カニ鍋パーティーと海の魔女
魔女は海育ち、人間を知識で知るのみ。魚類などの深淵生物から聞きしに及ぶのみ。生粋の海育ち、なにせ海に生きてるのだから。して、人魚姫のこたびの願望は、人間になること。これは困った、魔女は、内心でのみ侘びた。
「承った。今、してやろう」
外面では、冷血無感情な魔女らしく、冷や汗ひとつみせずに重々しい声色で答えている。
無敵を思わせる、完璧なたたずまいの魔女。禁忌に手を染めた魔なる女である。
魔女の頭のなかに、カニが浮かんだ。
歩く足がたくさんある生きものならカニだ。それを4本足にすれば、ぎりセーフでは?
人魚姫だって箱入りムスメだし。人間について深く知らんにちがいない。それにカニなら口もないし地上に出るっていうし悪評なんて出回らないだろうし。ヤッたもん勝ち案件じゃねーかな、これ? たぶんそう!
「ありがとうございます。魔女さま、ああ偉大なる海の女王さま!」
「よせ。褒め言葉はいらぬ。やるぞ」
まぁヘンテコになるだろーし、まぁ知ったこっちゃねえんで、とっとと魔法をかけたら陸地に放り出しとこう。
冷静そのものの冷えた瞳で魔女は決意する。
この案件、知ーらねっと。
かくして人魚姫は魔法を浴びたと同時に地上へ向かって射出された。4足歩行の人間になって射出された。出来損ないのカニ人間もどきが、射出された。
魔女の部屋には、彼女ひとり。
やはり無表情でいる。しかし、ようやっと一筋の汗をこめかみに浮かせて、魔女は前髪をかき上げた。まぁ、仕事はしたわな! うん、ヨシ!
「知らんし。万能なわけあるかい……」
ドアを閉めて、魔女はカギの魔法をかけた。しばらくは立入禁止にしておこっと。人魚姫の親族とかとバトるとかやってらんねーもんね。ドア閉め、カギかけ、ヨシ!
……地上では、めずらしいカニが捕らえられて、カニ鍋パーティーが盛大に始まろうとしている。魔女の知ったことでは、なかった。そもそも他人を頼るなし、なんて、海の魔女なら言うだろう。
END.
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