アインシュタイン娘への手紙〜色即是空〜
私はなんだかアインシュタインが好きです。
このおじいちゃん感が亡くなった父の面影と被るのです。
優しかったなぁ、お父さん( ; ; )
さて、物質と時空間について、彼はどんなふうに捉えていたんだろう。
これだけの頭脳を持った人が、単純にこの宇宙のすべてが物質で出来ているとは思ってはいないだろう。
その物質的宇宙を置いておく「場」のようなものがあるはずで、そこに気づかないわけはない。
これまた直感でアインシュタインは「絶対に知っていたはず」と勝手に思っていました。
E=mc²
この天才頭脳はいったい、宇宙をこの世界を、どんなふうに見ていたのだろう。
有名な相対性理論について、理解しようと解説本を買って読んだこともありました。
逆にさっぱりわからなかったけど。
アインシュタインの有名な数式「E=mc²」は簡単にいうとどうやら
「質量がエネルギーと等価である」ということらしいのです。
「あ。」と思いました。
その時、頭の中に陰陽太極図がぱっと浮かんできました。
同時に、量子力学の「すべてはエネルギー波動である」ということと
般若心経の「色即是空・空即是色」という言葉が浮かんできて
これらはみんな同じことを指し示しているように感じました。
私の陰陽の概念は、単純に両極という意味で
どっちがいいとか悪いとかではない。
プラスとマイナス、隂と陽、表と裏。
ついつい既存概念だと、どっちが良くてどっちが悪いと捉えがちだけど
どうも、そういうことじゃなくて、どっちもアリで二つないと片方だけでは成り立たない、
という、ただそれだけの意味。
「相反する二つのものは常に同時に存在する」
相対性理論も陰陽太極図も般若心経もそういうこと言ってるんじゃないのかなと。
黒がなければ白が表現できない。
それと同じ。
紙がなければ何も描けない。
空がなければ色は現れない。
場がなければ何も表現できない。
場と表現は同時に発生して同時に存在する。
ということは、エネルギーは質量と同じ、
というのも見えないエネルギーと空と見立てて、物質を質量と見立てれば
「空=色」と言えるんじゃないかな、と。
天才的な能力を持った人間は、その人のコアと宇宙が繋がっていると思う。
アインシュタインもモーツアルトも、ニコラ・テスラも、仏陀もイエスも
その他たくさんいる天才人たちは宇宙に繋がっていて、
自我的思考を挟まず、受け取った感覚や情報をそのまま体現している。
ただ降りてきたものを
彼らなりの方法で表現しているのだと思う。
そして、彼らはその真実を知っているはず。
非二元のスピーカーがよく「私たちの本質は愛」という言葉を使う。
人によって「愛」の解釈をどう受けとるかは、その人の中の意味づけ次第だ。
だから、スピーカーの中でも人によっては「いのち」と言ったり
「信頼」と言ったり「安らぎ」と言ったりする。
でも私はやっぱり「愛」がしっくりくる。
空でありエネルギーであり、それらは「愛」そのものであり
物質である私たちも本質は「愛」である。
物理学者は数多くいるし、その後科学はたくさんの発見をしているのに、
何十年も前に亡くなったアインシュタインはいまだにあらゆる分野の研究で
引き合いに出される。
それは仏陀と同じく、本質を捉えていたからではないだろうか。
そういう「本質」は人の心をとらえる。
どんなに理解しがたくても、本質を見抜いているものは文学でも絵画でも音楽でも科学でも
何年でも何千年でも人の残るものだと思う。
娘リーゼルへの手紙
1980年代末、
アインシュタインの娘リーゼルは、父からもらった1400通の手紙を、
父親の死後20年間は内容を公開しないという指示を添えて、ヘブライ大学に寄付したそうです。
これはアインシュタインが娘へ宛てた手紙の中の1通。
今でこそ、人類は受け入れ可能になりつつあるけれど、それでもまだまだ難解な内容ではある。
だけど、心の何かに響く素敵な手紙だ。
アインシュタインは晩年、科学の発展に仏教思想を加えるべきだと言っていたそうです。
もし、他の手紙にこれに付随した内容が書かれているのなら、
「この物質現象において、私たちの個たる主体はなく、全てがただ一つの愛そのものの創造物である」なんて感じのことが書かれているのではないかなと思っています。
この手紙の「愛」とは物質的現象の場である本質の「愛」と
娘リーゼルさんへの父親としての「愛」の両方の意味がこめられているように感じました。
この手紙読んで、いろんな思いがこみあげて、胸と目頭がジワっと熱くなりました。
何しろね、
お顔の雰囲気がね、
お父さんに似てるもんで
私は思わず、ほろろ泣きですわ。
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