第4章 IP6は、どんな仕組みでわれわれを守ってくれるのか?
IP6は細胞分裂を制御している
細胞分裂はすべての生物が成長し、子孫を残すうえでもっとも基本的な現象です。
一つの細胞から発する有機体(生物)は分裂し、その結果、ニつの嬢細胞になります。
ヒトの受精卵は分裂して胎芽となり、さらに細胞分裂を重ねて胎児になります。
大人は、何百万、何千万もの新しい細胞を常につくり続けなくてはなりません。
ある種の組織や臓器は、常に細胞分裂を続けています。
たとえば、私たちの皮膚の細胞は、常に新しい細胞で置き換えられています。
消化管の上皮も同様に、いつも新しい細胞で置き換えられています。
赤血球も古い細胞が壊れ、新しい細胞が置き換わっています。
肝臓のような臓器でも、新しい細胞が必要とされています。
もし細胞分裂が止まってしまうと――たとえば原爆の爆発で大量の電離放射線にさらされたときなどには細胞分裂は止まってしまいますが――急速に死が訪れます。
細胞分裂は、正常な状態ではよくコントロールされています。
細胞は分裂して、その嬢細胞は成長し、機能分化を遂げます。
しかし、異常で過剰な、あるいは制御の効かない細胞分裂が起こると、たいへん危険な可能性が生じてきます。
このコントロールの効かない細胞分裂がガンの先駆けとなります。
細胞が分裂すると、(第1章で述べたように)ほとんどの細胞がその細胞内構成物を複製します。
この場合、もっとも重要なことは、遺伝情報を担った物質DNA(デオキシリボ核酸)が、もとの遺伝情報に忠実に複製あるいはコピーされることです。
DNAは、細胞の核のなかに存在しています。
細胞の核は、それを取り囲む核膜により核以外の細胞内構成物から隔離されています。
核はそのなかの遺伝物質を隔離し、多少なりとも保護しています。
DNAが複製されると、そのDNAはそれぞれ嬢細胞に分配されていきます。
かくして、嬢細胞は遺伝学的に同一の細胞とみなすことができます。
この現象が起こるためには、新しいDNAがつくられる必要があります。
DNAは、『塩基』と呼ばれる分子を含む化学的な建築ブロックが鎖状に連なったものにより構成されています。
これらの塩基は、アデニン(A)、グアニン (G)、シトシン (C)、チミン (T)と呼ばれています。
カッコ内のアルファベットは、それぞれの塩基の省略形です。
これらの塩基は、一列に並んでDNA鎖を形成します。たとえば、次のようになっています。
ーAーGーCーTーGーAーCーT
塩基配列は、生物有機体でそれぞれ異なっています。
これらの塩基鎖のうちの二つは、AとG、CとTのように対になって螺旋構造になっています。
DNAは複製の直前になって、塩基対の螺旋構造が解きほぐされます。
新しい複製済みの塩基は、もとのDNA鎖に相補するように配列されることになります。
どんなときにDNA合成が進行しているか、放射性物質で標識をつけた物質を細胞内に取り込ませることにより知ることができます。
放射性物質で標識をつけた物質の放射活性を測定することにより、DNA合成の頻度について推測することができるのです。
DNA合成には、例外なく細胞によりチミジン (塩基のチミンと糖との組み合わせからなり、リボースと呼ばれます)が用いられます。
私たちは、実験室での研究に放射性物質で標識をつけたチミン (3H-thymidine)を用いました。この物質はDNAに組み込まれました。
標識をつけたチミンがどの程度取り込まれるか測定してみると、IP6によりDNA合成に抑制がかかることがわかりました。
また、有糸分裂と呼ばれる遺伝物質と細胞核の実際の分裂過程が減少することもわかりました。
私たちのこれらの実験結果や他の研究者の実験結果から、後で詳しく述べるようにIP6は細胞分裂を制御していると結論してよいと考えられます。
非常に強い抗活性酸素作用をもつアンチオキシダント
これまでに述べてきた作用に加えて、IP6は抗活性酸素作用を有しています。
IP6の多くの有用な作用は、この抗活性酸素作用のお陰であるということができます。
では、抗活性酸素作用とはなんのことで、なぜ「抗〜」という文字が付いているのでしょうか?」
ヒトをはじめとするほとんどの生物にとって、酸素は生命の維持に不可欠です。
しかし、ヒトの体内では、酸素の量とその動きは調節されていなくてはなりません。
細胞と細胞内小器官は、酸素が過量に存在すると傷ついてしまいます。
酸素分子はO2と表記されますが、右下数字の「2」は、二つの酸素原子が共有結合していることを示しています。
原子が他の原子と相互に作用しあうと化学反応が起こり、「フリーラジカル(遊離活性基)」と呼ばれるものが生じます。
原子は、電気的に負に帯電した電子と呼ばれる粒子をもっており、これが原子の中心の核の回りを周回しています。
その周回する電子が対になっているときがエネルギー的にもっとも好ましい(安定した)状態です。
酸素分子(C)は、互いに同数の電子を共有しており、安定(満足)しています。
