【小説】遺跡《遺品3》
父が運転する車は山の中を進む。羆のよく出るところだが、公営の大きなキャンプ場にもつながるためか道路は綺麗に整備されている。5月なのに夏のような温かの休日だ。
今日は亡くなったお祖母ちゃんの骨収めの日だ。去年の秋の大きな地震で父の田舎にあるお墓が倒壊したため、このタイミングで田舎の墓じまいをして、父と父の兄である叔父で、新しいお墓を建てたのだ。写真では見たが洋型墓石という、今時のお墓になる。
霊園らしき所にたどり着く。この街で一番大きな霊園であるそうだ。なぜか南洋の大型石像がずらりと並んでいる。よくわからないが、西洋の石の遺跡とか仏像の頭の一部らしきものも見える。異様にシュールな光景だが、田舎の墓地のおどろおどろしい雰囲気と違うのは好感が持てる。
霊園の事務所の前の駐車場で叔父家族と合流した。父の兄夫妻と従弟の守君とは地震の直後に会って以来だ。守君はまだ5歳の悪ガキ。半ズボンにTシャツインなメガネ小僧ではなく、カッコいいイケメンのお兄さんな従弟が欲しかったと思うが、こればかりはしょうがなぃ。
お坊さんの車がついたので、3台の車で新しいお墓に向かった。花と線香を用意して、無料レンタルの桶と柄杓でお墓にかける。お坊さんは持ってきた折り畳み机に仏具を並べた。
父と父の兄が墓の前の石を動かして2つの遺骨を墓の中に入れた。お墓というよりはお爺ちゃんとお祖母ちゃんの新しい家のような気もする。
「ダウンサイジングだね、お祖母ちゃん。」
お坊さんのお経を聞きながら、心の中でひとりごち。残念ながら私にはお爺ちゃんの記憶はないが、お祖母ちゃんの見せてくれた写真に写っていたバイクに乗ったお爺ちゃんが、今時のイケメン(背は低かったが)だったの驚いたのは覚えている。面食いだったのね、お祖母ちゃん。今頃、そっちで仲良くバイクで走り回っているのかな。
骨収めの儀式はシステムマチックにあっさりと終わった。涙もろいウチの母も泣かない程に。守君が騒がないで見ていたのは意外だったが。父達は霊園での打ち合わせがあるとのコトで、私は守君のおもり係に。守君が「モワイ見たい、モワイ!」というので南洋の石像の前まで車で送ってもらった。母達は事務所に併設されたレストランでコーヒーだという。私もそっちが良かったな。
南洋の石像を下から見上げる。守君は「モワイ」と呼んでいたけど、そんな名前だったっけ。ちょっと違う気がしたけど、よくわからない。たまに好きなアニメDVD見ると何本かの最初に出てくるんだけどなぁ。
「どうやってこんなの作ったんだろうね、昔の人は?」
守君に聞いてみる。まあ、わからないだろうけど時間は稼げる。
「プカオが無い初期モデルばっかりだな、これは無理……。」
私の質問には答えず守君はなにか難しいコトをつぶやいている。こんなコだったっけ?子供の成長は速いなぁ。
「雛ねーちゃん、あっちの石も見に行こうよ。」
守君が言うので西洋の石の遺跡に向かった。円形に並んだ石の柱の上にさらに石が並べられていたり、これも昔はどう作ったのだろうというものだ。真ん中に入ると
「そうだ、雛ねーちゃんにいいものあげる。」
守君がズボンのポケットからゴソゴソ何かを取りだして、私の掌の上に乗せた。
「トローチかしら。ありがとう。」
口に入れて一舐めると強烈になじみのある味が舌を襲った。たまらず私はそのトローチ状のものを吐き出した。
「しょっぱぁ!」
「今日は天気がいいから、塩タブレットをなめるといいんだよ。」
守君がニヤニヤしながら言い出した。何も成長していない、ただの悪ガキじゃあないの!
