知らないほとの幸せ

ほと。

知られてないので、ほと、と聞いても皆、わからない。知らせようともしないので、ほとの存在を知るものはいない。もはや存在しないのと同じではないか?

ほと、は、それでよかった。
空気に溶けたらきもちがいい。そう思う性質が、ほと、にはある。

ほとは溶けてゆき、雪解けの清流とはちがって誰にも聞こえないしくちにも入らない。生き物なのか、化け物なのか、微生物なのか、ほと自身でさえもよく知らない。ほかを知らないから、比較するものがない。

ほと、は、しかし、それゆえに幸福であった。なんににも煩わされることなく生きて死ぬ、ほとの幸福である。

ほとが見上げる空はいつも美しい。
ほとが見下ろす草地はいつも香ばしい匂い。

ほとは、過不足なんて知らず、むしろ両手いっぱいに花束を持っている。ほとは、幸福とともにある。
幸福も、ほとに寄り添う。ほとの隣はなんの悩みもなくて憂いもなく居心地がいい。

ほと、は、いつの間にか幸福を独占することが多いのだけれど、浮世は憂世になってゆくけれど、どんなモノだって、居心地のいい場所を好むものだ。

ほとは、幸福であり、幸福もまた、ほとを好いている。幸せはそこにある。なにも、だれも、どんな存在怪物生き物屍でも知らぬ、ほとの隣は。


END.

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