しかし、このような分子から電子が一個引き抜かれてしまうと、分子は電子が対でなくなり、不安定(不満足)な状態になります。
このような分子は、対になるべき他の電子を活発に求めて他の原子や分子から電子を奪うことになります。
このように反応性に富み、電子を求めている原子や分子を「フリーラジカル」と呼ぶのです。
単体の酸素分子(対でない一個の電子をもった酸素分子で、Oと表記します)は、電子の位置エネルギーが高く、反応性が高い分子です。
ここで、(・) は対のはずれた電子を示し、電気的に陰性に帯電しているため、「-(マイナス)」記号で表します。
単体の酸素分子は、別名活性酸素あるいは、反応性酸素族と呼ばれることもあります。
Oのほかにも、別のフリーラジカルがあります。それは過酸化水素(H、Oで、対でない電子を二個もつ)と水酸基(-OHと表し、対になっていない電子を三個もつ)です。
これらのフリーラジカルは、総称してスーパーオキサイドと呼ばれます。
これらスーパーオキサイドは、DNAやタンパク質、そのほかの細胞内分子を酸化させることにより、傷害を与えます。
そして、このような傷害を引き起こす化学反応を酸化反応と呼びます。
生成されたフリーラジカルは、オキシダントと呼ばれます。
アンチ(抗)オキシダントとは、その名の示唆するように、オキシダントに逆らうものという意味です。
アンチオキシダントは、オキシダントが求めている電子を与えることにより、オキシダント(の働き)を阻止します。
そして、その後に続くはずの細胞やDNAの傷害を防止します。
読者はすでに、アスコルビン酸(ビタミンC)、ビタミンE群(トコフェロール)、カロチノイド(ベータ・カロチンやライコピンなど)などのアンチオキシダントについて聞いたことがあるでしょう。
IP6もアンチオキシダントなのです。それも、たいへん強力なアンチオキシダントです。
フリーラジカルがDNAを傷つけることによって病気や老化が進む
フリーラジカルは、必ずしもいつも悪者とは限りません。
フリーラジカルの特質は、有益な目的のためにも用いられることがあります。
フリーラジカルは、好中球(白血球)でつくられます。
好中球とは、免疫系の細胞群のうちの一つで、バクテリア(細菌)や、他の侵入物がわれわれの体内に侵入してきたときに、これらを貪食します。
好中球がバクテリアを実際に殺すときには、好中球はスーパーオキサイドや他のフリーラジカルを動員します。
スーパーオキサイドや他のフリーラジカルは、好中球内の小さな袋のなかに蓄えられています。
袋のなかにしまわれていますから、フリーラジカルは細胞内の他の構造物を傷害することはありませんし、アンチオキシダント物質によって不活化されることもありません。
フリーラジカルは、爆弾と同じように敵の上に落とされるのを待っているのです。
しかし、フリーラジカルは両刃の剣と同じです。防衛的に作用することもある反面、過量にあるいは異常に蓄積されると、宿主すなわち私たちの体をも傷害することになるのです。
内因性のフリーラジカルが不十分であるのと同じように、体外で産生されるフリーラジカルもわれわれに影響を及ぼすことがあります。
喫煙、太陽からの紫外線被曝、行き過ぎた酸素療法、ガンの治療に用いられる電離放射線、薬物など、これらはすべて有力なフリーラジカルの発生源
になります。
私たちの日常の食事でさえも代謝されると、ある一定量のフリーラジカルを産生します。
フリーラジカルにより引き起こされる酸化による細胞傷害は、DNAを損なうことがあります。
DNA損傷を伴う細胞傷害は、遺伝性物質の突然変異を引き起こし、ガンから白内障までさまざまな病気の原因となります。
加齢現象でさえも、部分的には、フリーラジカルにより引き起こされた細胞傷害の結果であると言うことができます。
ある特殊な状況下では、修復される前のDNAが傷ついてしまうと、そのDNAが複製されなくなってしまうことがあります。
その細胞が分裂する必要がないときには、DNAに傷がついて複製されなくなってしまってもさほど重要ではありません。
しかし、細胞が分裂しなければならない場合にDNAが複製できないということは、結果的にその細胞の死につながります。
正常な状態でDNA鎖の(フリーラジカルによる)酸化的傷害が起こると、その部分は切り出され、生体内の酵素で修復されます。
しかし、DNAの酸化的傷害とその結果の変異が長期にわたって起こると、そしてこれはよく起こりうることなのですが、ガンや加齢に関連した一連の病気などの由々しき結果をもたらすことになります。
ブルース・エイムズ博士とその共同研究者たちは、フリーラジカルと加齢との関係について、数多くの研究を行いました(1993年)。
その研究を通して、彼らや他の学者が学んだことは次のようなことでした。
すなわち、細胞やそのDNAが、アンチオキシダントにより保護されないと、病気にかかりやすくなったり、老化が促進されるというものです。
フリーラジカルを5分の2以下に抑え込むIP6
IP6は、アンチオキシダントとしてどのように働くのでしょうか?
