ほとんど相武紗季
ほとんど暴力といっていいような題名で始まったこの文章。
小学生の時からとにかくテレビに出る人になりたくて、
その中でも女優さんがかっこよかったので、
演技が好きなわけでもないのに女優を目指していた少女のわたし。
日夜テレビに出たい出たいとわめいていたので、お母さんがそんな私をいいかげんに黙らせるため、小五の時にとある雑誌を買ってきてくれた。
「月刊デ・ビュー」という、オーディション雑誌だ。
一般人が応募できるオーディションを載せている雑誌で、大手芸能事務所の新人募集情報のほか、選考の勝ち抜き方、応募写真の撮り方、ダイエットやキャラクターを印象付けるコーディネートまで、芸能界へのステップ1があらゆる方向から特集されていた。
こんなにたくさん女優になれる道があるのね、オーケー、これを2、3冊買ったころには私の「デ・ビュー」も早々に決まることでしょう…とすっかりその気になれる内容だった。
さすがプロの方々が作る雑誌。
そんな勘違いバカ女の私は結果、
これを小五から大学生まで買い続けた。
さすがプロの方々が作る雑誌。
それもそのはず、私が送っていたのは
ホリプロタレントスカウトキャラバン(石原さとみさん、綾瀬はるかさんなどの超絶美女を輩出)、
国民的美少女コンテスト(米倉涼子さん、武井咲さんなどの超絶美女を輩出)、
東宝シンデレラ(沢口靖子さん、浜辺美波さんなどの超絶美女を輩出)
などの、選ばれたる神の領域に属する人々のみが見出される超ビッグオーディションに意気揚々と出していたからだ。
ちなみに私が応募した年の各コンテストの受賞者、いわゆる同期は、平山綾さん、上戸彩さん、長澤まさみさんになる。
同期のみんな、今も頑張ってるよね。
あ、ミスフェニックス(角川書店主宰ビックオーディション)も応募したから、
土屋太鳳ちゃんも同期か。
同期の活躍を見てると私もがんばらなきゃって思うんだ。
お互い刺激し合える同期って宝だよね。
…。
この架空クレイジー同期漫談は、恥応募の数だけできる。
さすがに自分がこのレベルだと思っていたわけではもちろんない。
書類に通った経験ももちろんない。
それでも出したのはなぜかというと、要は大きいコンテストに出せば大手の女優事務所に何かしらの形(変わり者枠的な)で目に止まることがあるのではないか?
とお手軽に考えたからだ。
今の自分の世界で例えると、
何の実績も芸歴もない、しかも超おもしろくない素人が、M-1で優勝はできなくても1発ファイナリストになっちゃえば仕事くるっしょ、最悪準決勝でも声かかるんじゃね?
という激浅な考えの元、コンビ名「天才オモシローズ」と書いてエントリー用紙を出しているようなもので、
その紙の使い方はノーSDGs反サステナブル罪で20万以下の罰金くらいは取れる行為である。
こういったビッグオーディションの他、「月刊デ・ビュー」にはもう一つ目玉企画があった。
それは「夏の特別オーディション」という企画で、8月に大手芸能事務所が軒並み参加し新人を発掘するというもの。
普段はスカウトのみだったり、大々的に一般公募を受け付けない事務所も門戸を開く。
そこで選ばれた者はレッスンやお試し期間などなく一発で所属できるという大チャンスなのだ。
ぱっと聞いて分かる方がどれくらいいるかわからないが、
ホリプロ、ワタナベ、スターダスト、アミューズ、オスカー、研音、ソニー、トップコート、レプロ、トライストーン、フラーム…
などなど、誰もが知っていてドラマや映画で主役をはるような俳優さんばかりの事務所の募集要項がズラリ。
こういった事務所はもちろん人気も高く、かなりの高倍率になる。
基準も厳しく、今回は該当者なしということもザラにある。
それでも読者は、「求める人」の欄を読みに読み込み、入りたい事務所を吟味する。
募集要項を眺めているうちに、
これって私のことじゃない!?見る人から見たら私にも新たな才能が…!?とワナワナし、
有名イケメン俳優から「合格おめでとう。これで君も僕の後輩だね。歓迎するよ」とポンっと肩を叩かれ頬を染める自分の姿を深夜1人妄想する重傷患者と化す。
例によって多感(便利な言葉)な少女時代の石出も、夏休みの宿題そっちのけで履歴書を書いていた。
自分を客観視する、という言葉は彼女の辞書には載っていなかったようだ。
汗だくになりながらもありえない肩ポン妄想に支えられ、おかしな輝きを目に浮かべペンを走らせる自分の姿は思い返すだけでも狂気の沙汰だ。
当然、先ほど挙げたようなスター事務所にひっかかるはずもない。
しかし何年も出し続けた結果、何の手違いか一度だけ、大手女優事務所の書類選考に通ったのである。
なんとそれは、当時の全少年たちの脳内青春ストーリーのヒロインそのもの、超爽やかモテカワ女優、相武紗季さんの所属する事務所だ。
面接審査の案内を手にした瞬間、「合格おめでとう。強力なライバルの登場だね。あたしもがんばっちゃうゾ!」と自分にガッツポーズとウインクを向ける相武紗季さんの姿を妄想し頬を染めた。
私はオーディションまでの日々をポスト紗季としての自覚を持って過ごし、大張り切りで面接に挑んだ。
おそらくその日の面接時間の最短記録を叩き出し、会場を後にした。
一分あったかどうかさえ怪しい。
これが唯一の、私が万に一つでも人気女優になれる可能性が超刹那でもあったかもしれなかった経験だ。
これはつまり、相武紗季さんの事務所の方が、ほんの一瞬でもミクロ単位でも相武紗季さん的な要素を私に感じたかもしれない、という点で、
宇宙的な広さで言うと、
私はほとんど相武紗季なのである。
…暴力反対!