5.黒い大阪城
「どうしたのママ?」
「ううん、なんでもないよ」
怪訝そうに母親の顔を覗き込んだ少女は、横に座っている笑顔の消えた母親が節目がちに遠くを眺めている姿に、本能的に不安を感じているのだろう。さっきまでポテトを口に運んでいた手を止めて、母親の目線の先を追った。
二人が座っている窓際のカウンター席は、その窓から大阪城公園が見える…はずだった。毎朝この場所で朝食をとり、そのまま少女は学校に、母親は勤務先へと向かうのが日課である。
ところが、今日は少し雰囲気がおかしいなと母親は感じていた。母親の名は木下藤子、娘の名は真梨といった。
藤子は今の仕事を続けるかどうかを悩み始めていた。仕事は旅行代理店の経理部門で法人向けの売掛金の回収業務を担当している。実は、3年前に離婚してからシングルマザーとして真梨を育てているのだが、収入面での不安は無いものの、日々の残業が多くてなかなか子どもの相手をしてあげられない。
地方の得意先への回収業務で出張にでることも少なくない。そんな時は妹に真梨を預けて行くのだが、来年には妹にも子どもが生まれるのでもう迷惑をかけられない。
けれど、退職してしまえば、生活費の問題に直面する。パート暮らしで一人の子どもを養育できるのか不安が先に立つ。
そんなことを考えながら窓の景色をぼうっと見ていたのだ。
「ねえ、真梨ちゃん」
しばらくの沈黙の後、母親は呆然と見ていた窓の外の景色に何か違和感を感じて、口をひらいた。
「あれ、大阪城の色って黒かったっけ?」