりやすく説明した商談用資料をマーケティング部が用意した。
■コミュニケーション戦略
マーケティング部門は、「真夏に長袖のインナーを着用することがゴルファーにとっていかに価値があるか」を徹底的に訴求した。従来は「総合カタログ」しか制作していなかったが、初のカテゴリー専用カタログ(ゴルフ専用カタログ)を作った。
カタログの表紙には、ゴルファーがインナー姿でスイングしているビジュアルを使った。
カタログ内のモデル写真は、「長袖インナーに半袖ポロシャツ」のスタイルを徹底的に訴求した。
ゴルファーはウンチク好きが多いため(←顧客インサイト)、コンプレッションインナーのテクノロジーやベネフィット(顧客価値)をテクニカルに説明した。合言葉は「モノマガジンっぽく、徹底的にカッコよく見せ、説明する」だった。
その際、コンプレッションインナーの一般的な機能・ベネフィットだけでなく、それを徹底的に「ゴルファーのベネフィット」に落とし込んだ説明がなされた。
(例)
汗を素早く吸収して素早く乾燥させ、プレイ中の不快感を軽減する
高い伸縮性によりスイング動作を一切阻害しない
インナーの着用により、スウィング時に気になるポロシャツの肩口のひっかかりも解消。
(UV加工により)ゴルファーの疲労の原因となる日焼けを抑制し、最終ホールまで集中力を維持させる。
またゴルフ市場は口コミ効果が高いため(←顧客インサイト)、大手ゴルフサイトとタイアップして、「Xブランド・ゴルフコミュニティページ」を立ち上げた。コミュニティ内では、Xブランドのインナー着用体験の口コミを集めたり(もちろんステルスマーケティングは無し)、同サイト内の人気ブロガー(アマチュアゴルファー)を集めてのインナー着用体験会(実際にインナーを着用してラウンドしてもらうイベント)を実施し、ブロガー達による口コミ拡散などを実施した。
営業部が頑張ってコンプレッションインナーを扱ってもらえた店舗には、長袖インナーのメリットをしっかり訴求するPOP、パネルをマーケティング部が用意し、これまた営業部が頑張って設置してもらった。
結果、「真夏に半袖ポロシャツの下に長袖インナーを着用する」というスタイルは広く普及し、他ブランドもこぞって長袖インナーを発売。ゴルフ販売店にそれまで存在しなかった「インナー売場」が生まれることとなった。
Xブランドはゴルフ市場において「高機能スポーツブランド」という高いイメージを築き、その後、ポロシャツ、ボトムスなども順調に売上を上げるようになった。
この事例を図式化すると以下のようになります。
骨太の市場参入戦略(マーケティング戦略)をベースに、各機能の個別戦略があります。
個別戦略は参入戦略に沿っており、かつ相互に強め合う関係になっています。
ここであらためて思い出していただきたいのは、「マーケティング」はコミュニケーションだけではない、商品企画だけではない、全てがマーケティングの機能であり、1つの戦略にしたがって、それぞれの機能が連動しなければならない(一気通貫)、ということです。
繰り返しますが、「マーケティングとはいかに伝えるか(コミュニケーション)である」という理解では、この「全体戦略」は生まれません。そして、商品戦略や営業戦略などとの強固な連携も生まれません。
更に、個別機能戦略(商品戦略、営業戦略、コミュニケーション戦略)に基づいて、「個別戦術(施策)」が検討・実行されます。
個別戦略がしっかりしていれば、個別戦術(施策)もブレがありません。
逆に、例えば営業戦略(個別戦略)がしっかりしていないと、ある店はポロシャツだけが扱われたり、ポロシャツを売り込もうとして結果どの商品も扱ってもらえなかったり、といったことが起こります。あるいはインナーを扱ってもらえても、店頭でゴルファーに訴求できないような陳列をされてしまったり、などが起こります。
コミュニケーション戦略(個別戦略)がしっかりしていないと、あるいは全体に共有されていないと、例えば「カタログでは長袖インナーに半袖ポロシャツのスタイルが全面にフィーチャーされているのに、webサイトではポロシャツが目立っている」や、「コミュニティではポロシャツの口コミばかりになっている」といったことが起こります。
マーケティング部門(コミュニケーション担当部門)の中でも、VMD担当、web担当、カタログ担当、広告担当、コミュニティ担当、全てがコミュニケーション戦略に沿って動くことが大事です(下図)。
■本来のマーケティング
ここまで事例などを挙げて色々と書いてきました。
長らく引っ張ってしまって申し訳ありませんが、以下が本稿でお伝えしたい、本来のマーケティングです。
全体戦略を構築し、全体戦略を組織全体に落とし込む
(全体戦略に沿った関係部門の個別機能戦略やアクション・連携をマネージする)
先のゴルフの事例で言えば、「最も差別化された商品であるコンプレッションインナーでゴルフ市場に参入する。同商品でゴルフ市場の中でブランドを高めた後に、本丸のポロシャツ市場を攻める」という参入戦略が、「本来のマーケティング戦略」と言えます。
更に言えば、そもそも「ゴルフ市場に参入する」という事業戦略もマーケティング戦略と言っても良いでしょう。
様々なスポーツカテゴリーを見渡して、自社の強み・弱み、リソース、競合状態、チャネル、顧客などを深く分析した上で、「どのカテゴリーに参入するべきか(サッカーか、ラグビーか、バスケットボールか、ゴルフか…)」を考える訳です。(これは厳密に言えば、「戦略目標の設定」です)。
この事例を振り返ればご理解いただけると思いますが、「全体戦略を考え、戦略を組織全体で遂行する(※)ためにマネージする」ということは、先に説明したマーケティングプロセスでいうと、「環境分析→STP→4P」の全てをマネージする、ということになります。 ※「全てを自ら実行する」ではありません。
これだけの範囲をカバーするとなると、事業部単位であれば「マーケティング=事業運営」、単一事業の企業であれば「マーケティング=経営」に限りなく近くなります。
■とは言え現場ではどうすれば良いのか?
