「解体屋ゲン」マンガ自体最大のピンチを傑作シリーズに変えた曳き家の仕事!
解体屋ゲンの素晴らしさについては、これまで2つの記事をnoteに書いた。単行本1冊とコンビニ本2冊しか発売されなかった、しかし「週刊漫画TIMES」の顔として900話を超えて連載を続け、今では電子書籍マンガの風雲児となっている隠れた大傑作については、まだまた書かなければならない話はたっぷりあるのだ。
そんな中から今回は、解体屋ゲンの根幹を震わせた現実の出来事と、その危機を真正面から受け止め、さらなる一歩を踏み出す大一番の話をしたい。
電子書籍解体屋ゲンの34巻第340話「大棟梁(全編)」から36巻第351話の「訪れる変化」までシリーズ、ここでは大棟梁編としておこう。
※ 話の流れは以下のとおり。若干のネタバレ含む。
『旧迎賓館「目黒離宮」(モデルは赤坂離宮かな)が、老朽化と高速拡張工事により解体の危機に。だが、復元には膨大の費用がかかる。プロジェクトのJV(共同企業体)の1つとなった住菱建設にいるレギュラーキャラの内田は、建物全体を動かす曳き家工法での工事を提案した。経済のピークを越えたかもしれない日本で、曳き家という工法が今後さらに重要となると見込んで。ゲンとそのお目付け役である曳き家のロク、そしてゲンとロクの集めた腕っこきの職人ネットワークの仲間たちがいるから……。
・日本に不安を抱える内田のつぶやき
しかし、大舞台にはしゃぐゲンに対して、引き気味のロク。高齢になった自分に大工事の棟梁は無理だと内田とゲンに対してロクはひとつの条件を与える。それはゲンが全ての職人の責任者である、大棟梁になること。
・内田のもってきた大舞台に対する好対照な二人
・ロクの出した条件はゲンの大棟梁就任
その条件にたじろぐゲンだったが、お前はこの現場を仕切るために生まれて来たんだという仲間の言葉に、大棟梁になるコトを決意する。
・いや、爆破解体のため……とはとても言えない迫力
しかし、大手ゼネコンとの軋轢、他のJV企業による悪だくみ、時間制限のある厳しい工程、それに伴う作業員の疲労……。多々襲い来る難問に対し「カットダウン工法」のために開発された1500tジャッキ、仲間の家族、ベテラン職人の技などに助けられながら、工事は終盤を迎える。
・ゼネコンvs職人。対峙する中でロクが企てた作戦とは
・悪い奴はドコにでもいる。
・すぐそこにある未来に託すため
・大工事へ自分を引き締めるケン
・カットダウン工法用に開発された専用ジャッキ
・謎の屋台、まさかトシは転職して嫁の小雪と……
・1500tジャッキ集中制御。パイプ椅子で戦った某ロボットアニメ的な……
・大工事。個人のSNSのほうがよっぽど世界に伝えているのかも
だが、そんな工事も大詰めの一般公開日、多くの人々の集まる中でロクの曳き家の歌と共にゆっくりと移動する旧迎賓館「目黒離宮」を、誰にも抗えないとんでもない事態が襲うのであった……。』
・こんなものが動くのは、そりゃ見たいよなぁ
話の流れはこんな感じである。「誰にも抗えないとんでもない事態」と書いたが、これがこの記事のタイトルとした「マンガ自体最大のピンチ」ではない。同時に起こったもう一つの事件を含め、大変すぎる事態ではあるが。
だが、上に纏めた中に出て来る、1500tジャッキによる「カットダウン工法」こそが、マンガ自体最大のピンチであり、解体屋ゲンの根幹を震わせた現実の出来事なのだ。
ゲン世界の「カットダウン工法」は現実で行われている「カットアンドダウン工法」がモデルであろう。カットアンドダウンとは、1つずつ柱を切って代わりにジャッキによって建物を支え、1階層分を全部解体したら全体のジャッキを下げて、上の階層の解体に移る、だるま落としのように下の階を取り除いていく工法である。
