あたしのシアワセな結婚?

視点がちがう、それがこうも苦労するとは。

マチは結婚をやや後悔していた。

幸いなのは、結婚相手の男が、いわゆるスラングのアレの『上級国民』だったこと。

男女逆なら、女は、男を見捨てるかもしれないし、もしくは男を飼うと決めてさっさと対等なパートナー関係には見切りをつけるのだろう。

(……いや、男が上級国民だからって別に、現代の女は幸せにはなれんでしょ。一昔前なら……疑問なんてなかったかも……ね)

今、求められていることは、仕事を辞めること。

「時間のムダだろ? 趣味で働いてオレとの時間を犠牲にするって、ソレ前からオレはヤだったんだよね。もう結婚したんだしイイじゃん。オレの妻になったよな? わかってる? なんで? 専業主婦なんて今じゃ若い子の憧れッて聞くけど。贅沢するなよ、オレがちゃんと好きなんだから。それで満足して欲しいんだけど」

……家庭に入れ、外に出るな、旦那は言う。
昔ながらの旦那さまといった彼だ。確かに、彼に愛されてはいる。それはわかる。それがいちばんよくわかりすぎるほど。
だから、結婚するなら、この人しかいないと思えた。

でも、マチはキングサイズベッドで彼の肌を隣に感じながら、彼のきれいな寝息を聞きながら、豪勢にも『なにもないミニマリスト』邸宅のベッドルームにて、雑多な、編集部を思い浮かべる。

雑誌編集の仕事につくのに、どれほど苦労したか。
幼き日から、どんなに憧れて、ファッションチェックをしに図書館に通って、なんとか最新の美しい世界に追いつこうと、ひた走ったことか。

結果、マーメイドのような恋に見初めらて、この相手しかいないと思うに至った。
いや、あたしが結婚しないと、この男は病んじゃいそうたったから。
失敗経験なんて、なさそうな、大富豪の三男だ。
こんな男のあんな重い感情は、あたしには荷が重すぎるとも思えた。けれど、愛で満たされる時間は幸せだ。だから。だから、この男にすべて許すことにした。

あたしたちは、結婚した。

そして恋を叶えたマーメイドは要求する。オレだけのものだろ、当然だろう、仕事をやめたら?
その仕事、趣味でやるには荷が重すぎるだろ?

あたしの仕事も、仕事で得る収入すら彼には趣味のお遊びだった。彼は、マーメイドにして王子様にして支配者なのであった。

うん、確かに。
結婚した。

受け容れた。
妻になった。

……でも、隷属しているつもりは、ないのだけど……。
庶民感覚なのだろうか。
贅沢な、悩み、贅沢な仕事なんだろうか。あの激務の編集部が?

……シアワセってなんだろう、結婚した男に抱かれた後で、愛を囁かれたばかりなのに、疑問が浮かぶ。

この結婚、いや、好き嫌いだけ、お金だけで。人間っていうものは、厄介で……。

『だけ』で、満足することなんて、無い。
旦那さまは、現に、結婚したら次を求めてきた。もうその趣味をやめてくれと。

仕事なのにな。
でも、確かに旦那からしたら、あたしの邪魔な趣味でしかなかった。

格差婚とはこんなツラさも、もたらす、あたしは、骨身で知ってゆく。明日もまた知らされるだろう。

結婚は、幸せなのに。
うん、結婚は人生の墓場だった。うん。

(……仕事やめなくてもいい言い訳、考えなくちゃ……)

寝よ、と、寝返りを打つと、端正な顔が視界に飛びかかる。うちの旦那の顔。
幸せそうな、安らいだ、寝顔だった。

(……つねってもいいかしら?)


END.

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