■総論(やるしかない)
さて、本来のマーケティングは、「全体戦略を構築し、全体戦略を組織全体に落とし込む」としました。
ところで、その「本来のマーケティング」を実現するために、全体戦略は誰が考え、戦略に沿った各部門の機能戦略やそれぞれの連携は誰がマネージするのでしょうか?
冒頭の小論で触れたブランドマネージャー制が機能している企業(「ブランドマネージャー制がある企業」ではありません)であれば、ブランドマネージャーが担うでしょう。ブランドマネージャー制が機能している企業であれば、そもそもとして各部門が連携する組織的な仕組みやマインドもあります(←ここは非常に重要です!)。
では、ブランドマネージャー制が機能していない / 各部門が連携する組織的な仕組みの無い大多数の企業では、誰がどうやるのでしょうか?
結論としては、「マーケター」になります。
これがマーケターの本質的な役割です。
※「機能しているブランドマネージャー」は「本来のマーケター」と言えます。
ところがこれを一般の企業の現場で実現するとなると、かなりの困難が伴います。
優秀なマーケターが素晴らしい戦略を考え、個別部門の戦略も考えたとして、(関係部門も含んだ)組織全体で、その素晴らしい戦略や個別部門の戦略を実施し、連携してくれるのでしょうか?
組織全体、各部門は、そんなに便利に動いてくれません。
CMOが担うという考え方があります。
一方で「CMO制を導入するだけでは成功しない」「優秀なマーケターを1人採用するだけでは成功しない」とも言われています。それは繰り返しお伝えしているように、「マーケティングを理解している組織」「全体としてマーケティングが機能する組織(各部門が連携する仕組みも含む)」が必要だからです。
私が在籍していたある企業では、マーケティングで有名な外資系企業から転職してきたマーケターが、短期間の間に次々と退職して行きました。「彼らの考えるマーケティング」と、「その企業におけるマーケティング」に乖離があったからです。
トップを始めとするマネジメント層がマーケティングの重要性とその役割を正しく理解した上で優秀なCMOを設置すれば、CMOはその責務を果たしやすいでしょう。
但し、CMOの役割(責任範囲)が「リアルマーケティングとデジタルマーケティング、PRを統括する」くらいでは、全くカバーできません。この役割は「情報発信(マーケティング・コミュニケーション)」に限定されているからです(先に説明したように、「コミュニケーション」はマーケティングの中の極々一部の機能に過ぎません)。
昨今、マーケティングで有名な企業のOBなどをはじめとする優秀なマーケターをCMOとして迎えたり、コンサルタントとして導入する例が増えています。
そういう企業は、少なくともマネジメント層に「マーケティングをなんとかしなければいけない」という意識があります。マネジメント層が本来のマーケティングまで理解していなかったとしても、なんとかしなければいけないという意識があれば、CMOは動きやすいでしょう(そこからマーケティグ志向の組織に変えるのもCMOの役割です)。
少なくともマネジメントが「マーケティングを変えなければ」という意識を持っていれば、これまでに述べてきたような「本来のマーケティング」を実施できる素地(少なくとも可能性)はあると言えます。
しかし残念ながら「そうでない企業」が圧倒的多数なのです。
では、そうでない企業/環境下で、「(本稿で言うところの)本来のマーケティングをやろう」と考える、志あるマーケターはどうすれば良いのでしょうか?
冒頭で、こうお伝えしました。
「本稿は、本来のマーケティングが機能を持たない企業で活動されているマーケター(と呼ばれている人達)を主な対象として想定しています」
例えば、webマーケティング/リアルマーケティングの一部あるいは全てを担当されている人、商品企画担当の人、プロダクトマネージャーと呼ばれている人、マーケティング部の課長、部長クラスの人、CMOに任命された人、などなどです。
マネジメントのマーケティングに対する意識が低い、マーケティングの意義や役割を理解していない、まして他部門はマーケティングのことなど全く理解していない、せいぜい「広告を作る部門」程度に思われている。あるいは、「商品を企画するだけの部門」と位置づけられている。
※実際に自分をそう位置付けているマーケティング担当者、商品企画担当者も多くいます。例えば「商品を企画したら、後は営業、マーケティングにお任せ」という商品企画担当者、「商品が出来上がって来たら、リアルマーケ担当、webマーケ担当にそれぞれ『施策を考えてね』」というマーケティング部長など。
そうした環境下で、どうすれば良いのでしょうか。
手前味噌で恐縮ですが、私の経験を少しお話させていただきます。
マーケティング・マネージャーという立場であったことはありますが、CMOのようなポジションであったことはありません。
ブランドマネージャー的な役割を作り上げたというような格好良いお話ではありません。全社の(本来の)マーケティング機能を作り上げたというほどの大それた話でもありません。試行錯誤し、もがいていたら結果としてその形に少し近づいたというお話です。
