第1章 食物繊維は本当にガンを予防するのか?
食物繊維は、健康にいいのか、ただの気休めなのか
食物繊維は、過去20年のあいだ、マスコミのスポットライトを幾度となく浴びています。
まず、私たちは食物繊維が体のためになると聞きました。そして、それがどんなふうにためになるのかということが10年間、話題になりました。
・小麦のふすまのような非水溶性食物繊維は、ほうきのように腸管を掃除する
・燕麦のふすまのような水溶性食物繊維は、コレステロールを体から除いてくれる
・食物繊維はガンと闘う
・食物繊維はガンと闘うかもしれない
・食物繊維はガンをやっつけるのには、さほど重要ではない
などと、議論百出でした。
それでは、食物繊維について知っておく必要のある真実とは何でしょうか?
食物繊維は、私たちが日々食する植物に含まれています。食物繊維は、ヒトの消化酵素によって消化されませんし、また腸管内の細菌叢が産生する酵素によっても分解されません。
細菌叢とは、大腸のなかや皮膚表面などに生息する有用な微生物のことをいいます。
ヒトと共生する細菌で、ヒトがその生息する場所と栄養を提供するお返しに、さまざまな働きをしてくれます。
人体には、約3ポンド(約1.4キログラム)の腸管内細菌がいると考えられています。
腸管内細菌なしにヒトは生きることができません。
食物繊維は、消化酵素による分解に対してどれくらい抵抗性があるかによって、水溶性(分解されやすい)、または非水溶性(非常に分解されにくい)に分けられます。
以前、食物繊維は便の量(体積)を増やすので、体のためになるのだというのを聞いたことがあります。
この考え方は、消去法によって推論を行うためには正しい第一歩と考えてよさそうです。
では、すべての食物繊維が便の量を増やすのでしょうか? 水溶性食物繊維は腸管内で分解されて細切れになってしまいますから、便の量をほんのわずか増やすにすぎません。
これに対して非水溶性食物繊維は、腸管内の水を吸収して使の体積、大きさを著しく増大させます。
食物繊維の主要構成成分は多糖類です。
別名、炭水化物と呼ばれるゆえんです。
すべての炭水化物は、炭素、水素、酸素からなり、これらの元素はさまざまなかたちで配列され、多種多様な分子を形成します。
セルロース、ヘミセルロース、ペクチン、ゴム、粘液状ゴム、リグニンなどのような分子です。
化学的には、水溶性食物族(ペクチン、ゴム、粘液状ゴム、一部のヘミセルロースなどの分子)は、腸管内で部分的に消化分解されます。
これに対し、非水溶性食物競稚(リグニン、セルロース、一部のヘミセルロースなどの分子)は、腸管内ではほとんど分解されません。
したがって、便の体積を増やすという観点からは、非水溶性食物栽維を選ぶことになります。
では、どのような食物に水溶性食物稚、あるいは非水溶性食物成維が含まれているのでしょうか?
水溶性食物維は、果物や野菜、燕麦などの一部の穀類(グレイン)に含まれています。
果物や野菜は、非水溶性食物繊維も少し含んでいますが、非水溶性食物繊維は主に穀物(シリアル、精製前のグレイン)に多く含まれています。
とりわけ、精製前の殺物種子の外被の部分(ふすま)に非水溶性食物栽維が豊富に含まれています。
私たちは、さまざまなかたちで食物栽維を消費します。
たとえば、精製前のグレイン、インゲン豆やソラ豆などの豆類、果物や野菜などの加工前の食物として食物繊維を摂取します。
また、小麦、トウモロコシ、米などの糠やふすまに代表される食物繊維の豊富な添加物を食物に加えて摂取します。セルロース、ペクチン、ゴム、リグニンなどの分離精製された食物繊維の構成成分を食物に添加して摂取する場合もあります。
また、時には分離精製された食物繊維の構成成分を特別な理由で摂取することもあります。
たとえば、ある種のバナナ(学名Plantago ovata)およびその近縁種(学名Plantago psyllium)の種子の外被の部分は、強力な吸水性あるいは水親和性によって緩下剤として用いられています。
悪いのは高脂肪食ではなく、食物繊維の摂取量減少だった
食物繊維の健康維持に貢献する有用性は、幾度となく論じられています。
まずはじめに、南アフリカのジョージ・オットル博士の研究があげられます。
この研究をさらに発展させたデニス・バーキット博士の研究は、本書でたいへん重要な位置を占めています。バーキット博士は、食物繊維が大腸ガンの予防に有効であると提唱し、広く信じられるようになりました。
しかし、バーキット博士よりも4年早い1968年、インドのS・L・マルホトラ博士は、大腸ガン予防効果と食物繊維の関連性に関する知見を得ていました。
食物繊維が健康に有用であるというバーキット博士の論文が、69年に医学雑誌「ランセット」に発表されたという事実を考慮しても、マルホトラ博士はバーキット博士よりも1年先んじていたのです。
インド人の食生活習慣は、地域によって大きく異なっています。同様に宗教も地域により違いがあります。
北インドと南インドの食生活習慣の大々的な比較研究から、マルホトラ博士は食物裁維の多い食物を摂取する人々は、大腸ガンをはじめさまざまな病気にかかるリスクが低いと結論し、発表しました。
彼は、南インドに比べ、北インドでは大腸ガンがはるかに少ないという事実を見出しました。彼はこう説明しています。
「北インドの人々は棟を含んだ粗い食物やセルロース、食物繊維の多い野菜などを豊富に摂取しています。
これに比べ、南インドの人々の食事では、これらはほとんど完全に欠如しています」では、食物繊維は大腸ガンにどのように作用するのでしょうか?
