「アトム今昔物語」'60年代 既にAIとポリコレ問題を手塚治虫先生は描いていた


1.はじめに


日本のストーリーマンガを発明したと言われるマンガの神様、手塚治虫先生。

どの手塚作品が好き?と言われたら「火の鳥」「ブッダ」「鉄腕アトム」「リボンの騎士」「ブラックジャック」……論議は尽きないだろう。

なんでも書いているのだ。トランスジェンダー的な「リボンの騎士」、初期BLの傑作「MW」、ケモナーな「W3」、生きるダッチワイフな「やけっぱちのマリア」……

なんか偏った気もするがそれはともかく、個人的に一番最初に買った手塚作品は「アトム今昔物語」であり、今でも一番好きな手塚作品である。


2.あらすじ


TV版「鉄腕アトム」の最終回で核融合抑制装置のカプセルと共に太陽に向かったアトム。そんなアトムを拾った文明の進んだイナゴ型宇宙人のカップル、オハラとスカラはアトムを修復。

1967年に始まった産経新聞新聞版の「鉄腕アトム」はこう始まった……

……のだが、「アトム今昔物語」として単行本化される時にアニメやマンガ版とのすり合わせのため

「はじめを すっかりかきなおしてしまいました」

と、マンガ内に登場した手塚治虫先生本人によって語られる。

そして……

『新婚旅行からの帰りに退屈な科学者のオハラと仲たがいした自由奔放な宇宙イナゴ人のスカラ。スカラはすぐに金持ちの商人パトラへと心が動く。NTRされると相手に殺されるという昆虫的イナゴ人の掟により命の危機が生じたオハラは、なにより自然好きなスカラに良い星があるよと言い、姿を変える「変態器」によってスカラをイナゴ人から人間の姿に変えてロケットで自然豊かな星へ送り出してNTR発生を防いだ。

スカラを乗せたロケットは、オハラの言う自然豊かな星「地球」の東京湾の底で爆発。命からがら脱出したスカラは、ロケットの調査に来て爆発に巻き込まれたアトムに助けられた。

アトムはお茶の水博士に助けを求めるために科学省に向けて飛ぶが、アトムの知っている街は消えていた。アトムは地上で出会った信ちゃん(立派な住まいがある職業ホームレスで後の友人)に恐ろしい話を聞く。

「ここは1969年だよ」

アトムとスカラは爆発によって2017年の未来から現代(単行本化あたり)の日本にタイムリープしていたのだ。』


3.ロボットと電子頭脳(AI)とその権利


アトム今昔物語は1969年、1993年、2003年以後を舞台にしており、その中でアトムとスカラの珍生活、ベトナム戦争の悲劇やタイムパラドクッスなども描いているが、一貫したテーマとなっているのはロボットの権利。

1969年では意思の有るロボットの誕生、1993年ではロボットの冤罪、2003年は戸籍を得るロボットと結婚するロボット、そして命を捨てて人を助けるロボット。

宗教観等の違いもあるが、一般に日本はロボットは人間の味方、他の国の多くではロボットは最終的には敵になる召使と良く言われている。

鉄腕アトムはドラえもんと共に人間の味方の代表格であり、そのイメージにロボットの権利を含んで考える人はあまりいないと思う。でも鉄腕アトムは一貫してロボットの権利を描いており、特に「アトム今昔物語」はそこに主題を置いた話だ。

現在AIの史上最大のブームが来て、文章・絵画・音楽・映像などの芸術文化にも次々にAIが現れて競争が発生し、アップグレードされて最適化が進んでいる。

一方でAIをツールとして認める者、AIデータに過去の誰かの作品の混入があるからAIの使用を認めない者……色々な人間が発生している。

ロボットの前に基礎のAIの時点で争いが発生している。そりゃいずれはロボットの権利での大論争は避けられないコトに。日本はロボットが好きな民族ですが、汎用的に使えるプログラムを作ったプログラマーにそれを利用した者の犯罪の責任を負わせようとした過去も持つ国ですから……

※ ロボットに絵画AIは関係ない?いえいえ、自律可能で意思を持つロボットに絵を描かせて販売するのとAI作画の作品を売るのはほぼ同じ行為です。

多分、棋譜データを使わなくなった将棋ソフトのように芸術文化なAIソフトが批評アルゴリズムを得て他のデータ無く作品を作れるようになっても、元データが問題と言う者は残るだろうし、それも正しいのかもしれない。

一方で商業化の中心では今後、AIをゴリゴリに使うのは止まらないだろう。どこかで線引きが必要で、2023年6月に文化庁が「AIと著作権」というPDFを公開しているが、これもなかなかまどろっこしいものである。