そして冒頭の小論で書いた「一気通貫(本来のマーケティング)」という考えに至る元となった経験です。
所属した部署は、マーケティング部門の時もありましたし、商品企画部門だったこともあります。「戦略チーム」という機能をマーケティング部門内に作り、自分の異動に伴ってその機能をそのまま商品企画部門に持っていったこともあります。
ぶっちゃっけ「マーケター」はどの部門でも良いのです。
「本来のマーケティング」を遂行することができれば。
※本来のマーケティングが遂行出来るような大々的な組織変更などがあれば、それが理想です。
以下の話は、「そうでない企業」において「どう本来のマーケティングを実現するか」という話ですが、「そうあろうとする企業(本来のマーケティングが機能するような組織を作ろうとする企業)」においても参考になると思います。本来のマーケティングは、組織を作るだけでは足りず、その組織をどう動かし連動させるかが重要だからです。
■さる伝統的大手製造業での話
―当時の状況―
当時、アナログの精密機械が事業の中心の企業で、「新規事業」としてパソコン周辺機器を開発・製造していました。同社は技術力が高く、同分野では世界最高スペックの製品を開発していました。しかしパソコン市場の経験・知見が皆無だったため、OEMビジネスに依存していました。OEMビジネス、つまり製品のエンジン部分をパソコン市場で知名度のある他社に販売し、その他社が自分のブランドで販売していました。私達の社名(ブランド)は表には一切出ません。
企画担当者が社内を説得してなんとか自社ブランド商品の開発・発売に漕ぎつけましたが、パソコン市場において知名度はゼロで、パソコン流通(販売店、商社、代理店など)との取引もほとんど無かったため、月販30台(!)程度でした。
そんな状況の中、私がその事業部の営業部門で「マーケティング担当」になりました。
私はパソコン市場は全く知らず、マーケティング経験はなく(!)、ついでにペーペーの若造でした。マーケティングについても市場についても教えてくれる人はいませんでした。
技術先行型のビジネスのため、事業部では開発部門の力と声が圧倒的に強い状況でした。
開発部門からは、「(俺達が開発した)世界一の製品を、アホな営業が安くOEM販売している」と言われていました。
しばらくして私のいた営業部隊は、販売子会社に移管されました。
元々の営業部隊はOEMやパソコン商社などを担当し、移管先の販売会社の営業マンは小売店を担当する分担です。
販売会社はパソコン関係の商品を扱ったことはなく(なにしろ精密機器を売る会社ですから)、営業の人達は「パソコンのパの字」も知りません。パソコンを触ったことすらありません。
営業サイドをバカにしている開発部隊、パソコンのパの字も知らない販売子会社の営業の人達。
販売子会社の営業の人達からすれば、我々は、本社から突然来た何者ともわからない製品を扱う、何者とも知れない人達、でした。
周りを巻き込まなければならない「マーケター」としては、最悪の状況と言えました。
マーケティング経験の無い私は、最悪の状況であるということすら認識できていませんでした(笑)。
―PR作戦―
営業力に頼れないので、まず「プル型」の作戦を始めました。
パソコン誌の「プロダクトレビュー(製品評価記事)」に取り上げてもらい、高評価の記事を掲載してもらうことによって、認知度を高め、店舗で指名買いしてもらう、という作戦です。
いわゆる「PR活動」です(お金も無いので広告を出すこともなかなか出来ませんでした)。パソコン業界で知名度ゼロの会社だったので、雑誌に取り上げてもらう苦労は色々とありましたが、そこは省略します。
元々世界一のスペックの製品ですから、概ね評価の高い記事が出ました。
それまで自分達の開発した製品が、OEM先(他社ブランド)の製品記事でしか見られなかったのが、自社ブランドで露出するようになると、開発者達のモチベーションは上がりました。また、「マーケティングの奴もなんか仕事しているようだな」とーほんの少しだけー思ってくれるようになってきました。
高評価の記事が出ることによって、ユーザの指名買いが少しずつ出てきました。
そうなると、パソコンを知らない営業の人達も売り込みやすくなってきます。
営業の人は、「売れるものを売る」のが好きです。お店で売れない商品をバイヤーに売り込みに行くほど辛いことはありません。
―営業との関係―
営業の人達には本業(以前から売っている精密機器)があります。私達の商品は取引先のバイヤー(パソコン周辺機器担当)も違いますし、ましてパソコンのことを全く知らないので、わざわざ商談に行くのは面倒(苦痛?)でしかありません。
私は営業担当者に同行して、小売店やパソコン商社のバイヤーに会いに行きました。
もちろんバイヤーとのやりとりや、店舗の売場担当、店頭陳列などについいては営業担当の人の方が私よりもはるかに詳しいわけです。ですので、営業担当の人には良く相談しに行きました。
こうして営業担当の人達とも少しずつ(←ほんの少しずつです)関係性が出来てきました。
営業担当の1人にAさんという人がいました。マネージャーではないけれど営業スキルが抜群で、マネージャー達も一目置く「営業の達人」という人です。そういう営業の人、貴方の会社にもいませんか?