食物繊維は、腸管内のガン原性物質やガン増殖作用をもつ化学物質を希釈あるいは結合して吸収してしまうということが考えられます。
また、使の腸管内通過時間を早めるということも考えられます。
この意味において、食物繊維は腸管内の屑を掃き出すほうきのような役割を果たしていると考えられます。
腸管内をきれいにすることを等閑視すると、憩室炎という問題に帰着します。
憩室炎とは、憩室(大腸の腸管壁の小さなポケットで、停滞した便が詰まっている)が炎症を起こした状態をいいます。
憩室が病的にたくさんできた状態を憩室症といい、中年の人に多く見られます。
これらの憩室が炎症を起こすと、腹部不快感や腹痛の原因になります。
さらに、より頻度の低いものとして、腸管狭窄や腸管穿孔あるいは腸管出血の原因になることもあります。
便がより早く排出されれば、食物残渣に含まれるガン原性物質あるいはガン促進物質が腸管壁と接触する機会がより低くなります。
マルホトラ博士が世界で最初に科学的な証拠を示し、公表したにもかかわらず、バーキット博士が食物繊維がヒトの健康に有益であるという概念を繰り返し繰り返し数多くの講演や論文で広めたため、世の人の関心はバーキット博士に向かうことになりました。
彼の講演は数多くのスライドを用いて行われ、食物繊維の腸管内容に及ぼす利点が強調されました。
かくして、その後30年のあいだに、食物繊維の摂取が一般の人々に広まることになったのです。
しかし不運なことに、学会やグラント(研究補助金)を拠出する政府ならびに私的団体が食物繊維を見捨ててしまったのです。
なぜでしょう?この問いに対する完全な答えは見つかりませんが、おそらくこういうことでしょう。
本書のプロローグで少し述べましたが、食物繊維は、複雑な化合物です。
たとえば米糠は、タンパク質、健康食オイル、ビタミン類(ビタミンEなど)、活性酸素阻害物質(ガンマ・オリザノールなど)、レシチン、イノシトールおよびイノシトール・リン酸化合物などを含んでいます。
これら炭水化物が生体内で代謝されると、多くの炭水化物、たとえばイノシトールでは最終的にリン酸塩などのリン化合物が生成されて反応が完結しす。
他の穀物の外被(ふすま)も米糠と同様の栄養素を含んでいますが、多かれ少なかれ他の種類の違った栄養素も含んでいます。
したがって、食物繊維中のどの栄養素が生体内でどのような機能を果たしているかを決定することは、至難の業なのです。
食物繊維に寄せる関心は、高脂肪食が乳ガンや他のガンと関連があるという研究が次々と出るに及んで、ますます薄れていきました。
人々の眼が食物中の脂肪の働きを明らかにするという方向に向き、食物繊維の研究は無視されていくことになったのです。
しかし、ちょっと考えてみれば、高脂肪食、高タンパク食を摂取するということは、すなわち食物繊維の摂取を減らすことだというのは明らかです。
肉汁たっぷりのおいしいステーキ、あるいはベーコン、ソーセージに卵2個の食事のほうが、サラダ・ボールいっぱいの野菜サラダや煮豆よりも、多くの人の食思をそそるはずです。
おいしい子牛のフィレ・ステーキを食べるとき、ステーキを十分堪能しようと、パンやサラダ、添え野
菜を食べる量を減らす傾向はないでしょうか?
