ツノはまだ?血はまだ?(姉妹喧嘩)
「悪魔ってそのうち、山羊のツノが生えたりするんだよね? 人間じゃないんだもん、人間の姿でいるのってずるいよね、はやく人間じゃなくなるといいのに」
ぶっきらぼうに妹の結愛が言う。
わざわざ部屋にやってきてまで、妹にそんなことを言われた姉の美沙は、睫毛をしばたたかせながらもわざと不機嫌な声色で応じた。妹は下手にでるとつけあがって調子が出るタイプの性格だった。
「知らないよ、そんなこと」
「お姉ちゃんはどうして今日、結愛にノートなんて届けにきたの? 別に今日、アレいらなかった。今日国語なんてないもん。どうして今日、ゆみ君を見て、ゆみ君を見てたら、ゆみ君に話しかけたの?」
「どうして? どうしてお姉ちゃんはお姉ちゃんなの? ずるいと思ってもらわなくちゃ困るよ。お姉ちゃんは悪魔なんだから!!」
「悪魔なんだから!! さっさとツノでも生やしてキバでも立てて犬の生き血でもすすってろ!!」
姉妹喧嘩になるなぁ、と。美沙はくちごもる。妹の結愛が、ああ、隣の席の男の子が好きなんだ? という通常の姉妹なら恋に花咲くような共通点は、今日の午前中にはもう気づいていた。
妹の2年A組にノートを届けにいって、口実のノートを手にしながら、上学年の生徒にどきまぎしている男子児童に声をかけた。
『こんにちは。はじめまして? 姉の美沙です。いつも妹をお世話してくれてありがとうございます』
教科書の英文翻訳の定型文のように言った。
男子児童は、上学年の女の子、というだけで、頬をピンクに染めた。
『は、はい……ッ!? ど、どうも、こんちは』
『うん。こんにちは!』
そのとき、隣の席の妹は、目と口と鼻が奥へと窪んで、野生の獣のように酸鼻にゆがめられた顔面となって静かに怒り狂っていた。姉たる美沙には、結愛の愛情が察せられた。
美沙は、今日は生理の三日目だ。めまいがして、具合もあまりよくない。
怒りに狂う、狂ったようなところがある妹との押し問答は、骨が折れる。だからさっさと正直に口に出した。
「あたしは、ツノなんて生えない。人間の形にだってなれる、母さんみたいに。結愛、どうしてそんなにお母さんにそっくりなのに、結愛は悪魔になれなかったの? 結愛はそんなにきれいなのに不幸な星の生まれなんだね」
「この売女め!!」
「悪魔なら悪魔らしく山羊とでも結婚しろ!!」
「ゆみ君は、ゆみ君は血が緑色にならないように毎日戦っているの、お姉ちゃんがゆみ君に近づいたんじゃゆみ君はミドリどころか青くなっちゃうじゃない!! 悪魔め!! 犬とでも結婚しちまえ!!」
美沙が一蹴する。
「ミドリも青も同じだよ、神奈川では。ていうか日本なら」
ドアを開け、さっさと出て行って、と指示した。可愛い妹を尊重する気持ちが不思議とまったくせず、むしろ腸がひっくり返って煮えるかのように、頭がグラグラした。とにかく早く出て行け、と念じる。妹は悪魔のようになって食い下がる。
「結愛のお姉ちゃんなんかもう死んでるんだから!! あんたなんか悪魔なんだから!! 結愛のゆみ君を取ったら殺してやるんだから!!」
「やれるものならね。――結愛、昔は、わけわかんなこというし思い込みも強いし、あんたが怖いとしょっちゅう思ってたけど――」
美沙は、少し考える。母のように、ほっそりした色白の西洋人形のような精巧な顔立ちと体の美しさ。悪魔では無い、事以外は本当に、悪魔らしくて悪魔のような悪魔の血縁である女児。
(昔は、母さんとそっくりなあんたが、羨ましかった)
(でももう、……母さんと同じなのはあたしだってわかった。から)
「結愛、今はあんたなんか怖くない。怖いのは、あたしの体。結愛も生理がきたらわかるよ。生理がきたら」
イヤーッ!!!! 結愛が頭を抱えて叫ぶ。うずくまる妹の頭上で、姉の美沙はゆらりと立って見下ろして、決定的な決裂を声に出した。
じゅわ、狼の毛のようなものは美沙の全身に総毛だってひろがって、真っ黒く変貌した女子の口元がぽっかりと赤い粘膜をひらいて、まるい空間を形作った。真っ赤な舌先がチロリとした。
「結愛、血が何色になってたか、お姉ちゃんにも教えてね?」
スゥー、と、部屋のドアのすぐ外で。姉妹喧嘩を立ち聞きしている結愛と美沙の母は、本物の正真正銘である悪魔の母は、ひっそりと隠れながら自分のスマホ画面を人差し指でなぞりあげる。
こっちは順調☆ と、ポップなふきだしがついた、うさぎのスタンプが、悪魔たちとのグループラインに送信された。
END.
(一連の同じ登場人物たちがでてきてる小話に、「青ミドリの血」タグをつけてみました)
読んでいただきありがとうございます。練習の励みにしてます。