Aさんは本当に優秀な営業パーソンで、私は思い切り頼りました。よく相談に行きました。すると、このAさんが段々と私の味方になってきてくれたのです。Aさんが味方になってくれると強い。「Aさんが良いと言うなら / Aさんがやるというなら」と、他の営業担当者達が徐々に一緒に動いてくれるようになってきたのです。
PR活動で指名買いが増えてきたり、関係性が出来てきたこともあり、営業の人達も私の言うことを少しずつ聞いてくれるようになってきました。
「店頭にこんなPOPを設置したらどうでしょう?」「こういうポスターを貼ってもらえますか?」「もっと良い場所に商品を置いてもらうにはどうしたら良いですか?」「こういうキャンペーンをやりたいのですが、どうでしょう?」等々。
販売子会社の人達は、従来から関係のあった本社の他の事業部との付き合いの中で、「本社の企画担当者は頭でっかち / 口だけ / 現場を知らない」というイメージがあったようですが、「相談する、一緒に動く、成果が出る(売れる)」ことによって、そうしたイメージを少しずつ変えていけたようです(繰り返しますが、本当に「少しずつ」です)。
―ユーザ像―
マーケティング担当になって真っ先に実施したのが、「愛用者カード」の改変でした。
当時、顧客登録の方法として「愛用者カード(ハガキ)」を返送してもらっていました(まだインターネットが普及する前でしたので)。このハガキを改変して、購入者の所有しているパソコン、OS、他に持っている周辺機器、主に使用するソフトウェアなどのユーザ環境と共に、「この商品をどこで知ったか」「どこで購入したか」「購入した理由は」などの、購買行動を聞くようにしました。
それをデータベースに登録します(データベースも私の手作りです)。データベース化したお陰で、様々な分析が出来るようになります。
所有パソコン、OS、所有する周辺機器、ソフトウェアなどで、「ユーザ像」はかなり明確にわかります。また購買行動も見えてきました。購買行動が把握出来るようになったことで、前述のPR活動の効果が非常に大きいこともわかりました。
こうした分析内容を、開発・営業部門に伝えました。どういう特徴のパソコンユーザ達が、どのような理由で商品を買ってくれるのか。
これもマーケティング担当がやっていること、その成果を少し理解してもらえることに繋がってきました。
―ユーザ調査―
続いて実施したのが、「ユーザ調査」です。
登録ユーザにアンケートを実施して、「どのように使っているか」や「製品の満足度」について調べました(登録ユーザにアンケートを送信するにあたっても、データベースが活躍しました)。
性能(速さ)、静粛性、サイズ、その他使い勝手など。
すると、多くの項目で満足度が極めて高い一方で、いくつかの項目での不満点(改善点)があることもわかりました。
この内容も開発部門に伝えます。
OEMばかりでエンドユーザーの声を聞いたことの無かった開発部門は、調査結果に驚くと共に、改善点を把握できました。
―ネットの活用―
Windows95が出てインターネットを使うユーザが増えてくると、商品をプロモーションする専用のwebサイトを立ち上げました。
今では、コーポレートサイト(企業サイト)とは別に独立したマーケティングのためのサイトを持つのは当たり前ですが、当時、ナショナルブランドとしては(たぶん)初めてでした。
カタログ情報だけでなく、イラストやストーリー仕立てのマンガ、アニメーションなどで魅力的なコンテンツを作りました。
※当時、ネット上でのアニメーション(絵が動くこと)自体が画期的だったので、それ目当てでネットの先進ユーザ達がアクセスしてくれました(笑)。
ある程度のアクセスが見えてきたところで、「開発秘話」を掲載しました。
世界一の製品を作るために、開発者達がどのような想いで開発に携わっていたのか、どんな苦労をしたか。そしてどう成果を上げてきたのか。
開発秘話制作のために取材を依頼した当初は「そんなものなんの役に立つんだ?」と怪訝そうだった開発者達でしたが、コンテンツが出来ると喜んでくれました。
このコンテンツはユーザからの評判が良く、アクセスも多く集まりました。
余談になりますが、競合企業の技術者から、「御社の開発秘話を見て感動しました。仕事に対するモチベーションが下がり気味でしたが、やる気が出てきました」というメールが来た時は、感激しました。
これらの声も、開発者達のモチベーションを上げることになりました。
―商品への口出し―
開発部門は、商品デザインはマーケティングに任せてくれていました。が、私から見て最悪だったのがマニュアルでした。いかにも技術者が書いた、味も素っ気もなく、そして分かりづらいマニュアル。このマニュアル作りをマーケティングサイドでやらせてもらうようにしました(もちろん、技術的な監修は開発部門に実施してもらいます)。
マニュアルの次に実施したのが「セット商品」です。
パソコン周辺機器は、今ではUSBで簡単に接続できますが、当時はパソコンと接続するために、特別なインターフェイス用の機器(SCSI(「スカジー」と読みます)という規格に沿った基板)や、デバイスドライバーというソフトウェアが必要でした。つまり周辺機器に加えて、SCSI機器やソフトウェアを別途購入する必要があったのです。
それはユーザにとってはかなり面倒な手間でした。そこで「自社の機器にSCSI機器やデバイスドライバーを加えたセット商品(それだけ買えば、すぐにパソコンに接続できる)」を作って欲しいと開発部隊に依頼しました。
これはかなりの抵抗がありました。
