残りかすの維持

意地をはるには、気力と根性と健康が要る。それにこれを支えられる、環境が。

陸にたった一匹、上陸した人魚姫は、うえのみっつは備えていたけれど、なにせ一匹目だから、環境はなにもなかった。
まわりは皆、他人。もしくは敵になりうるもの。そんな世の中に出てきてしまったと、人魚姫は、気力と根性と健康が求められる場面になってようやく知った。

ライバルの登場だった。
私こそが王子様を助けたかもしれない、そんなふうに、王子に乞われるがままに、うなずいた、ニセモノの女が現れてしまった。

王子様を助けて、王子様を焦がれて、一匹ただひとつの身でこの大陸にあがったのに。

人魚姫は、嘆いた。それに、応じたのは海の仲間たちで、彼女がもといた環境の皆であった。普通はここで彼らの手を取るか、もとの環境に戻っていくものだ。

しかし、この人魚姫は、海の仲間から渡された短剣を持って、ニセモノの女のもとへと忍び込んだ。
傷つけるのは、己の血管。手のひらをサラリと切り込んで血を流し、ニセモノの女が唇を真っ赤に染めて、すう、すう、人魚姫の血液を飲んでゆくのを見守った。

人魚は、それでもお姫様であって王族であってもといた場所であれば、尊き存在であった。

意地をはるには、気力と根性と健康がいる。そしてそれを維持するには、環境が要る。であるから、この人魚姫は、このニセモノを受け容れた女を選んだ。

どこまで、意地を維持できるものか?

人魚の血を飲んで不老不死になった肉体で、何を支えにしてどこまでニセモノをやりきれるものか?
この人魚姫は、見てみたくなった。王子様への思慕を忘れて、人間というものに、興味を持った。

そして、少しだけ人間らしい、復讐心らしきものを抱くに至った。

そこから先、遥か先に、八尾比丘尼という尼女が日の本にて確認されている。八尾比丘尼は、800年もその地にいたそうだ。それからまた姿を消していったが、八尾比丘尼には、ずうっと精霊が一匹、憑いている。背後霊のように。悪霊悪鬼のように。
残りかすがどうしても拭えない、みたいに。

ヒタリと。
後ろに、ついている。


END.

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海老かに湯
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