身体が動物に変わる奇病「動物界」のあまりに洗練されたヒューマンドラマ
先日公開された「動物界」
人間の身体が動物化していく奇病を描いたSFスリラーです。
B級かな?ぐらいの期待感で観に行ったのですが、とんでもない。
あまりに完成度の高い濃密なヒューマンドラマでした。
今回はこちらを考察・レビューしていきましょう。
「動物界」はゾンビもの
「動物界」の基本的な世界設定は、「人間が動物化していく奇病が流行っている」というものです。
ざっくり分けて、ゾンビもののテンプレートと言えるでしょう。
冒頭の渋滞シーンでトラックの荷台ドアをぶち破って出てくる鳥男フィクスのシーンは、バイオハザードシリーズなどでもよく使われる「この世界はこういうディストピアですよ」という世界紹介の手法です。
その他にも、
ゾンビ化する=動物化するのは、元人間である
ゾンビ化すると醜く攻撃的になるので人間からは迫害される
ゾンビ化すると徐々に人間性や認知機能が失われる
なども、特徴的なゾンビもののエッセンスです。
余談ですが、ネットフリックスドラマの「ホット・スカル」も音で感染するペチャクチャ病を描いており、同じくゾンビものテンプレが使用されています。こちらも良作。
作品全体を貫く父の不器用な愛
この手の穿った設定にも拘らず「動物界」が素晴らしい作品に昇華されているのは、太いテーマが一貫してストーリー全体を貫いているからです。
そのテーマとはすなわち、
「父の不器用な愛と変容していく身体に戸惑う思春期の少年」
誰もが共感しやすい非常に普遍的な題材です。
エミールの変容は第二次性徴的な変容ではなく異形の存在への変容なのですが、このあたりを上手くクロスさせて描いていると感じました。
ロマン・デュリスによる、家族への深い愛情と不器用さを抱えたダメ親父っぷりも大変素晴らしかった。
この二人の関係性がストーリー全体を貫いていることで、父と息子の絆を描いたスライスオブライフ的な作品のようにも見えるんですね。
エミールの巣立ち。そして父親自身の成長を示唆するポテチ。
ラストシーンは額面通りに受け取れば悲劇に見えるかもしれません。
しかし、父フランソワがエミールの背中を押して新しい世界へと送り出すあの場面は、子供から大人へと変容していく息子に向けたエール、そして子離れへの覚悟のシーンでもある訳です。
サイドストーリーが作品を重層化させている
「動物界」はまた、親子を取り巻く人間関係を丁寧に描くことで、作品全体に厚みを持たせています。
ストーリーの本筋とは別に、
行方不明になった母親ラナの捜索
エミールと鳥男フィクスの友情と飛行練習
ニナとエミールの恋愛
といったサイドストーリーが仕掛けられており、これらが作品のテンション=葛藤として機能しています。
単に「生き残るのか否か」「誰が殺されるのか」といったパニックホラーにありがちなシンプルな葛藤はあえて描かず、人間関係上のテンションに振り切っているのは英断超えて監督の感性どうなってるんだと思いましたが、
パンフレットのインタビュー見てみたら、「パーフェクトワールド」「テルマ&ルイーズ」あたりに影響を受けたと書いてあって納得。
突飛な設定やストーリー展開はあくまで作品全体の装飾であって、人間関係を描いてこその脚本の技というのをまざまざと見せつけられた感じがします。
好きなシーンは沢山ありましたが、エミールが動物化によって認知機能が落ちていった結果、父フランソワと素直に関われるようになり、弱々しくへらーっと笑うシーンが切なくて美しくて大好きでした。
まとめ
いやこれ皆見た方がいいよ!笑
なめてかかるとえらい目に遭います。
ストーリーとして完成されているのは勿論、異形の造形、特殊効果もまったく手を抜いていないので映像としても見ごたえがあります。
サントラも良かったですね~。