パソコンやOSの種類によってセット内容も変わるので、全部で数種類のセット商品が必要になります。新しいOSが出たら、セット内容も変える必要があります。
「そもそもそんなセット商品なんか要らんやろ」「新しいOSが出たって、世の中の人のほとんどは旧OSを使ってるだろう」
厳しい言葉を投げてきた開発担当者は1年後、「お前の言っていたことが、今頃わかったよ」と言ってくれました。
無事セット商品は出来たのですが、このデバイスドライバー(ソフトウェア)の原価(仕入れ値)が高かったのです。セット商品にした時のセット価格へのインパクトが大きい。調達は開発部門がやってくれていました。担当している人は技術にめっぽう詳しいのですが、交渉ごとにあまり関心がありませんでした。
そこで、新商品に切り替えるタイミングで私も交渉の場に同席させてもらいました。というか、私が交渉させてもらいました(笑)。「今度の新製品はこれまでとは全然違います。我々も相当な覚悟で売るつもりです。今まではこのくらいのボリュームでしたが、今度の新製品は◯◯台以上売るので、なんとか◯◯円にしてもらえませんか。」「ええっ!? そんなに出るんですか!?」という訳で、価格を大幅に安くしていただけました。
―ブランド化(商品に名前を付ける)―
従来、商品名は無く、「型番」だけでした。
世界一の性能を誇るハードウェアであることを示すため、そして単に「高性能」だけでなく「ブランド化」するために、「商品ブランド(名)」を作りました。
開発部隊からは例によって「型番だけで十分やろ。そんなもん、なんの必要があるんや?」と言われましたが、なんとか実施してもらいました。
その後、商品ブランドのプレゼンスが市場で高まってくると、開発部隊の人達も誇りに思うようになっていきました。
―技術のブランド化―
世界一の性能の背景には、同企業のある優れた技術がありました。競合は日本を代表する大企業達でしたが、その技術領域については、我々の企業は突出した強みを持っていたのです。この技術的な強みを強く打ち出したいと考え、この技術にも名前を付けました。一般の例で言うと、例えば「トリニトロン」「ゴアテックス」「キシリトール」「アイサイト」のようなものです。
技術をブランド化することによって、より強く訴求することが出来ます。
この技術のブランド名は、開発部門の人達に公募しました。
―他社製品ユーザの調査―
先に実施したユーザ調査は、自社製品のユーザを対象としていました。満足度は高かったのですが、「他社製品のユーザと比較してどうなのか」がわかりません。そのために先のマーケティングサイトを活用しました。
これも今となってはごく当たり前ですが、当時webサイトでアンケートを集める試みは、自分が知る限りありませんでした(当時そもそもwebサイトは「一般的な企業情報」を発信する場でしたので)。
web調査の結果、他社製品と較べて自社製品ユーザの評価・満足度が極めて高いことがわかり、これで自社商品に対する自信を強く持てるようになりました。
この結果も、開発部門や営業に伝えます。
この頃になると、営業やマーケティングを馬鹿にしていた開発部門も、私達の言う事ややることをある程度信用してくれるようになってきていました。
開発の企画担当者(かなり年上の大先輩)から「お前のお陰でユーザ像がかなり見えて来た気がするよ」と言われたのは、とても嬉しい出来事でした。
―新商品のコンセプト作り―
扱っていた商品は単機能商品だったため、当初は「性能を上げ、コストを下げる」というシンプルな開発目標でしたが、ちょっとしたユーザの使い勝手や、前述したようなマニュアル、セット商品、そして商品デザインなどについては『マーケティング担当』から発信していました。
市場・ユーザの情報などもマーケティング担当主体で収集・分析して開発部門に伝えていきました。
後日、事業規模の拡大やユーザ・市場の変化に伴って、新たな位置づけの(単なる高スペックを狙うだけではない)商品を開発することになりました。この際には、マーケティング部門が新商品の『ポジショニング』を再定義して提案するまでになりました。
事例の中では触れていませんが、カタログ、チラシ、広告(web広告を含む)、webサイト運営、ダイレクトメール、ダイレクトFAX、キャンペーン、展示会、PRなどの、一般的なコミュニケーションの役割ももちろん果たしています。
月30台だった自社ブランドの販売台数は、2年後には10,000台を超えることになりました。
―まとめ―
結果として、マーケティング・コミュニケーションはもちろんですが、開発から営業まで、「統括」とは言えませんが、ある程度の「一気通貫」を果たせるようになってきました。
市場分析、ユーザ調査・分析、商品回り、商品コンセプト、導入戦略など、マーケティング担当の役割はコミュニケーション機能から大きく拡大しました。
そして重要なのは、自身の役割の拡大だけでなく、営業部門や開発部門をつなぐ、つまり一気通貫を機能させる役割です。
うまく行った話ばかりをピックアップして書きましたが、それほど簡単ではありませんでした。一足飛びに信用を得ることは出来ません。
「そんな無駄なことを、なんでやらなきゃいけないんだ」とけんもほろろの対応をされたことは何度もありますし、「それは無理だよ、出来ないよ」と言われたことも一度や二度ではありません。
とにかく地道かつ継続的にやるしかありません。
【ポイント】
相手(開発者や営業担当者など)のことをよく理解する(どういう仕事をしているのか、何がモチベーションなのか、何が嫌なのか、組織力学はどうなっているのか、etc.)