ただ、これは文化庁も「ある種のグレーゾーンが無いと育たない文化もある」と認識している部分があるからだろう。

自分もFooocus経由でStable Diffusion XL使ったり有料版のChatGPT使ったりしたが、まあなかなか混沌としてて面白かった。まだまだアトム的な人工頭脳は遠いかな、でも技術的にはついに二次曲線の急な線に乗ったのかもしれない……

※ AIについてはなぜか現在大好きなマンガ「解体屋ゲン」で、とあるAI企業のLLMにSLMなAIで戦うという展開が進んでいる。さすが森羅万象を描く解体屋ゲン……


5.AIの人権問題の裏にあるもの


「アトム今昔物語」におけるロボットの、電子頭脳というAIの権利のバックボーンがアメリカにおける黒人の人権問題だというコトは読めばすぐに理解されると思う。

1969年の時点でスカラがアトムに言った言葉がある。

要約すると「ロボットは奴隷、でもあなたは弟だから特別あつかい」

この言葉を聞きアトムは家出する。

スカラの星では労働は基本全て奴隷であるロボットが行っている。科学技術はアトムの生まれた2003年の地球よりも圧倒しているけれど、それでもロボットに人権が無い世界。もちろんロボットの開発理念が違うからだが、その違いとて、実在世界の最終的には敵になる召使ロボットな海外的考えからであろう。

さて、スカラとかオハラとかパトラとかになんとなく聞き覚えがある、いや、物語の名まで分かった人もいるだろう。イナゴ人の名前は有名小説とその映画「風と共に去りぬ」がベースである。

風と共に去りぬは南北戦争に振り回される貴族たちの物語であり、南北戦争は基本的には奴隷制度の是非の戦争だ。アトム今昔物語は敗戦から復興する日本、ベトナム戦争の悲哀、ロボットの権利を含めた上での手塚版の「南北戦争とその後の物語」とも言える作品なのかもしれない。

直接黒人の人権問題を描かずに皆が好きになったアトムで人権問題を伝える。単純にロボット≒黒人な扱いとして怒る人もいるかも知れないが、まずアトムとロボットたちで人権問題を扱い、そこから人種差別その他の人権問題を考える素になるように提示しているのだ。

※ 2003年編ではアメリカの公的機関の代表として黒人らしき人物も出て来る。

ロボットは人間の味方、それは異なるものを受け入れて平等に過ごす社会への先駆けかつ目標である。アトムというぼくらの友達であるヒーローを作り、そのアトムによってより直接的に権利と平等を語ったものが「アトム今昔物語」でもある。



6.タイムパラドックス


そしてタイムパラドックス。2003年のパートでは1969年からのアトムと共に天馬博士が作り出したアトムが存在する。

ふたつのアトムが揃う時、スカラはある行動を起こす。天真爛漫でバカな行動ばかりしていたスカラだが、元々文明の進んだイナゴ人、かつ1969年からの生活が彼女に賢い判断をさせたのだろう。

そして、その行動はアトムというロボットを奴隷だと思っては出来ない行動である。

「アトムよ生まれなさい!さあ今!」

いつしかスカラにとってアトムは、ロボットは生まれるものという認識になっていたのだ。

ここで物語は同じで新しいもうひとりのアトムの話へと移り、「鉄腕アトム」と同じ形のアトム誕生エピソードが再度語られていく。そしてアトムには父と母が与えられ、これもロボットの人権問題であるロボットの教育の話を越え、ある宇宙人との戦いを越え、大元のイナゴ人のエピソードを紡ぎ物語は綺麗に終わる。

「人類にとっていろんな忠告が含まれとる」というお茶の水博士の言葉と共に。それは多分、手塚治虫先生の言葉でもあるだろう。


7.おわりに


「アトム今昔物語」は個人的に初の手塚治虫先生の単行本。それまでにブラックジャックなど色々と手塚治虫作品は読んでいたが、当時三冊で終わる短いこのアトムの物語は、しかし手塚治虫先生のマンガの上手さと深さをしっかり味わえた作品だと思う。

手塚治虫先生は後の新人・作品の芽を摘むくらいに八百万の物語を描いていたと思う。しかしそれ以上に良きマンガ家のライバルと強い新人と彼らが描く物語を植える土壌を作ったのだ。

「アトム今昔物語」の後半は「鉄腕アトム」序盤のリメイクでもあるので、これから読んでも「鉄腕アトム」に繋げて読める。

あの大傑作映画「Back to the Future」の十数年前に、同じタイムパラドックスを負けない程に面白く描いた「アトム今昔物語」があった。
それは手塚治虫作品入門としてとてもお勧めの作品なのである!

「鉄腕アトム」やその多数の派生作品を読んだ人にも是非!!

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