星のなかに棲む異星人
人魚姫たちにとって、宇宙と海は同じものだ。暗くて、光がつぶつぶあって、冥くて静かなひと繋がりの大海だった。
ひとつ、ふしぎなことは、空の海は落ちてこないこと。
海はポタリと水面に落ちる。でもあの冥い海は浮かんだまま。ふしぎなものだ。でも、それが日常だから。人魚姫たちはあるとき人間の使う鏡を海中で拾って、それ以来、人魚姫たちは人間にキャッキャして人間の人工物を喜ぶようになった。
あの冥い海は、きっと鏡にうつった海のようなもの。人魚姫たちはそう考えた。
そのころ、人間たちはロケットなんて飛ばして、アポロ13号がアメリカ国旗を月面に突き立ててたりしたけれど、人魚姫たちの知ったことではない。人間にとって、深海のそこは月よりも遠かったから。人魚姫たちと人間は、同じ星に棲んでいるけれど、異星人のような間柄だった。
割れた鏡の破片を手にして、ある夜に人魚姫が冥い宇宙の海に問いかける。
「そちらにいる私、元気ですか?」
冥くて、くらいだけで、返事はなかった。宇宙空間のようなしずかな夜だ。
にぎやかな、人間たちの町とはまったくちがう、太平洋のどまんなかでの問いかけに、こたえる者はいなかった。
宇宙とおんなじ、海がそこにある。
人間と人魚姫たちは、やっぱり同じ星にいるけれど月と地球くらいに違う。知ってるものも、常識も、知識も。
その人魚姫は満足して鏡に星を写した。きらきらした。海のそこと同じくらい、きらきらしていた。
人間たちは、まだ星条旗を深海に立てることはできていない。きっと永遠に。
人類史は数千年あるけれど、まだそれができた者は、誰もいなかった。月には行けたのに星の海のそこには辿り着けない。それが人間で、そこに棲むのが人魚姫で、やっぱり彼らと彼女らは、異星人ぐらいに違うのだった。
END.
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