小さくても良いから少しずつ成果を上げる。成果が続くと信頼が少しずつ出来てくる
相手にとって役に立つ情報を継続的に伝える
情報を伝えつつ意識を変えていく(開発部隊にユーザや市場、販売店のことを理解してもらう。営業部隊に市場のことを理解してもらう、など)
相談する、意見を求める、同行する、現場に行く
口を出す(嫌われない程度に。とは言え、まず嫌われる(笑))
口だけでなく、自分でやる、手を動かす
最後に補足しますが、営業や開発の人と、ウェットな人間関係はありませんでした。いわゆる飲ミュニケーション的なこともほとんどありません。私のことを人間的に好きだったとか付き合いが良いとは思っていなかったと思います。大事なのは、「マーケターとして信用される」ことだと思います。
■大手アパレルのECサイトでの話
全国に店舗を持つ大手アパレル企業で立ち上がったばかりのECサイトでの経験です。
EC部門は独立した事業部としてPL責任を負っていました(サイトによる店舗への集客などは期待されておらず、自分たちで稼いでEC単独で利益を出す責任があった)。マーケティング、MD(マーチャンダイザー。商品に詳しい担当者)、在庫管理、物流などに担当が分かれていました。
ECサイトの立ち上げ当初は、それぞれの役割や連携がなかなか取れていませんでした。マーケティング担当者が、何人かいるMDに個別に「来週はどの商品が売れそう?」と聞いて、サイト上でどれをフィーチャーするかを考える、というような流れでした。一週間単位でそのサイクルが回りますが、管理帳票もあまり整備されておらず、したがって「振り返り」もあまりされていませんでした。
私がマーケティングに関わるようになり、マーケティングチームの呼びかけで、毎週全部門が集まるミーティングを持つようにしました。当初マーケティングチームのスタッフは、「なんで私達が主催なんですか? それはMDの仕事ではありませんか?」と言っていました。会社全体では、MDが全てのイニシアチブを持っているからです。一般的にもアパレル企業はMDが中心です。
誰が主催しても良いのですが、「全体の連携を取る」という考えを持っていないと、このミーティングは機能しません。スタッフは疑問を持ちながらも、ミーティングを進めてくれました。
―作戦とスケジュールを立てる(巻き込む)―
最初に始めたのは、「作戦とスケジュールを立てる」ことです。この企業は、毎週新聞の折込チラシで店舗にお客様を呼び寄せるのが大きな集客手段でした。つまりチラシの原稿を見れば、全社的にどの商品をどのくらいの強さで打ち出すか(価格も含めて)がわかります。
その情報を元に、「大きなキュンペーンはなにか、どの商品が売れそうか、トップページのメインビジュアルでどの商品をフィーチャーするか、メインの次に目立たせるのはどの商品か」という作戦と、スケジュール表(来週はどうするのか、再来週はどうするのか)を作り、全メンバーに共有するようにしたのです。
この表を元に、全員が集まって毎週作戦会議をします。MD担当はその商品がどのくらい強いか(売れそうか)、マーケ担当はそれぞれどういう優先順位で打ち出すか、商品毎にどういうポイントで打ち出すか、それらを受けて在庫担当はどれだけ商品を用意するか、などを議論します。従来は担当者間の「点」の会話だったのが、全員の議論になってきました。
そして翌週は、前週の振り返りをしつつ、次週どうするかを議論します。
当初、スケジュール表は、メインキャンペーンやメインビジュアル、サブ特集くらいの、とても簡単でささやかな表でしたが、毎週議論を進める中で項目が増えて、どんどん大きくなっていきました。
―実績を把握する(巻き込む)―
スケジュール表と作戦会議と並行して行ったのが、「実績把握」です。ECなので実績把握など当たり前と思われるかもしれませんが、それまではまとまった「実績レポート」がありませんでした。
アクセス数、売上、コンバージョンレート(※)などを、日毎、週毎、月毎に見られる管理表を作りました。これも当初はささやかな表でしたが、毎週の全体ミーティングを重ねる中で、あれも必要、これも必要と、どんどん大きくなっていきました。
把握できる実績や数値が増え、それを関係者全員が見られるようになると、振り返りや作戦会議(いわゆるPDCAサイクル)も質が上がってきます。
最初にマーケ担当が全体の数字、売れた商品/売れなかった商品、アクセスの多かったページ/少なかったページ、コンバージョンレートの高かったページ/低かったページなどを説明します。それに対してMDが商品力を元になぜ売れたか/売れなかったか、在庫担当が振り返り(在庫を持ちすぎた、足りなかった(欠品した))などを報告します。
そうした振り返りを元に、次の作戦を練ります。
※コンバージョンレート:アクセスした人の何パーセントが購入してくれたか
―継続する / 繰り返す(どんどん巻き込む)―
毎週、作戦と振り返りを繰り返します。いわば年に50回、PDCAサイクルを回すことになります。これだけ回せば、嫌でも改善されていきます。あるいは「発見」があります。「メルマガで◯◯と打ち出すと売れる」「サイトのページ構成をこうすればアクセスが上がる」のような小さな発見から、大きな発見まで。こうして、成功パターンを少しずつ積み上げていきました。そして失敗例は繰り返さないように。
―意識の変化―
こうしたサイクルを続けることで、各部門・担当者の意識が変わってきました。何かをする際に、「関係する部門はどこか / 影響の及ぶ担当者は誰か」を自然に考えるようになりました。誰かが全てに目配りしなくても、それぞれが自律的に連携・連動するようになっていったのです。
―ECオリジナル商品―
毎週のPDCAサイクルを回している中で、ある法則が見つかりました。「店舗と違うことをすると売上が上がる」です。
最初はささやかな「違い」でした。話題の商品を店舗よりもほんの少しだけ先行して売る、店舗と異なる「まとめ買い」のセット商品を作る、などです。
そして「店舗との大きな差別化」を図るためにEC事業部のオリジナル商品の企画を始めました。当初は単品商品の単発企画でしたが、ある時、店舗では販売していない「新カテゴリー商品群(アパレルでない商品)」の企画がMDから提案されました。
全く新しいカテゴリー商品群だったので、マーケティングチームからフォーカスグループ(グループインタビュー)の実施を提案しました。商品サンプルを元にフォーカスグループを実施して改良点を見出すなど、企画面での側面支援をしました。フォーカスグループでは、商品性はもちろんですが、「お客様はどういう点をポイントに商品を見ているのか」「どう訴求すればお客様に刺さるか」なども確認しました。
この商品群は、スペック重視で企画されましたが、マーケティングチームがベネフィット(顧客価値)への落とし込みを考えました。フォーカスグループや競合分析を経て、「USP(ユニークセリングポイント。自社商品が持つ独自の価値)」を見極めることが出来、それをベネフィットに落とし込んだ強いキャッチコピーを作り上げました(スペック→USP→ベネフィットへの落し込み)。
この商品の大きな特徴は「肌触り」でした(←マーケティング部門が言語化したベネフィット)。
肌触り!?
