新潟県の怪火
新潟県には、狐火だけでなく、様々な怪火の話が残されている。
この新潟県に残されている怪火を紹介していく。
日本では古くから怪火と呼ばれる火の不思議な現象が各地で記録されている。
墓場や古戦場など火が発生しない場で、発生する火の玉のことを怪火という。
海外の多くの国でも怪火のような謎の火の記録が残されている。
動物の骨に残るリン(燐)が自然発火したものなど多くの説があるが、怪火の正体は不明である。
怪火は様々な名前で日本全国に目撃談や逸話が残されている。
前章の「狐火」はもとより、「不知火(しらぬい)」、「牛鬼」なども怪火の一種である。
同様にこれから紹介していく新潟県の火は、怪火の一種である。
【陰火(いんか)】
陰火は、長岡市に伝わる怪火。
戦国時代に長岡の高津谷の地に山城の高津谷城があった。
あるとき、上杉景勝(うえすぎかげかつ)(1556年生~1623年没)の軍勢が高津谷城に攻め寄せてきた。
そのとき城周辺の村の老婆が上杉軍に城内への用水の道筋を密告。
上杉軍は、土の中にあった樋を探し出し、それを切って城内に水が入らないようにした。
水を飲めない城の兵士たちは、衰弱していった。
そして、そのしばらく後に上杉軍が城を総攻撃して、落城した。
城の兵士たちの怨念なのか、城の近くに城主の宝物を埋めた榎の下には、毎晩陰火が燃え上がるという。
なお、現在、長岡の高津谷は地図に高津谷広原と記されている。
ちなみに、江戸時代の書物『越後名寄』などにも「陰火」の名が記されているが、こちらは怪火ではなく、天然ガスのことを指している。
新潟県は石油や天然ガスにも恵まれ、長岡の南長岡ガス田は日本国内最大級のガス田でもある。
【煤け提灯(すすけちょうちん)】
新潟県刈羽郡に伝わる怪火。
新潟県民俗学会の発行する雑誌『高志路(こしじ)』に記録されている。
飴が降る夜にふわふわと火の玉が飛び回ったという。
死体を清める湯灌の捨て場から飛び出したとされる。
火の玉が煤けた提灯のような明るさだったため、煤け提灯と呼ばれるようになったそう。
【権五郎火(ごんごろうび)】
新潟県三条市に伝わる怪火。
昔、権五郎という博徒(博打打ち)がいた。
あるとき、旅の博打打ちとサイコロ博打を行い、権五郎が大勝した。
気分よく権五郎が家に帰っていると、その途中の夜道で恨みに思った相手の博打打ちに殺されてしまった。
本成寺村(ほんじょうじむら)(現在の三条市)で、権五郎の怨念が怪火になり、それが目撃されたという。
権五郎火はその名の通り、殺された権五郎の名から取られた怪火である。
『越後三條南郷談』によると、付近の村では、権五郎火は雨の前兆とされて、権五郎火を見た農民は急いで稲木をしまい込んだという。
【蓑火(みのび)】
新潟県や秋田県、滋賀県などに伝わる怪火。
地域によっては、「蓑虫(みのむし)」、「蓑虫の火(みのむしのひ)」、「蓑虫火(みのむしび)」とも呼ばれている。
信濃川流域で多く見られるとされている。
雨の日に、蓑や傘など身に着けているものにまとわりつく怪火である。
その火を払おうとすると、余計に燃えてしまい、全身を火が包み込んでしまう。
火にまとわりつかれている人物しかその火を見ることができないことが多い。
新潟県中蒲原郡(なかかんばらぐん)では、秋に目撃されることが多いとされている。
蓑火の正体はイタチの仕業とも考えられている。
このように各地に怪火の逸話が残されている。
科学的には、リンが燃えたために発生した怪火しただけと結論づけられるかもしれない。
だが、全国的に多くの怪火が目撃されるというのは、人々の火に対する恐れも根底にあったのかもしれない。
『古事記』においても、イザナミが火の神であるカグツチを産んだところ、やけどをしてしまい、それが原因でイザナミは亡くなったとされている。
神話においてそのような逸話があるということからも、昔の人々が火に対して恐れを抱いていたことが伺える。
火は文明を発展させてきたが、火災などの災いをもたらすものとして畏敬の念を持たれてきたのであろう。
そうした昔の人々の心理が、怪火として各地に残されているのかもしれない。
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