「メダリスト」スポーツマンガを追求した先のそれは真の魔法少女なのか!
・はじめに
まさに圧巻の傑作だった。
2022年2月25日発売の「アフタヌーン」2022年4月号に掲載された「メダリスト」20話、サブタイトルは「下克上」。
それまでの19話で蓄積したものを解放する、波のように何度も押し寄せるカタルシスの解放。普通の月刊マンガなら1話に1度、いや数か月に1度の見られればいいそれを、コンボでつなげてガンガン魅せられる、もの凄い構成。なおかつ、その間に綺麗に難解なスポーツのルールを絡め、競技自体も素晴らしい画で魅せられたその回は、もはや至高のマンガの域にある。
・あらすじ
「名古屋に住む、アイスダンスで全日本選手権にも出たフィギュアスケーターの明浦路 司はアイスショーのオーディションに落ち続けていた。そんな時に司はリンクの受付で一人の少女と出会う。
受付のじいさん、瀬古間さんに料金代わりに小鳥のエサのミミズを渡してリンクで滑っていた少女の名は結束いのり、小学5年生。勉強と学校に馴染めずにフィギュアにのみ明るい光を見ていたいのりだが、母親はデキの良いいのりの姉が中学でフィギュアに挫折した経験から、いのりを諦めさせようとしていた。
昔のパートナーで指導者をしている高峰 瞳にアシスタントコーチを依頼された司。その前にいのりと母が現れる。いのりの母はいのりにフィギュアを諦めさせるため名古屋中のクラブを回っていたのだ。
5歳から始めないと無理と言ういのりの母だったが、司はクラブに通えない中で中学から始め、20歳でコーチについた時にはアイスダンスならと言われてシングルでの戦いを諦めた人間だった。引くワケにはいかない。いのりの母を説き伏せた司、そしていのりは全日本選手権を目指す。
とはいえ、いのりは初心者。初級のテストでいつもと違うリンクへ向かったいのりは心の安定のためにミミズ探しをするが、そこで1人の少女と出会う。少女の名は狼嵜 光。前年の全日本選手権ノービスBで優勝した天才少女。回りの残念な大人たちから助けてもらい、光と友達になったいのりは、その華麗な滑りとジャンプを見た後に司に言う。『わたしが世界一になりたいって言ったら手伝ってくれますか?』
そして、司といのりの世界への挑戦が始まる……そして、初級だったいのりは僅か1年で……。」
・美しくも残酷な競技
年下の子たちと初級から始めるいのりだが、このマンガの怖さのひとつに「子供たちすら中学までに全日本に出ないと先がない」と思っているというものがある。もちろん、いのりが光と戦うコトを目指すストーリーだから当然だが、ギャグもふんだんに入れているにも関わらずフィギュアスケートの競技としての重さが消えない重厚な作りのマンガである。
実際のフィギュアスケートも15歳の世界一が出る状況だ。フィギュアスケートの門外漢でも、「女子選手のジャンプのピークは15歳」と感じてしまう世界。オリンピックでのあんなこんなもあり、シニアを15歳以上から17歳以上に変更という話も出ているが、このままだとジュニアの方がハイレベルな競技となってしまう状況。いや既にもう……?