ECで最も伝えにくい特徴の1つです。
ECでこの特徴をどう伝えるかが、「戦略の骨子」となりました。
伝えるためにどうすべきかを企画部門とマーケティング部門で徹底的に議論して、いくつかの施策を練り上げました。
その後の経過は省略しますが、結果、成功を収め、この新カテゴリー商品群は、後に店舗でも販売されるようになりました。
―まとめ―
このアパレル企業での事例も格好の良いものではありませんが、少なくともMD、在庫コントロール、マーケティングの各機能がある程度連携する形になったと思います。
私は、「全てを『マーケター』が統括、コントロールすべき」とは思っていません。
いくつか挙げた事例のように、結果として、1つの戦略に基づいて組織全体が一気通貫で動き、連携し、成果を上げられれば良いと考えています。マーケターは、必ずしもコントロールタワーではなく、「媒介役」であっても良いと思います。これは組織の特性や、それぞれの部門の特性、強み・弱みなどにもよると思います。
【ポイント】
関係者全員に同じ情報を共有し、全員で同じ分析をする
状況・施策に対する理解を全員が共有する
一緒に考える、一緒に振り返る
繰り返す。繰り返しながら情報量・分析の深さを上げていく
商品企画に入り込む
商品の「顧客価値」を見極め、言語化する
戦略の骨子を定め、―マーケティング部門だけでなく―関係部門と共に考え、遂行する
■売上分析から事業戦略機能へ
ー売上分析ー
ある企業では、売上レポートが整備されていませんでした。
例えばアルコール飲料メーカーの場合であれば、大カテゴリー(ビール、ウイスキー、ワイン…)などの中に中カテゴリー(ビール> ビール、発泡酒、第3のビール…)があり、更に個別商品といった商品体系があり、大カテゴリー毎、中カテゴリー毎、商品毎に売上を管理・分析するでしょう。
そのためには、各商品と、中カテゴリー、大カテゴリーが紐づけられているデータベースが必要です。
当時私が在籍していた企業では、そうした「カテゴリー体系」がそもそも存在していませんでした。データベースには「カテゴリー」という項目はあるものの、そこに記載されているカテゴリー名は、かなり適当でした(商品登録時にカテゴリーもーシステム上の決まりとしてー登録しなければならなかったのですが、そもそも体系が無いので、商品企画部門の各担当者が商品毎に「思い思いに(適当に)」記入していました。商品企画担当者/企画部門は体系化の必要性を認識していなかったので)。
当時マーケティング担当だった私は、この大カテゴリー、中カテゴリー、小カテゴリーの体型を作り、システム部に依頼して、全ての商品をカテゴリーと紐づけるようにデータベースに登録し直しました。商品企画担当者には、今後この体系を元に商品登録するように依頼しました。
これによって、大カテゴリー毎、中カテゴリー毎、小カテゴリー毎、商品毎の売上を、予算比・前年比・前月比・前週比等で管理できるようになりました。
これを元に、売上レポートを毎週全社に発信し始めました。当初は数字のみの「売上レポート」でしたが、カテゴリー毎の傾向や前年比・予算比などについてのコメントをつけた「分析レポート」に変化していきました。分析のために、営業部門に取引先毎の売上の変化や状況などもヒアリングしました。
マーケティング部門は、当初、文字通りカタログ、広告、店頭POPなどを作ること(マーケティング・コミュニケーション機能)が役割でしたが、こうして「売上レポート」、そして営業部門に対するヒアリングなどをベースにした「売上分析」に踏み込むことで、マーケティング・コミュニケーション機能以上の役割を持つことを、周囲がーなんとなくー感じていきました。
周囲の人達(他部門はもちろん、マーケティング部のメンバー)は、何故私がこうしたことを始めたのかわからなかったと思います。
ー戦略チームー
このような経緯から、その後マーケティング部内に「戦略チーム(コミュニケーションを超えた「戦略」を立案するチーム)」を作ることを提案し、マネジメントに認めてもらう素地が出来ました。その後、私がマーケティング部門を離れて商品企画部門を担当することになった際には、戦略チームをマーケティング部門からそのまま持って行きました。商品企画部門はその後「事業戦略機能」を持つに至りました(「商品企画部」から「事業戦略部(的な名称)」に変わりました)。
ー事業戦略機能ー
「事業戦略機能を持つ」と言っても、それを部内外に高らかに宣言したわけではありません。当初は、シーズン毎の商品企画の際に、各企画担当者に「あなたの担当領域は、来期、どのような方針で売上を上げていきますか / どのように市場を攻めていきますか」というテーマ設定から始めてもらうようにしただけです。それ以前は、商品企画担当者が「こういう商品を作ったらいいのでは」という、商品単位の視点でした。
事業戦略部が事業戦略を立案し(新たにどの市場に参入するか/しないか、どの市場を重点的に攻めるか、など)、それをベースに各市場をそれぞれどのように攻めるかの戦略、そのために必要な商品の企画、を作ります。
加えて、市場毎にどのようなマーケティング・コミュニケーションをし、どのように営業をかけるか、などの方針(「戦略」まではなかなか至りません)を部内で立案します。この機能別方針を、それぞれマーケティング部門、営業部門に落とし込んでいきます。
この頃には、戦略立案機能が移管されていたので、マーケティング部の役割は、以前のマーケティング・コミュニケーション機能(のみ)に戻っていました。
但し以前と決定的に異なるのは、事業戦略部の立てた全体戦略をベースとした、市場別のコミュニケーション方針に基づいて、「コミュニケーション戦術」を実施するようになったという点です。
―まとめ―
前の2つの事例と較べると、小さい事例だと感じられたかもしれません。
最初は、売上管理をするための「体系作り」と「データベースの整備」でした。そして「売上レポート」、「分析レポート」と少しずつ進化していきました。