すべての細胞は、そのなかにミトコンドリアと呼ばれるおびただしい数の細胞内小器官(エネルギー工場)をもっています。
そのミトコンドリアのなかでは、もともとは食事に由来し、燃料の段階まで分解された化合物を用いて、一連の化学反応が起こります。
これらの反応で最終的にはエネルギーが産生されて、われわれは生きていることができるのです。
この燃料をエネルギーに変える反応過程を「呼吸」と呼びます。息を吸ったり吐いたりする呼吸とは違います。
細胞はミトコンドリアのなかで、ある分子から他の分子に電子を受け渡すことにより呼吸します。
そして、この呼吸反応には、微量元素の鉄が不可欠です。
細胞はこの鉄を血液中の血漿から取り込みます。
この呼吸反応の副産物として、フリーラジカルが産生されます。
一部のフリーラジカルは呼吸反応に必要ですが、残りのフリーラジカルは大量に余ってしまい、大暴れをする危険性を秘めています。
過酸化水素(HO)が呼吸反応の過程で生成され、鉄と反応します。
この反応過程はフェントン反応と呼ばれ、反応性に富み、他を傷害する水酸基(-OH)が産生されます。
IP6は鉄と結合することにより、反応の場から余剰の鉄を運び去ります。
かくして、フェントン反応から水酸基が産生されるのを抑制します。
これにより、それに続く脂肪の過酸化反応という有害な化学反応――細胞膜の一部を構成する脂質(脂肪)を破壊する反応を阻止します。
この破壊反応は、フリーラジカルが細胞膜の脂質分子を攻撃するときに起こります。
細胞膜のなかには、脂肪酸とリン酸化合物――たとえば、フォスファチジル・イノシトール二リン酸(P-IP2)、総称してフォスフォリピッドと言う――からなる分子が埋没しています。
細胞膜では二つを組み合わせて、フォスファチジル・イノシトールと言います。
DNAもまた、フリーラジカルの傷害から保護されます。
IP6は、鉄を挟み込むように結合する(キレートする。四六ページ参照)ことにより、フリーラジカルの生成を許さずに酸素(O2)を運び去るというユニークな特徴をもっています。
メリーランド大学医学部での私の同僚であるメアリー・J・ハインツマン博士とピーター・L・ギュティエール博士は、電子軸共鳴測定法という手法を用いてIP6がフリーラジカル生成を抑制することを証明しました。
IP6を加えると、フリーラジカルのレベルは2.5分の1以下に抑えられたのです。
IP6は、アンチオキシダント機能により、活性酸素系の関与によって引き起こされるガンの生成や細胞傷害を抑えました。
第7章では、IPがフリーラジカルによって引き起こされる一連の傷害性反応をいかに阻止するのか、お馴染みのアスベストに起因する肺の破壊モデルを使って直接の証拠を示していきます。
植物界でもIP6は、アンチオキシダントとして機能します。
すなわち、種子を保護し保存させ、長期間にわたり活性(生存し成長する能力を保つこと)を維持させます。
IP6分子内におけるリン酸基の配列の仕方は、先に述べたように鉄と特異的に結合するのに役立ち、鉄の有する水酸基性フリーラジカル産生能を完全に阻止します。
ガン、心臓病、白内障などの予防やその他、数多くのIPの応用方法などは、すべてこの有用なアンチオキシダント機能のお陰です。
*天然抗ガン物質IP6の驚異(アブルカラム・M・シャムディン著)より出典