このようにして、食物繊維の摂取量を減らし、脂肪やタンパク質の摂取量を増やすとき、私たちは何かを失っているのです。
それが、食物繊維摂取によって得られる建康という利益であることは明らかです。
脂肪摂取量の増加よりも、食物繊維の摂取量減少のほうが大腸ガンによりいっそう寄与していると思われます。
大腸ガン発生率低下に効果があるのは米と小麦の食物繊維
細胞が分裂するとき、遺伝情報を担う細胞核内物質(DNA:デオキシリボ核酸)は複製され、細胞核内の遺伝子染色体の螺旋構造が解きほぐされます。
すなわち、遺伝子を構成するDNAの2本鎖が1本1本に戻されます。
この2本鎖の開鎖構造は、それぞれのDNAの1本鎖のコピー(複製)がつくられるのに必要となります。
ひとたびDNAのコピーがつくられると、それぞれの新しい2本鎖DNAは、新生、嬢 細胞」にそれぞれ入っていきます。
分裂細胞のDNAが開鎖構造をとっているとき、そのDNAはもっとも発ガン物質の影響を受けやすくなっています。
したがって、細胞分裂の頻度が増すと、それだけ発ガン物質の作用にさらされる頻度も増すことになります。また、DNAが複製されるときは、不正確な遺伝情報が複製される危険ももっとも大きいのです。
ですから、細胞分裂に伴って間違ったDNAの複製、すなわち突然変異が多く起こるほど、細胞に及ぼす損傷は大きくなります。
細胞分裂の頻度が増すということは、発ガン過程の第一歩です。
培養細胞や実験動物を細胞分裂促進剤にさらすのは、実験腫瘍の発生頻度を増大させる一つの方法です。
たとえば、齧歯類を用いた実験的研究では、ある種の食物繊維が大腸での細胞分裂を増加させるという事実が示されています。
前項で述べたように、食物繊維は複雑な化合物です。その働きは、他の食物中の成分に依存して、種々異なっています。
カリフォルニア大学のルシアン・R・ジェイコブス博士は、燕麦のふすまとトウモロコシの外被が、ラットにつくった実験大腸ガンの増殖を促進するという事実を示しました。
ジェイコブス博士は、その理由を燕麦とトウモロコシの食物減維の多い飼料が大腸内の酸性度を高めたためであると説明しています。
これらの食物繊維が腸管内微生物によって分解されると、脂肪酸が産生されます。
生成された脂肪酸は、腸管内腔表層を形成する上皮細胞によって燃料として利用されます。
この燃料から得られるエネルギーが、細胞の分裂と増殖をもたらすことがすでにわかっています。
ラットの実験用飼料に加えられた燕麦由来のふすまは、全飼料の20パーセントという大きな比率を占めていました。
高繊維食で不足したカロリーを補足するために、実験ラットはさらにいっそう多くの飼料を摂取することになりました。
たくさん食べるということは、実験ラットの健
康に影響を及ぼす別の因子となります。
トウモロコシの外被を用いた動物実験でも、やはり飼料中の含有率20パーセントで大腸腫瘍の発生率が有意に増加しました。
これに比べて、含有率4.5パーセントの飼科で飼育された動の大腸 発生数は減少していま 米糠あるいは大豆の外被を20パーセント含有する飼料で飼育した場合には、飼料中に脂肪を高比率で混合したときでも、大腸腫瘍の発生率には有意の影響を及ぼしませんでした。
実験に携わった研究者たちは、飼料中の食物繊維と脂肪の混合比率が異なっているので、それぞれの実験結果を比較することは困難であると述べていますが、これらの実験的研究は、飼料中の食物繊維が何に由来しているのか、その種類が重要であるという事実を示しています。
世界各地のさまざまな地域におけるガンの発生と分布に関する大規模な研究が、いくつかの研究グループによって行われています。
彼らは、食物繊維と疾病の関係、食物繊維の種類とガンの関係を調査しています。
たとえば、デイヴィッド・G・ザリッジ博士はこの複雑な関係について、1983年に刊行された「Journal of the National Cancer Institute(アメリカ合衆国癌研究所機関誌)」の論文で、今日、食物はガンの危険因子として少なくともタバコに次いで第二番目にランクされる重要な因子であると考えられる、と述べています。
ザリッジ博士によれば、大腸ガンは食事にもっと
も強く関連しているということです。
彼は、繊維質の多い食事摂取がガンの発生を予防しうる可能性を示す3つの研究について論じています。
その一つの研究で、ガンの患者は繊維質含有量の少ない食事を摂取していたことがわかりました。
もう一つ別の臨床研究では、ガン患者のほうがガンのない者よりも、多く飽和脂肪酸が含まれた食事を摂取しており、繊維質の豊富な食物の摂取が少ないことが明らかになっています。
また日本の研究では、米と小麦の食事を毎日多くとっていると、それに関連して大腸・直腸ガンでの死亡率が低下するということが示されています。
だからといって、繊維質の豊富な食事すべてが、ガン、たとえば大腸ガンの発生頻度の低下に関連しているということにはなりません。
大腸ガンの発生率低下に強く、また一貫して関連しているのは、穀物とくに米と小麦などから得られる食物繊維だけなのです。
では、穀物とその他の繊維質の豊富な食物との違いは何でしょうか?
