アンドロイドは電気羊の夢を見るか? #5
#3の記事で私は、グーグル創設者の一人セルゲイ・ブリン氏の奥さんと不倫の噂があったセルゲイ・ブリン氏の友達は、ロケットで火星に移住するという(良い言い方をすれば)夢を追っているが、ヨーロッパはそうした夢を見ない、と書いた。
ヨーロッパは夢ではなく、排出される炭素に規制をかけ、EU外の国に規制による金額を課す事でEU内企業を保護し、持続可能な循環経済による脱炭素社会を構築する・・・と規制による環境問題への現実的なアプローチを行った・・・ように思えた。
しかし蓋を開けてみれば、循環経済とやらで得た資金を再生可能エネルギーにぶち込んだあと、脱炭素社会の実現を急ぐあまり炭素への規制を強化したあげく電力不足を招き、炭素を排出する化石燃料に頼らなければならなくなって、その輸入元がロシア一国だけという状況で燃料の価格支配を受けざるを得ないような状態となり、電力市場の構造を変にいじくりまわした事と電力の送配電網をきちんと整備してこなかった事から電力の需給バランスと市場制御ができなくなり、さらに世界中で天然ガス・LNG争奪戦が起こるほどの災害が重なった事で電力価格の高騰に見舞われた2021年末、暖房の無い冬を覚悟する所まで追い詰められる事になった。
これを見るとEUも現実をしっかり見ているとは言い難い。
(もしかしたらセルゲイの友達の方がよほど現実が見えているのかも知れない)
理想の実現という幻想に先走って現実から手痛いしっぺ返しを食らったあげく、足元を見透かしていたロシアに体固めをかけられ、現在EUは身動きが取れないようになっている。
(かの人が柔道の黒帯という事を忘れてはいけない)
ヨーロッパの電力危機は2022年2月24日を境に、以前と以降では意味合いやその質が異なると私は見ているが、前稿に引き続きもうしばらく2月24日以前について述べたい。
2月24日以降の流れは、以前の中で作られていたからだ。
“ヨーロッパはエネルギー地政学への関与をやめてしまった”
地政学という言葉について日本国語大辞典によれば、“国の政策を、主として風土・環境などの地理的角度から研究する学問”となっている。
スウェーデンの政治学者ルドルフ・チェレーン(1864-1922)によって第一次大戦直前につくられた用語で、政治地理学が世界の政治現象を静態的に研究するのに対し、地政学はこれを動態的に把握し、権力政治の観点にたってその理論を国家の安全保障及び外交政策と結びつける。(コトバンクより)
(要は起きた現象と地理的要因の関連性を分析する事と、地理的要因からその後起きうる現象を分析する事の違い、みたいなもんか?)
地政学を大成させたのはドイツの軍人K・ハウスホーファーであった。
彼はヒトラーのナチス党と結びつき、地政学は第三帝国の領土拡大政策の基礎としてゲルマン民族至上主義と民族自給の為の「生活圏」を主張するプロパガンダの手段と化した。
(コトバンクより)
(今東欧でかの人がやってるのはこれに近い・・)
地球、自然の環境等に関する記事・インタビューなどを発信しているサイト“HATCH” では、2021年7月29日の記事でこう定義されている。
自然環境とくれば、エネルギー(エネルギー資源)とは切っても切れない関係にあり、そうなるとエネルギー地政学とは、地政学という大きなくくりの中に含まれるが、イコールとなる部分が多々あると考えられる。
地政学=エネルギー地政学と考えるのはいささか乱暴過ぎるが、重なる面は多いと思う。
例えば石油や石炭などの原料調達などは各国で調整を行う必要があり、その調整のテーブルにはそれぞれの国の自然環境と国内政治、軍事、経済が深く密接に関わり合った上で乗せられる事になる。
前稿記事でも引用させて頂いたPRESIDENT Online(ニューズウィーク日本版)2021年10月27日記事には、“ヨーロッパはエネルギー地政学への関与を辞めてしまった”、と書かれていた。
併せてヨーロッパが、天然ガス・LNGの輸入先がロシア一国だけである事を問題としているとも前稿で述べたが、2014年には既に問題になっていた。
ロシアのクリミア半島併合によるウクライナ紛争が背景にある。
(侵攻の火種は既にまかれていた)
この頃からロシア以外からの天然ガス・LNGの多角的輸入に切り替えるべく、新たな資源入手先を模索してきたEUだが、これには探査から採鉱、パイプラインの施設、長い配送経路上にある各国の権利問題の調整など膨大なコストと長い工事期間を要する。
加えて配送経路上の国が内紛を抱え政情不安であれば、ガスをまともに輸送できる状態へと解決しなければならないいくつもの障害を抱える事になる。