なぜそんな工法が解体屋ゲンの根幹を震わせるのか。それは解体屋ゲンの主人公である朝倉厳の夢が、世界的爆破解体技術者として日本に爆破解体を根差して、「日本一の解体屋」になるコトだからだ。
カットダウン工法について351話でゲンはこう語る。
「リサイクルの面でも作業員の安全でも爆破解体より上だ」
リサイクルについてはジャッキアップして細かく施工するため解体とビルの残骸とごみの分別処理が同時に出来るから。安全については爆発物を使わない・落下物が発生しない・騒音と粉塵の発生が少ないというコトてあろう。
もうひとつ
「周囲の環境負荷や企業イメージを考えてもこれから日本での高層ビルの爆破解体はあり得ねえだろう…」
とも。
・ゲンの夢が遠のく。それはしかし、未来のための技術革新でもある……
そして、それを象徴するような現実の大工事があった。
あの、赤坂プリンスホテル(正式名称:グランドプリンスホテル赤坂)の解体である。高層ビルがいつのまにか縮んでいった素晴らしい工事。
その高層ビルがいつのまにか縮んでいった大解体工事は「カットアンドダウン工法」ではなく別の工法の「テレコップシステム」によるものだったそうだ。テレコップシステムはカットアンドダウン工法とは逆に、ビルの上部階から階層ごとに解体していくシステムである。上からか下からか、どちらにしても爆破解体に対する優位性は変わらないだろう。
大きく報道されたあの素晴らしい工事は、しかし「日本の高層ビルの爆破解体」の断末魔のようなものだったのである。ゲンも、いつかゲンが日本で高層ビルを爆破するコトを期待していた読者も「どうしようか、どうなるのか」となってしまう。まさにマンガの存続にもかわるような最大のピンチ。
・ゲンの叫びは自分に?誰かに?読者に?作者に?
だが、実は赤坂プリンスホテルでは、解体の直後に、もうひとつの大工事が行われていた。それは1930年に建てられた、5,000tもある赤坂プリンスホテル旧館を8日間かけて44m動かす大工事。
そう、それこそは曳き家。
新しい工法と古い工法を行った大工事が、シリーズとして行われていた赤プリ解体。解体屋ゲンも同様に新しい工法を曳き屋という古い工法でしっかりと受け止めたのである。
それからの解体屋ゲンは、それまでよりも世界が広がった気がする。もともと幅が広いマンガではあったが、さらに世の森羅万象を描く作品となった。美少女ゲームに異世界にサイバーテロ……そしてコロナ禍。このエピソードは解体屋ゲン自体の大きな分岐点だったのかもしれない。
だが、解体屋ゲンは、朝倉厳とその周りの人間たちは、夢を完全に諦めたワケではない。近々の連載では、経済のピーク付近にいるあの国の高層ビルの爆破解体を行っているのだ。いつか国内で高層ビルの爆破解体が出来る時の為に……。
今の解体屋ゲンは経済の悪化と高齢化に喘ぐ建設業界……いや、日本自体と、その弱り目に祟り目な状況に襲って来たコロナ禍との戦いを中心に描いている。新たな解体屋ゲンの根幹を震わせる現実の出来事がやってきてしまったのである。
幅を広げつつも労働者と、その人々が住む世界を実直に描いてきた解体屋ゲンには、つらくともコロナ禍から逃げるコトは許されず、だからこそ厳しい今をしっかりと描いてコロナ禍と戦っている。実在する曳き家の方のコロナの影響による現状までも紙面に載せて。
それは、後にどんなマスコミの記事よりも大切な、この厳しい時代を描いた資料のひとつになるかもしれない素晴らしい仕事であり、もちろん解体屋ゲンは今読むべきマンガの最たるものなのである。とにかく、是非に読んで頂きたい傑作なのである!!
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