「くそう、やられた~。」
毒を盛られた誰かのように、喉を押さえて芝生に倒れこんだ。石の遺跡の中の日差しが心地良い。このまま寝込むのも子守り短縮の一計だろうか。そう思った瞬間に車のクラクションが鳴った。
「帰るよ。」
父達が迎えに来たのだろう。守君の手を引っ張って、南洋の石像のほうに戻る。このまま守君家族とお昼ご飯だ。焼肉だといいなぁ……。
数日後の深夜、私、箱田雛は件の霊園、南洋の石像が並ぶ道の前にいた。親友であり下僕である東山千代子とその愛車の軽トラックと共に。そして目の前にはいつものように青く光る人型の時の管理人「セカシオ」がちんまり立っていた。
「で、来てあげたけど今日は何があったの?なんでココなの」
セカシオに用件を聞いてみる。
「何者かが、時空を動かす起動装置を動かした。別の時空間とこの時空間が合成される危険がある。その装置がここにあるから君達に止めて貰いたい。」
「この石像?」
千代子がセカシオに聞く。
「いいや、あっちの奥にある石の遺跡だ。あれは良く出来過ぎたレプリカで、そのまま装置として動いてしまったようだ。」
「時空が合成されたらどうなるの?」
私はセカシオに聞いてみた。
「別の時空間はココとほぽ同じだけど、ちょっとの差異はある。その差分を吸収できないで大きな天変地異が起きたり、君達が君達でないものになる可能性もある。まあ、簡単に言うと『世界が壊れる』。でも不思議なんだよなぁ。装置の起動には供物として時の魔法少女の唾液と君達の世界でいう塩化ナトリウムが必要なんだけれど。」
「塩化ナトリウム?そんなもの簡単に手に入らないわよね?」
私は恐る恐る千代子に尋ねる。答えは解っているのだけど……。
「流石は成績はいいのに旧仮名遣いを知らないバカね、塩よ塩、塩!」
私だ。私の仕業だ……。どうやら私は『また』知らず知らずのうちに世界を破滅に向かわせたらしい。私が吐き出した塩タブレットで装置を起動させてしまったのは間違いない。
「え、ええと、どう、どうすれば装置を止められるの?塩と私の唾液とかで止まったりするのかしら。」
とにかく私が起動させてしまった秘密は墓場まで持っていかなければならない……って、ココが墓場だったっけ。ともかく解決しないと。
「あの石の遺跡は起動装置。あの遺跡が見える場所で魔法陣を描いて時空の間の装置に行って停止装置で止めなければならない。」
セカシオの答えに千代子が反応する。
「そうと決まればとっととやるだけだね、早く乗って!」
千代子に促されて、軽トラの助手席に乗る。セカシオは荷台に載って胡坐をかいた。千代子は西洋の石の遺跡にほど近い通路で、軽トラをドリフト状態に持ち込んだ。
「これでいいか…えええええええええ?」
千代子がドリフトによるタイヤのブラックマークで360°の二重円である魔法陣を描いた瞬間に光った魔法陣から軽トラが地面から地底に落ちる……感じがした。いつの間にか軽トラは、底の見えない谷にある石の橋の前に止まっていた。400mほどある橋の向こうには大きなレバー状のものが見える。
「あれが停止装置だ。」
セカシオが言う。とても分かりやすい停止装置、と思っていたに千代子が車をUターンさせた。
「絶対、あのレバー動かしたら橋が落ちるシチュエーションでしょ、コレ。アニメで見た。魔法少女さんは荷台に載ってレバーを動かしなさい、バックで行って、何かあったら全開でココまで戻るから!」
私も何かのアニメで見た。「帰宅後のステマ・まどか」だっけ?そんなコトはどうでもいい、私は荷台に乗り込んだ。
「いいわね、いくわよ!」
千代子は言ったそばから凄い勢いでバックした。レバーに触る前はそんなに急がなくてもよいのでは?あっという間にレバーの前まで着いた。私は荷台の上からレバーを下げる。あっけなくレバーは下がり、なぜか警報のようなブザーが鳴り響く。
「出して!」
千代子に言うか言わないかの時に車は走り出した。荷台から転げ落ちそうな私をセカシオが羽交い締めしてくれた。燃えているようにも見えたけど、熱くはないのね、この神だかなにか。
「舐めるなぁ!この車の赤某よつばエンジンはスーパーチャージャーのプーリー小径化と外付ターボ、インジェクター交換に外付けコンピューターでの実馬力は230馬力OVER!半端じゃないのよ!」
千代子が叫びながら進むと、やっぱり石橋がレバーのところから崩れ出した……って、大丈夫カシラ?コレ!
「チヨコサン、ダイジョウブデスヨネ?」
震える声で叫んだが、エンジン音と排気音で何も聞こえない。爆音に弱いらしいセカシオが耳を抑えるために手を離したら、私は転落死するに違いない。たのむからはやく着いて!
「うわおりぇりゃ!」
千代子が車を360°回した。いつものように魔法陣が描け、車は真上に向かって浮き出した。遠ざかる魔法陣の中には『7秒36』って文字が浮かんでいた。なんだろう?
……気づいた時には軽トラは石の遺跡近くの通路に戻っていた。とりあえず一安心。荷台に寝転んだ私とセカシオに車を降りた千代子が声をかけてきた。
「あのさ、『とけゐ』で時間止めてレバー倒したらよかったんじゃないのかしら?すっごい燃料減ったんですけど。」
「そうですよ。」
セカシオが飛び起きて私に向かっていう。
「いや、だって千代子がバックにしたから。」
「まあ、ガソリン代だけ……、あ!」
千代子が何かに気づいたようだ。
「セカシオ、さっき時の魔法少女の唾液とか言ってたけど、時の魔法少女ってそんなにいるの?」
「私の知る限りは雛さんしかいないですが、下僕、それが何……、あ!」
「ついこの前にこの霊園に来た時の魔法少女がいるって、私知っていますが。」
千代子とセカシオがにじり寄って私の顔を覗き込む。鬼の形相ってこういう顔のことなのかしら?
「じ、事故、事故ですから。石の遺跡で塩タブレットを吐き出したとか、そんなのしょうがないじゃない!」
「吐いた塩タブレットって拾って捨てなかったの?マナーって知ってる?」
千代子、普段はちんまくて可愛いのに今日はとても怖いわ。
「忘れてた、だって、知らなかった!知らなかったんです!」
「セカシオ、私が時の魔法少女をやったほうが良いんじゃないかしら?一人で魔法陣も描けるし、雛がいる必要ってあるかしら?」
「ん~そうみたいですが、それは『とけゐ』が決めることですから。」
「ええい、下僕が謀反を起こなぁ!とりあえず、ガソリンは来月のお小遣いまで待って。」
「中東がアレだからガソリン値上がりしているし、雛の来月のお小遣いで足りるかしら?あとオイルも交換したいんだけど。」
「あ゛ぁぁぁぁ!」
私の叫びと共に朝日が差し込んで来た。今日も学校だ。
~fin~