俗に“南ガス開廊”(“南エネルギー回廊”とも)呼ばれるカスピ海沿岸からの新しい天然ガス輸送プロジェクトは、2015年頃から動き始め、天然ガス・LNGをロシア一国に依存しなければならなかったEUにとって、ロシアを介さない新たな天然ガス・LNGの入手経路となるべく、2020年11月にイタリアへの輸送が開始された。
今後、輸送量は増加する見通しだが、コストがロシアからの輸入に対し2倍かかる、輸送経路上の国(アゼルバイジャン)で紛争が続き政情が安定していない、今後増加見込みの分はまだ採鉱途中であり十分な量の天然ガス・LNGをEUが入手できるまでまだまだ時間がかかる、といった問題がある。
前掲引用記事では、“カスピ海よりは近い地中海東部で新しい天然ガス資源が発見されたが、EU指導者達は環境活動家の力に屈し、新たに利用可能な資源開発に取り組んでいない”とも書かれている。
“環境活動家の力に屈し”という部分については調べでもわからなかったが、東地中海ガスパイプライン構想(EastMed)と呼ばれているこちらの開発でも、パイプライン建設におけるコストや技術面の課題(建設予定経路上に深い海溝があり、敷設の障害となっている)、経路上の紛争(キプロス紛争、及びトルコ対反トルコ諸国の対立)への政治交渉という難題を抱え、開発の目途が立っていない。
その状況は今も続いており、最近、ようやくEUとイスラエル、エジプトがEUの天然ガス・LNG輸入先多角化の為に連携する事が、2022年6月16日にニュースとなった。
イスラエル沖で産出される天然ガスを、地中海で唯一天然ガスを液化する設備を持つエジプトで液化し、タンカーでヨーロッパへと輸出するとの事。
輸出量は公表されていない。
中東かわら板の2022年6月16日記事では、こう結ばれている。
2021年10月27日のPRESIDENT Online(ニューズウィーク日本版)記事で、“関与をやめてしまった”EUは、エネルギー地政学に遅まきながらここにきてようやく、関与再開を始めたようだ。
ノルドストリーム
2021年末時点で、エネルギー地政学への関与をやめてしまっていたEU(あちこちで頓挫しまくっていた為、新たな資源開発にやる気を失っていたとも思える)は、天然ガス・LNG輸入をそれまで同様、ロシア一国に頼らざるを得ない状態になっていた。
JOGMEC(独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構 石油・天然ガス資源情報)の2021年12月24日の記事によれば、当時の、ロシアからの欧州への天然ガス・LNG供給は、EUの天然ガス・LNG需要全体の4割程度を占めていたという。(2013年頃からこの割合はほとんど変わっていないようだ)
その状況のまま脱炭素の為の規制ラッシュに奔走するEUをロシアは冷ややかに見つめながら、天然ガス・LNGを盾にEUへの圧力を強めようとしていたと見受けられる。そしてこのEUへの圧力を盾に、既に侵攻を視野に入れていたのではないだろうか。
一方EUも規制ラッシュをかけながら、ロシアからの天然ガス・LNG輸入の割合をこれ以上拡大させないよう、焼石に水的な抵抗をみせるが、これにはアメリカがEUの尻を蹴っ飛ばす勢いで叩いていたから、と見るのが妥当と思われる。
2022年2月24日以前の、ロシアとヨーロッパ、アメリカによる天然ガスをめぐるこの綱引きは、エネルギー地政学にまともに取り組んできたロシアが、持続可能な脱炭素社会の構築しか頭になかったヨーロッパを、足元からじわじわと追い詰めていく過程であったように思えてならない。
追い詰められる側のEUの中で、その矢面に立たされたのがドイツだった。
ロシアからヨーロッパへのガス供給は、第二次大戦後の復興時期から行われており、その後ガス田の開発が進んだロシアとガス資源の無いヨーロッパの利害が一致、1970年代~80年代にかけて、石炭や石油よりも安く環境にも優しいということでガスの消費量はさらに増大し、当時ソ連であったロシアは広大なガス田による豊かな埋蔵量を背景に低コストでガスを供給、ノルウェーやイギリスも北海のガス田からヨーロッパにガスを供給したが、ソ連産ガスは当時のヨーロッパにおける消費量の半分を占めていたという。
そしてこの頃から、ドイツ、イタリアの輸入量がヨーロッパで最も多かったようだ。
2022年2月9日日経新聞の記事によると、ヨーロッパにおけるロシアからの天然ガス輸入率はドイツが28%、イタリア10%、オランダ6%となっている。
