聞かザル
私が住む町の図書館は、こじんまりだが、レンガ造りのためか落ち着いた印象がある。
図書館までには緩やかな坂になっていて、これが私にはちょうどいい散歩コースなのだ。
1階が小説などの大人向け、2階が絵本や図鑑などの子供向けの書籍が並ぶ。
この日は、絵本を見たくなって2階へ。
いつも割と混んでいるのに、今日はなんだか人が少ない。何故だろうと考えていると、館内全体に壮大なクラシックの音色が鳴り響いた。
「あ、今日は日曜日か・・・」
うっかりしていた。
日曜、祝日は、閉館時間がいつもより早くなるんだった。
これは、閉館間際を告げる放送だ。
そう気づいた矢先、クラシックの音が突如ブチリッ!と雑に切れ、
「閉館、10分前と、な、なりました、」という女性の声が聞こえてきた。
きっと、この図書館で働いている司書さんの声だろう。
録音のときに緊張していたのが容易に想像できてしまうくらい、声がうわずっている。
この放送を聞いていると、自分の喉元あたりに余計な力が入っていくような気さえする。
しかし、このド緊張した声はうまい具合にも、来館者に「そろそろ帰らなきゃ」という焦りを生んでいるような感じがした。
この図書館で働くすべての人間の業務終了時間が、この館内放送に託されていると思うと、いてもたってもいられず、私は気になっていた一冊だけ手にとり、足早にカウンターに向かった。
周囲を見渡すと、私を除いて2階に残っているのは、ある一組の親子だけとなっていた。
6つくらいの男の子は、「これも、おうちでよみたいの!」と借りたい絵本2冊を差し出して、涙目でお母さんに訴えている。
お母さんはというと、「荷物になるから借りません!ここで読んで帰りなさい!」と迷惑そうに眉間に皺をよせながら、我が子に言っていた。
私は思う。
いやいや、2冊でしょ?借りて帰ってやれよ。ってか閉館5分前やで?
子供の好奇心を馬鹿にするんじゃないよ、興味もったら芋づる式にどんどん掘り起こしたくなるんやから。そんな好奇心を、この5分に留まらせておくなんて至難の業やで。
ふと、カウンターにいる司書さんに目をやると、なんだか複雑な表情を浮かべていた。
きっと、このお母さんの周辺では、このような複雑な顔をする人たちが、今までも、そして、これからもでてきてしまうのではないだろうか。
残念ながら、壮大なクラシックも、緊張で張り詰めたアナウンスも、届かない人というのはいるようである。