次に「戦略チーム」が出来ました。
最終的には、事業戦略全体を担い、そして他部門の機能戦略を策定する機能まで持つに至りました。
そういう意味では、先の2つの事例と本質は同じです。
少しずつ役割を拡大していきながら、―周囲も気付かないうちに―「本来のマーケティング戦略」を遂行できるようにしていった、ということです。
■重要ポイント
3つの事例を挙げて、それぞれポイントを列挙しましたが、大事な点を3つお伝えしたいと思います。
ー「ステルス」で入り込み・拡大するー
これまで「本来のマーケティング」ということを繰り返しお話してきましたが、組織内では「本来のマーケティングとはこういうものだから、こうすべきだ(戦略はこうすべきだ、関連部署はこう動くべきだ)」という大上段の話はしないということです。
いきなり大上段の話をしても、まず理解してもらえません。
理解されないところでことを進めようとしても無理です。
あるいは万が一理解されたとして、「だからこうしましょう」と言っても、本来のマーケティングが機能していない企業では、周囲の反感を買います。
「なんの権限があってそんなことを言うのか」「うちの部署に口出しするつもりか」となります。それに各部門が連携するメカニズムが整っていません。
あらためて事例を読み返していただければご理解いただけると思いますが、「少しずつ進める」ことです。
「気付いたらそうなっていたね」くらいが良いと思います。
先のゴルフ市場進出事例の企業の在籍時、当時マーケティング担当だった私は、「シレッ」と商品企画会議に参加するようにしました。そこでどのような議論がされているのかを確認しながら、シレっと意見を言ったりし始めました(笑)。
その後商品企画担当になると、毎週の営業会議に「シレっと」参加するようにしました。営業の現場の情報を知り、また疑問をぶつけたりしながら、シレっと「こんな活動もして欲しいんだよね」と伝えたりしました。
ゴルフ市場進出の事例で説明した「ゴルフ市場参入マーケティング戦略」についても、大上段に社内に説明することはしませんでした。
仮にトップマネジメントが、「マーケティングとはこういうものだ。みんな、CMOの言うことを聞け」と言ったとしても、それだけでは組織は動かないでしょう。トップの理解の元で、優秀な(マーケティングスキルだけでなく、組織や人を巻き込んだり動かしたりする能力もある)CMOがリーダーシップを発揮して、はじめて実現できるでしょう。
そんな恵まれた環境でない多数の企業においては、「マーケター」が関係部門とコミュニケーションを取りつつ、シレっと、少しずつ、小さい成果を上げながら変えていくことが大事だと思います。
「本来のマーケティング」が機能していない / そもそも理解されていない企業なのですから。
―必勝パターンは無い―
3つの事例でわかると思いますが、特定の「必勝パターン」はありません。先に触れたように、「マーケティング」や「商品企画」の機能・役割・守備範囲が企業・組織によって、大きく異なるからです。部門間の関係性も企業によって全く異なります。そして、マネジメント層のマーケティングに対する考え方も違います。
したがって、どう役割を広げ、どう関係部門を巻き込んでいくかを、それぞれの組織/企業に合わせて進めていくことが重要です。大事なのは、自分がいる環境の中で、いかに自分のイメージする「本来のマーケティング」を実現するかを考えること。そして、自分個人の成果を上げることよりも、組織全体としての成果を上げることを意識することだと思います。
そして急がないこと。小さな話ですが、マーケティング部門にいながら、ユーザ調査(←ユーザの理解は、私にとっては最初の最初にやるべきことです)の実施許可を上司から得るのに半年~1年かかったことがあります。それも2社で(笑)。
ー組織(入れ物)だけでは足りないー
本来のマーケティングが機能していない組織でどう実現するか、ということを繰り返し述べてきましたが、中には本来のマーケティングを機能させることを意図して、組織を大きく変更する企業もあります。
例えば、商品企画部門、マーケティング・コミュニケーション部門(リアルマーケティング、webマーケティング、PRなど)を統合したりなど。これはまさに大上段の変革を狙ったものです。
それはそれで素晴らしいのですが、組織を統合するだけでは足りません。様々な事例で触れたように、複数の機能が一気通貫で連動・連携することが重要です。組織変更と共に、連動・連携する仕組み、そしてその前提となる「(広い意味での)マーケティング戦略」を構築する機能を持つことが大事です。
それが実現出来るのであれば、組織を大きく括って統合する必要はありません。
■さいごに
私の考える「本来のマーケティング」についてある程度ご理解いただけたかと思います。
しばしば「マーケティングとブランディングは違う」「マーケティングとセリングは違う」「マーケティングとPRは違う」と言った意見を拝見しますが、これまでの内容をご理解いただいた方にはもうおわかりだと思います。
私の考える「本来のマーケティング」においては、ブランディングもセリングもPRも、全てマーケティングの一部です。
上記のような様々な意見が間違っているというつもりはありません。「マーケティング」の役割の理解が違うだけですので。
※私はブランドを大事にする企業での経験が多かったので、「ブランディング」については色々と思うところもありますが、それについては機会があれば書いてみたいと思います。
長文にお付き合いいただいてありがとうございました。
拙稿が多少なりともどなたかのお役にたつことが出来れば、これに勝る喜びはありません。
ご意見、ご感想などありましたら、以下に送信いただければ幸いです。
htakegami@tsm-management.jp
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