逃げる、を選び取る強さ
辻村深月さん最新作、「青空と逃げる」(中央公論新社)を読みましたので、感想を綴ります。
作中では、とある真夜中の一本の電話がひとつの家族の日常を壊し、晒される理不尽から自分たちの身を守るために、母と息子は「逃げる」ことを決断します。東京を飛び出し西へ、そして島へーー逃げ続けるなかで彼らが出会う人のぬくもりが温かく、そして彼ら自身が強く、しなやかに成長していきます。
二人が「逃げた」時間は決して短いものではありません。それなりの時間、母と息子の二人で過ごしたからこそ、少しずつ背を向けていた現実と向かい合うことができていくのだと思います。物理的に「逃げた」からといって、その現実すべてからは逃げることはできていません。心はその現実に一部、囚われたまま。
二人が逃げる中で触れた人の優しさは、凝り固まった心を溶かし、そして彼らの力になる。それが積み重なって、彼らが現実と向かい合う強さを生んでいくのだと感じました。逃げることは、その逃げているものに対して、向かい合うためのエネルギーを蓄えている行為でもあり、共に向かい合ってくれる仲間を探す行為でもあります。いわば逃げることは準備期間なのかもしれません。
逃げること、ってすごく勇気が必要なことだなと大人になった今、改めて思います。外界との繋がりを、人との関係を断ち切ることってすごくエネルギーが必要なこと。それができる、ということはそれだけ切羽詰まった状況にあり、それがエネルギーに代わっているのだと思うんです。
逆に「逃げていいよ」って言えることも、またきっと強さなんですよね。
この物語の中で、親子は逃げる道すがら、たびたび選択を迫られ、そして道を選びとっていきます。彼らが物語のラストで選びとった道の先が、わたしにはとても清々しく思えてなりません。俯いて「逃げて」いた彼らが、途中から空を仰ぎながら「逃げて」いるように感じるのは、さすが辻村深月さん。細やかな変化がとても印象的で、読み手の目頭を熱くさせます。
親と子の物語ではありますが、テーマは人が生きる上での選択肢である「逃げ」、晴れやかなラストがとても美しいです。未読の方はぜひともご一読ください。