そして、シニアで全日本選手権のリンクに上がるためには7級が必要(アイスダンスは色々と別らしい)。15歳までに7級をとらないとトップレベルの競技の場がなくなるのだ(将棋の奨励会みたいだな)。後からとっても大丈夫かもしれないけど、多分ココで大半の選手生活は終わり、いのりの姉の引退もそういう形だったのかもしれない。
いのりの姉はメチャクチャ明るくデキの良い子の設定だが、それがコントラストとなってフィギュアスケートの競技としての怖さが倍増する。
・完璧なライバル、素晴らしいライバル
あらすじのとおり、この物語には狼嵜 光というライバルが出る。明るく、まばゆいオーラを持ち性格も良い光だが、バックグラウンドは重く、往年の少女マンガならばこちらを主役に置くのではというキャラであり、いのりと同い年で既に3回転ループ×3回転ルッツを飛ぶ天才かつ、日本ノービス王者。
もう登場時から王者感バリバリであり、かつコーチも司が憧れていた、このマンガ最強のスケーターである金メダリスト夜鷹 純の弟子。正直、作画もコストも他のキャラよりかけており、美しさとともに怖さがにじみ出ている。登場するコマ1つで作品のテンションを上げる程に。
もちろんライバルは他にもいる。初級から2回転を飛ぶ小3の猫少女な三家田涼佳、銀メダリストの息子ながら伸びなくて焦る鴗鳥理凰(男子だが色々とつっかかる男)、1級で京都の出遅れた小4な大和絵馬。皆、競技にひたむきな子ばかりである。
そしてライバルは当然、司にもいる。前述した夜鷹 純、涼佳のコーチである那智鞠緒、鴗鳥理凰の父の鴗鳥慎一郎、絵馬のコーチ蛇崩雄大……。フィギュアスケートというコーチとのマンツーマン関係が大事な競技(もちろん大半のコーチは複数の子を教えているのだが)では、選手を伸ばすだけではなく、その選手の踊りの構成という戦略も大事となり、コーチ間の戦いもある。まあ、夜鷹 純以外は人としても指導者としてもそれなりにちゃんとした、良い人ばかりではあるんだけど。
・マンガが上手い、そして圧巻の構成力
マンガがとてもうまい。
驚くコトに作者のつるまいかだ先生は「メダリスト」が商業誌連載デビュー作らしいのだが、とにかく上手い。気合の入ったカラーの絵も、ギャグの時のデフォルメして抜いた絵も上手い。競技の特性で他より気を遣う、足先から指先までバランスを取り、体幹を意識させる絵も素晴らしい。そしてリンクという勝負の場とそこで踊られる演技の見せ方も。
コマ割りも上手くてサクサク読めるし、しっかりと読むべきテンポを指示してくれる。競技を魅せる画のレイアウトも文句なしい。ギャグの間も良く、なのに競技の特性として非常に難解なルール、得点システムの説明を綺麗に内包している。マンガの邪魔をせず楽しませ、それどころかルールをきっちり武器として使っているのだ。
なにより話の構成力。20話にここまでのピークを持って来て、初めに記したとおりにカタルシスの解放を波のように見せつける。そしてそれは20話という区切りだけでなく、連載上ではカタルシスの解放の舞台となる中部ブロック大会のタイミングを冬季オリンピックにぶつけていたのだ。
本当なら冬季オリンピックで作品にブーストがかかったかもしれないが、実際のオリンピックのフィギュアスケートは思わぬ方向で残念な形となった。しかし、そんな状況をものともせず、このマンガはその残念さを打ち消す程のもの、競技を持ち上げる力を読者に見せつけたのだ。
しかし20話の、いや中部ブロック大会全体の話だけでなく、カタルシスの解放はほぼ毎回で魅せられる。いのりは成長を全てそう思える程に各回も良く構成されている。それなのに20話でカタルシスのコンボが出て来るのは既に魔法の域のシナリオ構成なのだ。
そして、まだまだ先はあっても飽きず、毎回楽しめて、各大会で前のピークを越えそうなのだ。そう、あらかたの作品のラストまでの構成は作られていると思うから。
・発売された5巻と魔法少女
3月23日に発売された「メダリスト」5巻。全編が全日本選手権中部ブロック大会。新たなライバル+既出のコーチと新たなコーチたち。現在のスポーツマンガで突出しているくらいの素晴らしい話である。残念ながら単行本の初出情報ではピークの20話の前、19話までの収録となるようだが(個人的にはこの巻は20話まで入れて欲しかった)、5巻とともに連載している「アフタヌーン」の4月、5月号も購入して読むべき。もちろん他の連載陣も協力だし、メダリストは連載で追うべき傑作となっている。
そして、5巻掲載分と次の20話・21話までの中部ブロック大会。全ての選手の演技構成とミス、加点を作り上げ1人の選手も雑にしない素晴らしいまとめ方(もちろんテンポは見失うコトもない)。特に負けた選手の表情のなんという残酷な美しさ。
キスアンドクライで点数結果で点数報告を待つ選手とコーチ。それは使った魔法の結果を待つ魔法少女と使い魔の姿だった。いままでの記事でも使っている、アーサー・C・クラークのクラーク三法則の「十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない」という言葉。それをちょっと変えたい。
「十分に発達した運動技術は、魔法と見分けがつかない。」
「十分に発達した漫画技術は、魔法と見分けがつかない。」
「メダリスト」はそういうマンガなのだ。
フィギュアスケートは今、とても扱いづらい状況が発生しており、予定の構成からズレるコトもあるかも知れないが、それをものともせずに予定の到達点を超える高みを見せて欲しい。
圧巻の20話はこの号で
実は「メダリスト」も載っている八十亀ちゃん11巻。もうすぐアニメ4期!