繊維に含まれるフィチン酸すなわちIPがガンに効く
もうすでに皆さんご存知のように、穀類と豆類(大豆やエンドウ豆)は、不溶性食物繊維をとくにその外被(ふすま)の部分に多く含んでいます。
外被の部分は、非常に重要なイノシトール6リン酸(IP6)という糖、を含んでおり、イノシトール6リン酸は別名フィチン酸とも呼ばれます。
フィチン酸というと、硝酸や硫酸などの酸と同類であるような印象があります。
ところが、酸のなかには葉酸やビタミンBなどのように、健康維持に有益な数多くの酸があるのです。
「酸」という名称は、単に化学的構造を称して呼ぶもので、「酸性」の度合を示しているものではあり
ませんフィチン酸は、自然界のほとんどの穀類、木の実、豆類、油を絞る種などに含まれています。
含有量は、1パーセントから5パーセントくらいです。フィチン酸は、活性酸素阻害作用を有する(第4章で詳述)ほか、細胞をさまざまな有害な反応から守る働きをします。
たとえば、無機物の鉄は赤血球の機能には必要ですが、量が多すぎると細胞を傷つけてしまいます。
フィチン酸は、過量の鉄が細胞に作用し、傷つけるのを阻止します。
フィチン酸は、鉄の原子を取り囲み、造蔵し、つまりキレートする(挟み込む)ことにより、細胞が傷つけられるのを阻止します。
化学の用語でキレートするとは、フィチン酸のような分子が鉄の原子を取り囲み、効果的に遮蔽して、鉄が他の細胞の構造物と反応するのを阻止する能力のことを言います。
フィチン酸は鉄に強い親和性を有していて、鉄とキレートし、鉄が酸素と反応するのを阻止します。
鉄が酸素と結合するときは、非常に反応性に富んだフリーラジカルと呼ばれる分子が形成されます。
フィチン酸は、ここでオキシダント阻害剤として働いています。オキシダント(この場合は鉄)を不活
化しているのです。
エルンスト・グラーフ博士と彼の助手、ジョン・イートンは、ビルズベリー・カンパニーで働いていた研究者でしたが、専門雑誌「Cancer(ガン)」(1985年)の論説で、われわれの健康に有益なのは食物歳とフィチン酸のどちらだろうという設問を掲げました。
グラーフ博士は、食物栽維の効果に関する研究について論じています。
その研究によると、フィンランドの人々の食事習慣は、より穀物を中心とした食事となっています。
したがって、より多くのフィチン酸を摂取していますが、これに対してデンマークの人々は食物繊維の総摂取量がフィンランドの人々の倍であるにもかかわらず、食事中のフィチン酸の摂取量は少ないのです。
そして驚いたことに、フィンランドの人々の大腸ガン発生率は、デンマ睡ークの人々に比べ半分です。
このように、デンマークの人々の食物繊維の摂取量は二倍であるのに、ガンの発生率も二倍なのです。
これにより、グラーフ博士とイートンは、フィンランド人の食事はフィチン酸が多く、デンマーク人の食事はフィチン酸が少ないということが、この現象を説明するのだろうという仮説を提起したのです。
*天然抗ガン物質IP6の驚異(アブルカラム・M・シャムディン著)より出典