街が好きということは自分が好きということ
いま住んでいる街が好き。
するといまの自分が好きになっていくとわたしは思っている。
だから、可能な限り、
いまの住んでいる街の好きになれるところを探したい。
しかし、気づけば家と職場の往復がつづいてしまう。
「よし! 散策するぞ!」
と、気張らないとなかなか時間も割けない。
しかも気張っていると、あまり好きなところが見えてこなかったりもして、
実はいま住んでいる街の好きを見つけるのは難しい。
ふらっと歩いて、道中気になったお店に入る。
物を手にしたり、食事をしたり、余裕のある精神で街を感じる。
これが、すごく大事なんだ。
会計を済ませるとき、
「この店は、また来たいかな?」
来たいとしたら、どうしてだろう。
なんてことを考えるのも、楽しいのだ。
☆彡☆彡☆彡
こんなことがあった。
台風19号が猛威をふるった翌日。
例外にもれず、その日はピーカン。
台風の被害で、遠出を断念していた私がむかったのは、
家から歩いて5分ほどの場所にある焼き菓子店だった。
今の家に引っ越してきて、来月で丸2年だ。
ずっと興味はあったのだが、扉を開ける勇気が出なかったお店だ。
5、6人もお客さんがいれば、いっぱいになってしまう小さな店で、
扉をあけてすぐに、レジに立つ店員さんと対面するであろうことは想像できる。
2年といえど、この街にとっては新参者の私。
どんな顔をしてお店に入ればいいか、わからない。
いつもそんな感じで、断念していたお店ではあったが、
台風によって楽しみにしていた予定を台無しにされた気持ちから、
半分やけくそで、私は焼き菓子店の扉をあけた。
鼻息荒く入店した私だったが、そんな状態もつかの間、
柔らかい橙色の照明と、甘い香りで、一気に顔が弛緩していくのがわかった。
緊張していた気持ちはどこへやら。
目の前には、ちいさなカウンターに丁寧に並べられたケーキやクッキー。
左側には、「天然生活」に掲載されていそうなアンティーク調のテーブル。
おひとり様(新参者)であっても、お茶をいただけるようだ。
「これは……いい店を知ったな……」
心が躍る。
わたしは焼き菓子を自分用に2つ買って帰ることに決めた。
どれにしようか、と迷っていると、
「ちょうどチーズケーキもお出しするところだったんです」
と、肌のすごくきれいな女性のオーナーさんが
声をかけてくれた。
手際よく、チーズケーキにナイフを入れるその手つきを見て、
オーナーさん自身が、ここに並ぶケーキやクッキーの作り手だと知る。
こういうとき、私の頭の中に旦那はいない。
ひとり占めしたいのだ。
家に帰り、珈琲を淹れ、さっそくに買ってきたチーズケーキに、
ゆっくりとフォークを入れる。この瞬間が至福。
口に入れると、チーズの風味が一気に広がる。
レモンの酸味もほどよく、バランスがいい。
あと味はしつこくなく、口どけ滑らか。
こんなちかい場所に、寒い時期でも私の心をときめかせ、
ほっとさせる店を発見できた。
気づいたら、またこの街の好きなところができていた。
大事なのは、気張らずに、気づいたときに街を好きになっていることなのだ。
すると、私は私をもっと好きになる。
☆彡☆彡☆彡
「僕の分は?」
話をきいた旦那が、すこし寂しそうにきいてきた。
今度は旦那を連れていってあげよう、と思った。