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あたまのびょういん

長女は小さいころから、定期的に脳波検査を受けています。
いちばん最初は、3歳児検診のあとで、その時の技師さんはすごくこわい人でした。
どんなにこわかったかというと、なかなか寝ない長女に、きつい言葉を投げつけて、おどかして、大きな音で手をたたいて、
「しょうがない子は泣かせて眠らせる。」とこわーい顔して言うのでした。
そんな人本当にいるのかしらと思うでしょう。
でもいたんですよ。
昔、もう46年も前の都立の病院。
今は、脳波検査をするときは、薬を飲んで眠らせて検査するのですが、当時は、薬を飲むのではなく、
「検査前は寝不足にさせてきてください。」というお達しがあって、そんな小さい子を、それも、障害があって全く聞き分けのない子をどうやったら、寝不足にさせられるのか、そんな無茶な。
激しく泣いたらよけい眠らなくなってしまいます。

それで、泣き叫ぶ我が子をほっとけなかった私は、技師さんに言いました。
「今日は帰ります。子どもをこわがらせないでください。」
そして、夕日の沈む、たまらん坂を見ながら家に帰りました。
ほんとうにたまらん。

その後は、個人のクリニックへ行って脳波検査をするようになりました。
あたたかい雰囲気で検査するようになって、怖い技師さん体験はトラウマにならずに済みました。
むしろ、脳波検査が好きになって、今にいたっています。
ああ、よかった。

長女が小学生の頃です。
脳波検査を終えて、家に帰るため、夕方の電車に揺られていたら、ご近所のおばさんが乗り合わせていました。
「あら、ももこちゃん。おでかけ?どこに行ってきたの?」
と聞いてきました。
親切なおばさんは障害のある子にも話しかけるのです。
「おいしゃさん。」と長女は元気に答えました。
ご近所のおばさんは重ねて聞きます。
「まあ、どこが悪いの?」
すると長女は電車内に響き渡るような大きな声で答えました。

「あたま」

おばさんは、あたふたし、
「ごめんなさい、ごめんなさい。」と繰り返し言って、小さくなりました。
おばさんは悪気があったわけでなく、せんさく好きだったんですね。
でも、どこが悪いの?と聞いたら、あたまって答えられてしまったので、すごーく悪いことしたと思ったのでしょうね。
それも、なかよし学級に通っている子だものだから。
「気にしないでください。
頭に電極いっぱいつけて検査してきたばかりなので。」
と一生懸命場をとりなす私。
でも、「頭に電極」はかえって、おばさんをビビらせてしまったようです。

まあ、あたまの病院に行って、脳波検査してきたんだから、どこが悪いと聞かれたら、あたまってこたえますよね。子どもは。

たしかに、通常概念で言えば、頭が悪い。
歯医者の帰りならば、歯が悪い。
目医者の帰りならば、目が悪い。

おばさんは同じ駅で降り、帰る方向も一緒なのですが、あたふたして、そそくさと、急いで歩いて行きました。
おばさん、だいじょうぶかなあ。
気を悪くしていないかなあ、などと、私が心配したのでした。

長女はといえば、ごきげんで、ルンルン家に帰りました。

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