欧州の天然ガス調達はLNGより輸送コストが安いパイプライン経由が主流であり、ロシアからヨーロッパへは、主な大きいものとして4つある。
そのうちの2つ、ベラルーシからポーランドを経由してドイツに至るヤマルヨーロッパとウクライナを経由するラインは、ポーランド、ウクライナとの諍いがある為、両国を経由しないラインを欲したロシアが開発したものが残りの2つだ。
欧州のバルト海の下をロシアからドイツまで走る海底パイプライン、“ノルドストリーム”である。
ノルドは“北”、ストリームは“流れ”を意味する。
2019年、ドイツは欧州の中で孤立していた。
ノルドストリームによるロシアからのガス供給をめぐって、ヨーロッパ他国と対立する事になったのである。
以下、ドイツ・ニュース・ダイジェストの独断時評2019年3月1日の記事を基に述べさせて頂く。
2019年2月8日、ブリュッセルで開かれたEU加盟国エネルギー担当大臣評議会でポーランドなど一部の加盟国は、EUガス指令を改正し第三国からEUにガスを送るパイプラインをEU法の管理下におく事を求めていた。
(当然ノルドストリームはこの対象となる)
ロシアと共にノルドストリーム・プロジェクトを進めているドイツはこの改正案に反対しており、フランス、オランダ、ベルギー、オーストリアとともに反対票を投じて改正案をブロックする予定だった。
ところが採決2日前、フランス政府が突然態度を豹変、改正案賛成の意向を打ち出した。
当時のドイツ・メルケル政権にとっては寝耳に水だった。
改正案が採択されれば、ノルドストリーム2の建設計画が暗礁に乗り上げる可能性が出てくる。
ノルドストリーム・プロジェクトに対しては、当時のアメリカ大統領トランプ氏も強硬に反対姿勢を見せている。
ドイツ政府は各国と交渉した結果、
という妥協案を受け入れるに至った。
かくてドイツは、EU側でノルドストリームを直接管理する窓口となり、2022年2月24日以降、EUで最も苦しい立場に立たされる事となった。
まず2020年以降、ロシアからヨーロッパへのガス輸出量のうち、ウクライナを経由するパイプラインのみ、従来の半分以下の輸出量のままとなった。
以下、JOGMEC(独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構 石油・天然ガス資源情報)の2021年12月24日の記事を基に述べる。
当時、ウクライナ経由パイプラインのロシアからのガス供給量が半分以下になったのは、2021年9月に完成し、使用許可手続きを進めている最中のノルドストリーム2の必要性を正当化する為、と見られていた。
ドイツエネルギー規制当局の使用認可審査の後、EC(欧州委員会)の審査があり、それらを終えてからだとノルドストリーム2が運用を開始できるのは、2022年5月となる。
ロシアとしては、それよりも早く稼働させたいと考えているのではないか、とこの頃は考えられていた。
そもそもノルドストリーム2による輸送がなくとも、従来のパイプラインで輸送量は足りていた。
しかし、ウクライナ経由のパイプラインを利用すれば、関係が悪化しているウクライナにガス通行料を支払わなければならず、その懐を潤す事になる。
加えて、輸送のトラブルから欧州へのガス輸出をウクライナに止められた過去があった。
そうしたリスクを回避する為にロシアはノルドストリーム2の早期稼働を望んだ、というのが当時の大勢の見方だったが、今思えば、これから刃を交えようという相手の懐を潤す必要はあるまい、という事だったのではないかと思えてくる。
ノルドストリーム2の完成により、ヨーロッパへの十分なガス供給の目途は立っている。
天然ガスを我が国に頼らなければならないEUは、我が国に強硬な態度は取らないだろう、機は熟した、とあの男は考えたのではないか。
2022年1月31日、北大西洋条約機構(NATO)拡大阻止に向けて、ウクライナ近郊の軍隊配備を強化しているのをみたEU、欧州委員会のドムブロフスキス上級副委員長(通商担当)は、ノルドストリーム2稼働の保留を発表。
2022年2月22日、ドイツのオラフ・ショルツ首相は、ロシアが「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」を承認したことを受け、ノルドストリーム2 計画を停止すると表明した。
2022年8月9日現在、ロシアからヨーロッパへのガス供給停止(完全停止)には、今の所至っていない。
熱波の事も含めて2月24日以降-現在の状況について述べたいが、字数がかなり嵩んだ。
続きは次回とさせて頂きたい。